第19話 好きだからに決まってるじゃないですか

★★★(ウハル)



 師匠にはオヌシの気持ちは分かった。

 だが、決して過剰な無理をするな。


 冒険者には無理も必要だ。

 無理と言って仕事をこなせなければ、いつか仕事が無くなってしまうからな。


 しかし。


 日々の自己管理も出来ない人間が、四天王を務めたアイアに勝るなど出来るはずが無い、と言われた。


 言われたことはもっともかもしれない。


 けれど、どの程度が適度だと言えるんだろう?

 俺にはそれが分からないんだ。


 これが生きていくためであれば、俺もここまでしなかったかもしれないけど。

 俺は目的があるから。


 目標があって冒険者をしているから。


 これで本当に目標に近づけているのか?

 そういう思いがどうしても働いてしまうんだ。




「次の仕事は、ジャイアントタランテラの狩猟だ」


 モブリン3兄弟さんに仕事の依頼を取って来たぞ、と言われて。

 パーティの会議に参加させてもらった。


 ジャイアントタランテラ……体長2メートルにも及ぶ大きさの毒蜘蛛だ。

 その毒を薄めると良質の痛み止めとして使えるらしく、獲物としては価値が高い。


 肉も海老に似た感じで、売れば金になる。


 依頼はとある大店の薬屋からで、毒袋が欲しいとのことだった。


「肉の方も料理屋に卸すと良い値が付く。2度オイシイ仕事だよ」


 モブゾウさんがそうゲヒヒ、と笑いながら言う。


 ……正直、あまり好きな笑い方じゃないんだけど、俺とパーティを組んでくれてる人たちだ。

 文句ばかり言うべきじゃないよな。


「戦闘はウハル、お前に任せた!」


「俺たちは隠れてて隙を伺ってるから」


「報酬はいつも通り4等分な!」


 ……俺がメインで戦って、モブリン3兄弟の皆さんは隠れてジャイアントタランテラの隙を伺い、隙があるようなら打って出て仕留める。


 俺も戦闘経験が積めるし、仕事も簡単に片付く可能性がある。

 多分これが、Win-Winなんだろう。


 分かりました、と俺は応える。


 土の精霊魔法の使用方法をもっと、もっと極めないといけないよな。



★★★(ユズ)



 偶然、ウハルさんがパーティ内で相談している現場に居合わせてしまった私。


 思わず聞き耳を立ててしまい、その内容を知って戦慄した。


 ウハルさん、いいようにカモられてる!

 危険なところ全部ウハルさんに押し付けて、報酬だけ山分けとか。

 メチャクチャじゃない!


 というか、あの3人組なんなの!?

 見るからに、小ずるそうで、卑しそうな3人組!

 とてもまともな人に見えない!



 なんでそんな奴らのの言う事、ウハルさん笑顔で聞いてるの!?


 ……理解できない!



 どうしよう……多分、直接言っても無駄だと思うんだよね……。


 いい修行だ、って返されるだけのような気がする。


 とはいえ、このままウハルさんを放っておくなんて、私には出来そうにない。


 このままじゃきっと、ウハルさんは使い潰されてしまう……そんな予感がするから。



 ウハルさんは、私を助けてくれた。

 文字通り、身を挺して。


 あのときウハルさんが勇気を出してくれていなければ、私はきっとこの場に居ない。

 ウハルさんは恩人なんだ。


 ……いや、そうじゃない。


 単純だ、って言われるかもしれないけど。


 私、ウハルさんの事が好きなんだと思う。


 あのとき助けてくれた事が大きいのかもしれないけど、あのとき、劣勢になってもウハルさんは最後まで弱音を吐かなかった。

 最後まで、私とガンダさんの生存率が上がる方策に心を砕いてくれた。


 自分の事より、他人の事を考えられる人なんだ。ウハルさんは。


 そこに気づいたとき、惹かれたような気がする。


 だからこうして、冒険者の店に出入りする仕事を率先してやってるんだ。



 そんなウハルさんが、今、カモられようとしている……。


 それを知ってて、見過ごすなんて……



★★★(ウハル)



 ジャイアントタランテラの狩猟は2日後。

 そのときに備えて、今日明日は少し早めに休もうか……


 そう思って、夕刻に冒険者の店を出たときだった。


「ウハルさん」


 ユズさんに、呼び止められたのは。




「ユズさん、どうかしましたか?」


 俺がそう返すと、ユズさんは言って来た。


「ウハルさん、あなた、体よく利用されてますよ」


 真剣な目で。

 体よく利用されている?


