第28話 運命の子

★★★(ウハル)



「ありがとう! ユズさんありがとう!」


 俺は頭を下げながら、バカみたいに同じ言葉を繰り返した。


 俺のやらかした致命的な失敗。

 それこそ、俺自身の命で償わなければいけないような。


 あまりにも愚かな理由で、よりにもよって混沌神官の霊に憑依される。

 可哀想だが、自業自得だ。

 そう言われて、諸共に処断されてもしょうがなかったかもしれないのに。


 それを、こうして無事に済ませてもらった。


 お礼を言う以外何をしたらいいというのか。


「ちょっと疲れましたけど、ウハルさんを助けられて良かったです」


 確かに少し消耗した感じのユズさんが、微笑みながら俺にそう言ってくれた。


 泣きそうだった。


 俺の事、恨んでいてもおかしくないユズさんが、こうして俺を助けてくれた。


 俺に出来る事なら、何でもしてこの恩を返したい!


 だから、言ったよ。


「この恩を返させてくれ! 何でも言ってくれ!」


 俺は本気だった。


 ユズさんが言うはずが無いけど「じゃあ自分に仕えて」って言ったとしても、従う気で居た。


 それぐらい、俺が受けた恩は大きい。


 それを受けてユズさんは……



★★★(ユズ)



 ウハルさんを助けることができた。


 生まれて初めて異能を使用し、私はかなり疲れていた。


 魔力を消費して何かをするという、初めての経験。


 霊体を憑依している人間から引き抜くのはそんなに消耗しなかったけど。

 引き抜いた霊体を何か別の死骸にくっつける行為で相当消耗した気がする。


 多分、死んだ肉体を再度使えるようにする際に、相当の魔力を消費する。

 そういう理由なんだろう。


 私は感覚的にそのことを理解していた。


 後から聞いた話だが、異能で大きく消耗するというのはよっぽどのことらしい。

 私の場合はレアケースって事だ。


 ウハルさんは私に感謝してくれた。

 嬉しかった。


 自分の働きでウハルさんが救えて、そして喜んでもらえている。

 それは、私にとっても喜びだ。


 そしたら


「この恩を返させてくれ! 何でも言ってくれ!」


 そんなことを、言われた。


 え……?


 ちょっと、ポカンとしてしまった。

 見返りを期待して助けたわけじゃ無かったから。


 どうしよう……何か言わないと逆に失礼な気も……。


 ここで何も言わないのは、ウハルさんの顔を潰すことになるんじゃないかと、私は思った。


 けれど……


 私の本音。


 私はウハルさんが好き。


 だったら……


 私の恋人になってください。


 これは、本音のお願いかもしれない。

 けど……


 ここでそれはダメだ。


 そんな方法でウハルさんを手に入れようとしても、絶対に上手く行くはずがない。


 だから、それはダメ。


 ならば。


 私は少し考えて、言った。


「じゃあ、一緒にお芝居を観に行ってくれますか?」


 人差し指を立てながら。


 お芝居を観る。

 定番のデートだと思う。


 そんな私の提案に、ウハルさんは


「そんな事で良いなら、喜んで!」


 笑顔で頷いてくれた。



★★★(アイア)



 良かった……。

 大事に至らずに済んで。


 私に敵意の視線を送ってたあの子、異能使いだったんだね……。


 そっか……


 色々分かったよ……


 何故、私に敵意の視線を向けていたのか。


 ……さすがに、分かった。


 あの子、ウハル君の事が好きなんだ。

 だから、私に敵意を向けていたのか……。


 多分、どこかで知ったんだろう。


 私とウハル君が約束を交わしている事を。

 そして、いつでもウハル君と恋人になれる立場に居るのに、条件をつけてお預けを食わせている私に、敵意を持ったと。


 きっと、そういうことに違いない。



 ……多分、良い子なんだと思うけど……


 ウハル君は、あの子の事をどう思って居るんだろうか?


