第26話 俺の名は
★★★(ウハル)
風の精霊! 風の精霊様ですか!?
待ち望んでいた俺は、思わず食い気味に思念で返答する。
『ああそうだ。俺は風の精霊だ』
その存在は、落ち着いた様子でそう応えてきた。
やった……俺の力の拡大は目前だ……。
そう思った俺は、はやる心を押さえつける。
雑念が入ると、精神の波長がズレるかもしれないから。
俺は心で言った。
契約を結びたいです、と。
するとだ。
『いいぜ……代償を支払え』
来た。
契約の代償は何だろう?
身体の一部、機能?
はたまた寿命?
俺は意識を集中した。
自分で責任を取り切れない代償が来た場合、即座に拒否しなければいけないから。
同時に、少し安心する。
ここに至って、その事を忘れていなかった自分に。
代償は何でしょう?
そう心で発言すると、返答があった。
『人間を感じたい。少しで良い。身体を貸せ』
……身体を貸せ……?
少しって……。
このときの俺は、警戒していたのが
大量の寿命
身体の永久的な欠損
身体機能の永久的な喪失
これだった。
これ以外が来たら、考えてもいいと考えていたんだ。
そこから行くと……
ホンの少し、精霊に身体を貸すくらいで精霊魔法が手に入るなら、これは破格の安さなんじゃないのかな?
相手は精霊。人間じゃない。
だから、契約に嘘は言わないはずだ。
少しと言って、残りの人生を全て奪い取ってくるような真似はしないはず……
確か、魔法の本にも書いてあった。
精霊は嘘を吐かない、って。
だったら……
分かりました……。
ただし、犯罪行為だけはしないでくださいね。
俺は了承した。
『もちろんだ』
精霊は、悦びを含んだような声でそう言った気がした。
……契約成立……。
俺は、目を見開いた。
目の前の盛り塩が、真っ黒に染まっていた。
……俺は、自分が目にしているものが一瞬理解できなかった。
これは何? 何なんだ?
何で盛り塩が真っ黒になってるんだ?
……俺は一体、何と契約をしたんだ?
そういえば。
土の精霊のときにあった、脳に自動で習得魔法の内容を書き込まれる感覚が無い。
これの意味するところは……
俺は……俺は……
浮遊霊を、自分の身体に招き入れてしまったのか……!!
その日は、家に帰らなかった。
危な過ぎるから。
家には師匠が居る。
師匠に俺が豹変して襲い掛かる事態。
それが怖くてたまらなかったから。
とても、家には帰れなかった。
一晩中、外をうろついて過ごした。
繁華街をウロウロ歩いた。
明けて次の日。
眠気は全く感じなかった。
この事態によって神経が興奮しているせいだろうか。
事態解決を図るため、俺はまた冒険者の店にやってきた。
浮遊霊に憑依されてしまった場合……。
どうすればいいんだろうか?
魔法の事は調べていたが、俺はそちらについて調べていなかった。
憑依されることを考えて無かったからだ。
神殿にでも行けば、祓ってもらえるのだろうか?
この街の、法神の神殿は……
……待てよ?
ここで俺は思い当たる。
俺に憑依している浮遊霊のやつ、俺がそんな場所に行こうとするのを見逃すかな?
もしそんな事をしようとしたら、それこそ、俺の身体を乗っ取って死に物狂いで暴れるのでは……?
そんな事になったら、とんでもない被害が出る……!
冒険者の店の備え付けの地図帳で、法神メシアの神殿への道順を調べようとしたところで、俺はそれに気づいてしまった。
まずい……八方ふさがりだ……!
誰かに相談することも危ない。
相談した瞬間、俺の中にいるやつが暴れだすかもしれないから。
……迷惑は掛けられない……!
俺はそれに気づいて慌てて店を飛び出そうとした。
人が居る場所に居ることも危ない。
どうしよう……どうしよう……!
目の前が暗くなる。
まさか、こんな事になるなんて……!