「え?」


 ワケが分からなかった。


 何の事を言ってるんだろう?


「危険な事は全部ウハルさんに押し付けて、あの人たち、楽ばかりしようとしてるじゃないですか」


 そこで、やっと意味が分かった。


 モブリン3兄弟の人の事を言ってるのか。


 でも、それは誤解だ。


「俺はまだヒヨッコだから、経験を積まなきゃいけないから……」


「ヒヨッコに一番危険な役目を任せていたら、すぐに潰れてしまうと思います」


 俺の言葉は、ユズさんの言葉で斬って捨てられる。

 ユズさんは、俺を正面から見つめて続けて来た。


「ウハルさん、お願いですからもっと自分を大切にしてください」


 その瞳は潤んでいて


 どうして?

 俺はそれを問いかけたかった。


 何で俺の様子をそんなに気にしてくれるんだ?


「ユズさん、何でそこまで……」


「そんなの、私がウハルさんが好きだからに決まってるじゃないですか」


 え……?




 前の世界ではそんなことを言われたことが無かった。

 だから、これが最初の経験。


 嬉しい。

 自分を認めて貰えた。肯定してもらえた。


 なんて嬉しいんだろう。




「好きな人だから、邪な誰かに使い潰されてしまうのを見過ごせないんです。分かってください」


 重大な事を口にしたからか、ユズさんは何だか興奮していた。

 目の潤み方が、泣きだしそうに思えた。


 そこまで想ってもらえるなんて……


 でも……


「ユズさん……気持ちはとても嬉しい。嬉しいんだけど……」


 俺は、言わねばならない。


 ユズさんのその気持ちを、受け入れるわけにはいかないことを。


「ゴメン……俺……好きな人が居るから……」


 俺はすでに、アイアさんに自分の気持ちを伝えている。

 そんな俺が、ユズさんの気持ちを受け入れることは……


 無論、まだ俺はアイアさんに受け入れられてはいない。

 完全に拒絶されていないだけだ。


 それでも……


 あの日「アイアさんより強くなれば、何も問題ないって事ですよね?」そう言った事。


 あれは決して軽くない。

 軽い気持ちでは言ってないんだ。


 だから反故には出来ない。


 いや……したくないんだ。


 だから……


「そう……ですか」


 ユズさんは、少しだけポカンとした感じで。

 寂しそうに、そう一言言い。


「でも……そういうわけです。どうか、自分をもっと大切にして……」


 そう、最後にそう言われた。



★★★(ユズ)



 言うべきでは無かったかもしれない。


 余計な事を言って、玉砕。

 自分はどれだけ考え無しだったのか。


 誤魔化せば良かったのに。


 これからどんな顔をしてウハルさんに会えばいいんだろうか。


 後悔。


 だけど……


 ウハルさんに自分を大切にして欲しい。

 ウハルさんを本当に心配している。


 それを伝えたかったのよ。


 私の恋心は破れてしまったかもしれないけど。

 私がウハルさんを大切に思う気持ちは私の本心。


 そこだけは、分かって欲しい。



 私は冒険者の店を後にしながら、そう考えていた。



★★★(ウハル)



 あれから。


 ユズさんに言われた事。

 アイアさんへの想い。


 色々、考えた。


 考えたけど……。


 自分がどうするべきなのか、答えが出なくて。



 そのまま、当日を迎える。



「ジャイアントタランテラの肉、高く売れたら酒を飲み明かそうぜ」


「え、ええ」


 モブリン3兄弟の人への返事が曖昧だ。


 いけない。


 どう答えを出すにしろ、今はこの仕事に集中しないと。


 ジャイアントタランテラの巣と目されている、洞窟を前にして、俺は気合を入れ直した。

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