 なんだか、もやもやしたものが私の胸に沸き上がって……


 きたときだった。


 一瞬だ。


 ホンの一瞬、後ろから。


 凄まじい悪意の視線を感じた気がした。


 反射的に振り返る。


 誰……?


 今の、誰……?



★★★(???)



 やった!


 やったぞ!


 予言の通り、運命の子が目覚めた!


 俺は歌いだしたい、小躍りしたい気分を必死で抑え込み、その場を離れる。


 今日のこの日のこの瞬間を目指して、俺は、俺たちは700年を耐え忍んできたのだ!


 その努力が、願いが、やっと報われる!


 予言の通りになるように、運命の子と同じ名前の女を見つけるたび、ノライヌたちへの捧げものにしてきた。

 予言に「一度はノライヌに捕らえられるも、そこに助けが入り、運命の子は助かる。そして、その後運命の異能を開花させる」との文言があったからだ。


 俺たちは、700年前、この国の王家に王国を潰された。

 現在のこの王国は、俺たちの王国を潰した上に建てられたものだ。


 自分の王国を潰される悔しさ、怒り。


 俺たちは700年、それに耐え忍んで今まで生き抜いてきたのだ。


 当時、俺たちの中に居た「予言」の異能を持つ異能使いが


「700年の後、王を復活させる異能を持つ運命の子・ユズが誕生する」


 そう、言ったから。


 その言葉だけを支えに、今まで生き抜いてきた。


 その異能の内容、準備しなければいけないもの。


 断片的な内容だったが、俺たちは必死で考えて、準備を重ねてきたのだ。


 長かった……




 スタートの街の外に出た俺は、人目のつかないところまで歩き、そこで精霊魔法を発動させた。


 雷の精霊魔法「飛翔の術」


 俺が生来使える魔法だ。

 術の効果で、俺の身体は浮き上がり、隼のようなスピードで飛行していく。


 吉報を得たのだ。

 あいつらに伝えてやらねば。


 俺は急いでいた。


 急いで、我が王国の臣下たちが隠れ潜むあの場所へ……


 飛行を続け、誰も近づかない森の奥。

 洞窟。


 そこに降り立ち、歩を進めた。


 洞窟の中に踏み込む。

 奥に灯りがあり、俺はそこに向かって歩を進める。


 すると番をしていた者が俺に気づき、闇から一歩踏み出して来るが、俺の正体に気づくとすぐさま膝を折った。


「おかえりなさいませ」


 異口同音に言う。

 こいつらは臣下。


 700年、俺に付き従って来た者たちだ。


 俺に膝を折る、50を超える黒づくめの衣装の集団……


 キュウビ一族の者たちだ。


「長かった……よく付いて来た。褒めて遣わす」


 一族のひとりが用意した、俺の着替えの黒づくめ衣装に袖を通し、俺は労ってやった。


 俺は王なのだから、当然の事だ。


 高らかに俺は宣言した。


「喜べ! 運命の子の覚醒を確認したぞ!」



 オオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!


 瞬間。


 一族が、湧く。


 同時に、声が響いた。


「ユピタ様!」


「竜王万歳!」


「竜王復活!」


 歓喜の声。


 俺は興奮した。


 長かった。


 ベルフェの売女に倒された日から、今日ここまで。

 復活を夢見て、耐えて来た。


 運命の子を待ち焦がれながら。


 俺は洞窟の奥に安置された、骨の山を見る。


 ……俺が竜だった頃の遺骸だ。


 集め、守り、待ち続けた。


 それがようやく報われる。


 気が付くと、涙が溢れていた。

 喜びで泣くなど、はじめての経験だった。


 そのまま、俺は心のままに吠える。


「竜王ユピタの復活を祝うのだァァァァァッ!!」


 俺の歓喜の叫びは、洞窟の中、隅々まで響き渡った。


 それに応える声も、倍ほどの音量で響き渡った。


~5章(了)~

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