そのときだった。
「ウハル君」
前髪一房だけ赤い長い黒髪。高身長で、金属鎧姿の美人戦士。
出入り口で、アイアさんに出会ったんだ。
「なんで昨日、下宿に帰らなかったの? 連絡も無しに。叔父が心配してたんだけど」
やや詰問口調。
当然かもしれない。
多分アイアさん、何かでさっき師匠と会ったんだ。
そしたら師匠は言うに決まってる。
昨日、ウハルのやつが急に家を空けた、って。
師匠はそういう人だ。
ナリは怖いかもしれないけど、根は優しいお坊さんなんだ。
今までそんなことをした覚えが無いから、余計心配を掛けてしまっただろう。
俺は……俺は……
俺は、罪悪感に震えた。
だけど。
「俺に近づかないで下さい!」
俺はアイアさんから一歩下がって、両手を突きだした。
今の俺は危ない。
危ないんだ。
だって、俺じゃない何かが俺の中に居るんだから!
「……? 何を言ってるの? 兎に角1回帰ろう」
だけど。
突然そんな事を言われても、対応するのは難しいのか。
アイアさんは俺に近づいて、俺の手を取ろうとした。
そのときだった。
「タイラー様、薙ぎ払え」
……俺の口が勝手に動いたんだ。
そして同時に、俺の手から力の波動が迸り、接近しようとしてきたアイアさんを直撃した。
波動を受けたアイアさんは、吹っ飛ばされて壁に叩きつけられた。
店全体を揺るがすような大きな音と共に。
★★★(アイア)
……何が起こったの?
とっさに防御態勢をとったから、そこまで酷いダメージは無かったけど。
私は吹っ飛ばされた姿勢から身を起こす。
重い鎧を着てたのに、壁まで飛ばされてしまった。
今の一撃で、店が少し壊れたかもしれない。
まずいなぁ……壁、壊れたかも……
ああ、それよりも……
ウハル君、『波動の奇跡』を使用した。
しかも、呪文に混沌神タイラーの名を唱えながら。
……信じられなかった。
タイラーといえば、嫉妬の神。
自分の嫉妬心を「平等の精神」と言い換えて、悪行を正当化する人間が崇める神だ。
ウハル君がそんな神の信仰に目覚めてしまった……?
そんなこと、ありえない。
断言していい。ウハル君はそんな子じゃない。
即座に否定の言葉が出た。
だったら……
「……アンタ、誰?」
自然と、その結論に至った。
理由は分からないけど、今のウハル君はウハル君じゃない。
何か、別のものだ。
すると、そいつは言ったよ。
ウハル君の顔で。
別人みたいな邪悪な嗤いを浮かべながら
「……しばらくぶりだなぁ……バケモン女。見た目が変わって無いから驚いたぜ」
……こいつ、私を知ってる?
「……アンタ誰?」
もう一度、訊いた。
すると、今度は返答があった。
「俺はゴミヤ! オマエらのせいで一度死した男! グレートゴミヤスーパーだ!!」
ゴミヤ……!
私は昔、観光地に行った際、遭遇して倒すことになった混沌神官のひとりの名前を思い出した。
あいつはあのとき、私と仲間たちに倒されて、捕縛。
その後決まり通りに処刑されたはず……
ウハル君は、そんな奴の亡霊に憑依されたっていうの……?
★★★(ウハル)
そんな!
俺は自由の利かない身体を取り戻そうと足掻いていた。
よりにもよって、俺は混沌神官の浮遊霊に憑依されてしまったのか……!
場合によっては、今の俺は即刻処刑されてもおかしくない状況だ。
何故なら、混沌神官は裁判なしで処刑することが許されているからだ。
とても危険な存在だから、生け捕りにするのは危ない。
だから分かった時点で殺していい。
おそらく、そんな感覚なんだろう。
俺はそんな状況で「混沌神の名前を出して」「神の奇跡を使用した」
事情を知らない人が聞けば、1発アウトの状況だ。
だけど、アイアさんは見抜いてくれた。
俺が、俺でないことを。
今の俺が、ゴミヤとかいう別の人間になってることを。
嬉しかった。嬉しかったけど……
アイアさん……
俺は、自分の好きな女性を自分の手で傷つけてしまった。
どうすればいいんだろう……?
俺は情けなくて、申し訳なくて……
絶望的気分を味わっていた。
なんて、俺はバカなんだろう……!
アイアさん……ごめんなさい……!
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