第18話 こうしないと駄目なんです!
★★★(ウハル)
「ウハルさん」
ある日、ユズさんに言われた。
「本当に大丈夫なんですか!?」
本当に?
大丈夫?
「何が?」
「その様子ですよ!」
その様子?
俺が分からないでいると、言われたよ。
段々、やつれてきてるって。
ちゃんと寝てるのか、ちゃんと食べてるのかと心配された。
寝ては……いないかもしれないけど。
食べては……いると思う。
朝は家で食べてるし。
昼は本を読みながらテキトーに。
テキトーとはいっても、野菜も食べている。
晩は……うん、多分食べてる。
「食べてるよ」
そう答えると
「……今、組んでる人たちと、組むときに何か妙な事をしたりは?」
「……してないと思うけど?」
妙な事?
何を言ってるんだろう?
★★★(ユズ)
ウハルさんがおかしい。
日に日に、やつれている気がする。
目だけなんだかギラギラしてて。
昼ご飯なんて、手元見て無いで。フォークに刺さったものを食べてる感じの食べ方だった。
自分の時間をほぼ全て、自分の仕事のスキルアップに使ってる感じがする。
仕事に一生懸命になるのは大事なことだとは思うけど。
世の中には「過ぎたるは及ばざるがごとし」って言葉があるよね。
だから、訊いた。
今、組んでる人たちと、組むときに何か妙な事をしたのではないか、って。
私は疑ったんだ。
もしかして、混沌神官と関わってしまったんじゃ無いのか、って。
混沌神官……この世を創造した2柱の神のうち、邪悪な神であるサイファーの陣営に属する神を信仰している連中の総称。
善の神である法神……秩序の神メシア、戦いの男神オロチ、知恵の女神オモイカネ。
それと対になる、悪の神である混沌神……無法の神サイファー、嫉妬の男神タイラー、姦淫の女神マーラ。
その3柱を信仰してる奴らだ。
神様を信仰して、神様に愛されると素晴らしい魔法を神様に与えてもらえるわけだけど。
混沌神官はそういう悪の神様に愛されて、恐ろしい魔法を与えられている。
だから危険すぎるので、混沌神官であることが明らかになると、裁判なしで死刑宣告がなされる。
普通の犯罪者は島送りにして、更生の機会を与えてもらえるのに、混沌神官はそれを与えられず、裁判すらされない。
私は死んだ父の世間話で、連中の恐ろしさについては聞いているのでそれなりに詳しい。
あいつらが恐ろしいのは「呪言の奇跡」という呪いの魔法を使用できるところだ。
一番恐ろしいのは「波動の奇跡」だとか「治癒の奇跡」じゃない。
呪言の奇跡という魔法は、対象者に命に別条がない命令をひとつ「強制できる」呪いを掛ける魔法だ。
呪いを解く方法は、呪いを掛ける際に決めた解呪の方法を行う以外、基本的に無い。
だから、恐ろしい。
私はそれを疑ったのだ。
もしかして、自分の時間を全て我々に捧げよとか。
そんな呪いを掛けられたんじゃ……という疑い。
だから「何か妙な事をされなかったか?」と聞いたんだけど。
違う、って。
信じていいものなのかな……?
「ごめんくださーい」
日中、昼間。
配達の合間に、ガンダさんの家を訪ねた。
ウハルさんは居るかしら?
ガンダさんは多分居ると思うんだけど……。
「……どなたかな?」
受け答えに出て来たのは、モヒカンの初老の男性。
ガンダさんだ。
「お久しぶりです」
私は頭を下げた。
「……これはユズ殿」
ちょっと考えて、私について思い出したのか。
ガンダさん。
私は話を切り出した。
「実はご相談が……ウハルさんの事です」
「ウハルは呪われてはおらんでござるぞ」
家に上げて貰って、最近のウハルさんについてガンダさんに語り。
私の思ったことを伝えたら、そう言われた。
「分かるんですか?」
相手が呪われているかどうかなんて、見て分かるものなの?
