第20話 俺は大バカでした。

 洞窟の中には、骨がいくつか転がっていた。


 ジャイアントタランテラの餌食になった動物の骨だろうか?


 人骨では無いように見えるので、人は襲われていないのかもしれない。

 無論、それが「安全」の保障になどなりはしないのだけれど。


 湿った洞窟の中を、先頭で歩く。


 右手には松明を持っている。


 ちなみに2本目だ。


 生き物が住んでいるのだから、ありえないだろうとは思ったけど。


 一応、悪性のガスが溜まっていないかどうかの確認で、1つ火がついたままの状態で投げ込んでみた。


 火は消えなかったから、問題ないと判断し、今、進んでいる。

 万一の可能性はあるからな。油断は出来ない。


 シャーとか、ジジッという、動物の立てる音が聞こえる。

 ガス関係は、やはり心配は無いと思う。


「ジャイアントタランテラの毒袋で、16万円」


「肉を業者に卸したら、8万円くらいかな」


「じゃあ、計24万円か。一人頭6万円。ボロい仕事だなぁ」


 モブリン3兄弟の皆さんは、俺の後ろでジャイアントタランテラの皮算用をはじめていた。

 気が早い。


 俺は戦う立場だから、会話には加わらず、周囲に目を光らせていた。


 どこから襲ってきてもおかしくない。

 そのはずだ。


 どこだ……どこだ……?


 ふいに、奥の暗闇で。のそっ、と動くものがあった。


 あれだ、と思った瞬間。


 フシュー!


 空気を吐くような鳴き声をたてて、ジャイアントタランテラが襲ってきた。




 ジャイアントタランテラ……


 見た目は大きなタランチュラ、って感じだった。


 色は黒。毛むくじゃらで、8本の脚は太い。


 目は8個あり、8個のピンク色の目の下に、おそらく毒液だろう。

 ぬらぬらと光った、白い牙をガチガチと噛み合わせている。


 事前に調べたところによると、あの牙で噛みつかれると身体の麻痺を起こし、丸2日は動けなくなるそうだ。


 その間にジャイアントタランテラは、獲物の肉に消化液を吐き掛けて、生きながらにドロドロに溶かし、それを啜って栄養にするそうだ。


 捕まるわけにはいかないな。

 恐ろしい相手だ。


 フシュー! フシュー!


 興奮しているのか、激しく鳴いて。

 松明の灯りが届く範囲に飛び出してきたジャイアントタランテラはガチン! ガチン! と噛みついて来た。


 いきなり直球の攻撃。

 前振りも何もあったもんじゃない。


 俺はそれを飛び退いて躱しながら、右手の松明を前に投げた。


 松明は地面に落ちても燃え続けている。


 後ろには、モブリン3兄弟さんのランタンの灯り。


 視界には、問題は無い。


 松明を捨てた俺は、両手でハルバードを構えた。


 洞窟の広さは十分で、ハルバードを振るえるだけのスペースがあったのは幸いだ。


 もし狭ければ、あまり習熟はしていないのだけれど、片手斧で戦うしか無かったからね。


「なるべく身体を傷つけないで、首を刎ねるか、心臓を貫いて仕留めてくれ!」


 後ろから注文。


 なるべく対応しますけど、期待はしないで下さい。


 フシュー! フシュウウウウウウ!!


 ガチン! ガチイイン!!


 俺は噛みつき攻撃を、ハルバードの柄で正面から受け止める。


 ジャイアントタランテラの力は強い。


 俺は必死で踏ん張った。


 喰い切られはしないものの、ガッチリとハルバードの柄にジャイアントタランテラは食いついている。


 そろそろか……?


 そろそろ魔法を使うべきか。

 その決断を下そうとしたときだった。


 シュウウウッ!!


 突然ジャイアントタランテラが身体を海老のように曲げ、尻から白いものを……糸を噴き出してきたのだ。


 糸攻撃……!


 そういや、こいつ、糸を吹く能力持ってるんだっけ!


 あまりにも迂闊にも、俺はそのことを失念していた。

 糸は俺の足に巻き付き、俺は引き倒された。


 まずい!


 倒れた俺の上に、ジャイアントタランテラが圧し掛かってくる。


 ぬらぬらした牙が、俺に迫ってくる。

 狙いは俺の首……。


 ガッと、噛みかかって来た!