それを疑問に思ったから訊いたら
「拙僧は『解呪の奇跡』を使えるので」
解呪の奇跡……呪いを解く魔法かな。
言われてみれば……呪いを解く事が出来る以上、その呪いの所在が分からないと、やりようがない……。
なんだか、分かる気がする。
だとすると、ガンダさんの言葉は説得力がある気がした。
「気配のようなものが感じ取れるんですか?」
「そうでござるな。呪われている者には、闇のオーラのようなものを感じるのでござる」
闇のオーラ……そういうものがウハルさんには無かったんだね。
では、やっぱりウハルさんは呪われてはいないんだ。
でも……
「でも、ウハルさん、最近変なんですよ」
「変とは?」
ガンダさんは気づいてないように思えたので、私は説明した。
冒険者の店に居るときのウハルさん、空き時間ほとんど勉強か訓練ばかりしてて。
目がギラギラしてて、異様だ、って。
「ご飯を食べるときも本を読みながらなんですよ!?」
「そうでござったか……」
ウチではそこまで酷くないので知らなかったでござるよ、とガンダさん。
「別に混沌神官しか悪い人が居ないって話でも無いですよね!?」
私は必死で訴えた。
あのウハルさんは絶対におかしい!
歴史を紐解いても、悪い人の勢力が絶対に混沌神官であった、って事は無いんだし。
狂王オウンを狂わせた毒婦ダッキも、別に混沌神官であった、って話は聞いたこと無いし。
ダッキの出身一族・キュウビ一族も別に混沌神を信仰する連中じゃなかったはず。
……ただ、邪竜ユピタ……
この国が出来る前にこの地域を支配していた邪悪なドラゴン。
この国はそのドラゴンを退治した後、そのドラゴンを退治した英雄である聖女が初代国王、つまり女王に即位して建てたんだ。
……キュウビ一族はそんなドラゴンに媚びへつらって、奴隷頭の地位を得ていた一族だったから。
邪竜ユピタを崇めていた連中ではあるんだけど。
世の中には、混沌神官だけでなくても、邪悪な存在ってものはたくさんあるんだ。
今のウハルさんを組んでる人たちがそうでないという保証はどこにも無い。
「兎に角、ウハルさんの今の状況はおかしいんです!」
★★★(ウハル)
「ただいま帰りました師匠」
「待っていたでござるよ。ウハル」
下宿に帰宅すると、俺は師匠に声を掛けられた。
何だろう?
「今日、ユズ殿が訪ねて来て、オヌシの事を心配しておった」
「ユズさんが、俺の事を?」
何でだろう?
ワケがわからなかった。
「ユズ殿はお前が混沌神官に呪われているのではないかと相談しに来たのだ」
「え……?」
ちょっと、ショックだった。
それくらい、俺って変だったって事なのか?
「オヌシ、ほとんど休んでいないらしいな」
「休むのも修行のうちでござるぞ」
……どうも、俺の最近の生活スタイルがユズさんの口から師匠に伝えられたらしい。
食事の時間を読書に当てたいから、汁物を減らして、煮物、焼き物に食事を絞ってるとか。
白ご飯を選択せず、片手で食べられるサツマイモを主食にしているとか。
色々。
「でも、それは俺が一人前になるために必要な事で」
「それにしたとしても、オヌシはやり過ぎだ。そこまでしている者はそうはおらん」
それに、と続けて
「痩せてきている、というのはその通りかもしれぬ。冒険者は身体が資本。それなのに、日々の修行で弱くなっては本末転倒でござろう」
……う。
俺、痩せてきてるのか?
自分じゃあまり気づかなかったけど……
でも……
俺が目指す人は、アイアさん。
アイアさんは、この国で最強と目される人間の集団「四天王」に属してた人。
そんな人よりも強くなろう、って言うんだ。
生半可なやり方で追いつけるのか……?
それが、俺の心から離れなかった。
だから……
「でも、こうしないとアイアさんにはとても追いつけないと思っています」
俺は口にした。
正直な気持ちを。
師匠はそんな俺の言葉を、渋い顔で聞いていた……。
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