 すんでのところで俺は首を振って躱す。


 肩に噛みつかれるが、ギリ革鎧で牙は俺に届かなかった。


 そこで、俺の呪文が間に合った。


「土の精霊よ。俺を受け入れてくれ!」


 呪文を唱え終わると同時。

 魔法が発動し、俺は地面に飲み込まれる。


 ……糸と一緒に!


 大地潜行の術、は本人と本人が身に着けている道具類は、魔法の効果で地面に潜行できる。

 ジャイアントタランテラの吐き出した糸は、俺が身に着けているもの扱いになったようだ。


 ……そして大地への潜行は、魔法の効果によってのみ行われ、俺が特別に泳ぐような行為は意味が無いし、する必要が無い。


 なので何が起きたかというと……


 フシュウウウウウ!!?


 ジャイアントタランテラの焦った鳴き声が聞こえてくる。


 ようは、糸だけ潜行するものだから、地面の中に引っ張り込まれそうになっているのだ。


 無論、そんなことにはなるはずがないけれど、この巨大蜘蛛にそんなことが分かろうはずもなく。


 相当な恐怖なんだろうな。

 多分だけどな。


 やがて、ぶつんと音がして、足が自由になった。


 ジャイアントタランテラが、自分で糸を切ったのだ。


 そしてドドッ、ドドッという足音が動いていく。


 ……逃がすか。


 俺は足音に向かって追いすがり、止まった瞬間に浮上した。


 ……目の前に、ジャイアントタランテラの胸があった。


 そして俺の浮上に奴が気づく前に。



 俺は、力いっぱい、ハルバードの槍突きを真上に向かって繰り出した。


 貫通する。


 ……おそらく、ハルバードが貫通した個所に、ジャイアントタランテラの心臓があったのだろう。


 ジャイアントタランテラが、痙攣して、動かなくなったから。




 やった! やったぞ!


「やりましたよ!」


 俺は達成感と共に、大きな声をあげた。


 ……応える者が誰も居ない。


 ……あれ?


 変だな、と思った。


 重いジャイアントタランテラの死骸を押し退けて。


 外の世界に這い出てみると。


 ぼうぼうとまだ燃えている松明。


 光源は、それのみ。


 ランタンが、無かった。


 誰も、居なかった。


 ……置いていかれた。


 何があったのか。


 俺はそこでようやく理解した。




「おお、無事だったか!」


 洞窟を出ると。

 モブリン3兄弟が先に出ていた。


 俺は、引き摺ってきたジャイアントタランテラの死骸を、彼らの前に放り出す。


 放り出して、言った。


「……俺の事、見捨てましたね?」


 自分でも驚くほど、冷たい声が出た。


 そんな俺の言葉に。


「……えっと」


「ご、誤解だ」


 彼らは、なんとか言い繕おうとしていたけど。


 俺には何も、届かない。


「もう助からないと思ったから」


「お前なら1人で逃げられると……」


 何も、何も届かない。


「……ジャイアントタランテラの肉を持ち帰る準備でもなさったらどうですか?」


 俺は、冷たく言い放つ。


 言って、そのまま歩き出した。


「……これっきりでパーティは解消ですね」


 そう、言い残して。


「お、おい」


「待ってくれ」


 何か言ってるが、無視だ。


 とっとと、肉の回収準備でもしたらいい。


 もっとも。


 一番高値で売れる毒袋はすでに取り除いているけどな。


 後で何か言ってくるかもしれないが、知った事じゃない。


 ……体よく利用されてますよ。


 ……ユズさんの言った事が正しいことだったと。

 それを真正面から叩きつけられて。


 俺は、何も考えられなくなっていた。


 胸にポカンと開いた大きな穴。


 そこに、風が、ひゅううう、と吹き過ぎている。


 俺が1人できちんとやっていけてるとか。

 それはただの幻想だったらしい。


 ユズさんの警告が、全部正しかったんだ。


 情けなくて、悔しくて。


 歩いている間に、涙が零れて来た。


 俺はどうやら救いようのない馬鹿で、体よく利用されるマヌケなんだ……。

 それを、思い知らされたから。

 

 ひとり……


 ひとりで、やるしかないか……


 俺は、それを自覚し、心に決めた。


~4章(了)~

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