第11話 絶対に皆を守る!

★★★(ウハル)



「よくもまあ……好き勝手やってくれたワンね」


 俺たちを取り囲んでいる数多くのノライヌたち……そこから1匹の、白い柴犬に似たノライヌが進み出てくる。


 ノライヌロード……連中の首領格……。


 他のノライヌは4足なのに、そいつだけは後ろ2足で歩いてる。


 2足で進み出て、言って来た。


「……今ならその娘を返すのであれば、殺すのは片方で許してやるワン」


 犬の顔に、余裕と憎悪を乗せてノライヌロードは言う。


 片方……か。


 確かに、こいつは知能が高いんだろう。


 こいつの頭の中で描いている図面が、朧気ながら俺にも分かってしまった。



 こいつらは、俺たちにユズさんを差し出させた上で、どちらが死ぬかを俺たちに決めさせるつもりなんだろう。

 で、仲間同士の殺し合いをさせて、それを見て愉しむ。


 そして当然、生き残った方は念入りに嬲り殺す。


 そうに決まってる。

 俺には確信があった。


 ……何故って。


 このノライヌロードの目に、加虐的な欲望を秘めた光を見たからだ。


 知能が高いという事は、本能から外れた邪な行いへの発想も広いということ。


 ノライヌロードだからこそ、そういう思考に行きつく。


 それが、俺には分かってしまった。

 だからというわけではないけど……


「……どうせ助けるつもりもないくせに、残虐な事には知恵が回るんだな、イヌコロ」


 俺は挑発した。


 どうせもはや戦いは避けられない。

 ならば少しでも怒らせて、連中から冷静な判断力を奪う……!


 奴らノライヌは厳密には犬では無い。

 犬扱いされるのは、人で言えばサルと同列に扱われるのと同程度の怒りがあるはず……?


 すると


「イヌコロだと……? 我らノライヌを、そしてこのロードたるヤツフサツヴァイに対して、イヌと言ったワンか!?」


 思いの外、奴らの怒りのポイントだったようだ。


 犬そっくりの癖に、腹立つんだな……。


 まぁ、いいか。


 徹底的に挑発して、少しでもこちらが有利になる何かを見つける……


 多分、俺の、俺たちの最善手はそれだ。


 最悪、師匠とユズさんだけでも逃げられるように出来たらな……。


 頭の片隅で、思う。


 すみません……師匠。

 ユズさん。


 俺がここで余計な事をしたから、きっとこうなったんです……!


 俺は続けた。


「犬と同じだろう。群れで狩りをするところなんて、犬そのものだ」


 ……みえみえか?


 これで一騎打ちに持ち込めば、勝ち目があるかもしれない。

 そう、踏んでの挑発……。


 でも、例えみえみえでも、やるしかない。


 頭さえ潰せば、逃げる目も出てくると思うから。

 頼む……


 顔は不敵に笑っていることを装いつつも、俺は本当は祈っていた。


 その僅かな勝ち筋を掴むことを……


 すると。


「……みえみえだワン。そうして、単独の戦いに持ち込みたいワンね?」


 そう、ノライヌロードは俺の挑発を切って捨てた。


 駄目か……?


 だが。


 いや……

 まだだ、と食い下がるためにさらに言葉を発しようとしたとき。


「……だが、良いワン。乗ってやるワン」


 奴は……2足から4足に移行しつつ、そう言ったんだ。


 一騎打ちでもお前などに負けはしない。

 その自信の表れ。


 だが、それが分かったとしても。


 やってやる……!


 それ以外の選択肢は、今の俺には無い。


「師匠、手を出さないでください」


 そう、言い残し。


 俺は手の中のハルバードを握り直し、一歩前に進み出た。



★★★(アイア)



 ノライヌなんて、物の数じゃない。

 種類がどうとか、そういう問題ではない。


「フンッ!」


 ッザン!


 愛用の巨大戦斧・ビクティ二世を真横に振るい、飛び掛かって来たホブノライヌを真っ二つにした。

 胴体を輪切りにし、前足と後ろ足を泣き別れにした。


 キャイン!


 ホブノライヌがあまりにあっさり殺されたからか、雑兵のただのノライヌたちが逃げ出そうとするけれど。


 私は全身鎧をガチャンガチャンと言わせながら普通に追いついて、ほとんど作業感覚で仕留めてしまう。


「よっ! とりゃっ!」


 ギャン! ギャイイン!


 ひとつ振るうごとにノライヌの命が消え、全滅するまで10秒かからなかった。


 ふう、終わり。


 ブンッ、とビクティ二世の血振るいをし、肩に担いでまた、ガチャン、ガチャンと歩き出す。

 後に残されるノライヌの死骸。

 土に還るに任せるよ。


 歩きながら、思う。


 あの子、今頃偵察任務を終えて戻ってきてるのかなぁ?


 途中でバッタリ出くわしたらどうしよう?


 それか……


 仕事の現場に立ち会っちゃうかも。


 どんな風に仕事しているのかな?


 そこのところが気になって、ひょっとしたら見れるかも、と思ったから。

 この、ノライヌ退治の依頼を受けた。


 ……あの子の働きぶりが気になる。


 ハッキリ言って、あんな風に真っ直ぐに私に交際を申し込んできた男の子は今まで居なかったから、気にはなるんだよ。


 ホラ、異性としてアリかナシかで言えば、アリって答えちゃったし。


 だったら、そこら辺をしっかり補強しておいてあげないと、万一、あの子が私に勝つような事態が来たときに「やっぱキミありえない」なんて言わなきゃいけなくなったとしたら。

 仕事ぶりが不真面目過ぎるとかなんとかで。


 さすがに、ちょっと酷過ぎると思うんだよね。


 断るなら早い段階で、迅速にするべきでしょ。


 だから、あの子の仕事ぶりが見られるかもしれないこの依頼は、ちょっとだけ見ておきたかったんだ。


 ホント、それだけの理由で請けたんだよね。この仕事。


 場所は……町から少し離れたところにある砦……だっけ。

 確かクミさんもそこで……あー……センナさんを助けたとかなんとか。


 センナさん……あんなことをしなければ、私は今でも四天王やってたのにね……。

 ホントに、あんなことさえしなければ……。


 まぁ、そのせいで今こんなことになってるんだけど。


 あと30分も歩けば着くかなー?


 そう、何も余計な事を思わずに、ただ歩いていた。


 そのときだった。


『どうした? もう終わりかワン?』


『……まだだ』


 私の聴覚が、異能により異常強化された私の聴覚が。


 そんな会話を、拾ってしまったのは。



★★★(ヤツフサツヴァイ)



 ワフフフフ……!


 1対1なら勝てるとでも思ったかワン!?


 甘いワン! このノライヌロードを舐めるなワン!


 狙い通り、どうしようもなくなったツラを拝めて、我の溜飲が下がったワン!


 奴のあらゆる攻撃を躱して見せ、反撃でダメージを与える。

 奴は我に全く手も足も出せていないワン。


 どうだ、思い知ったかワン!?


 ……にも関わらず。


「でりゃああ!!」


 何度やっても無駄なのに、諦めず突っ込んで来る人間バカ

 斜め上に振り上げた、あの長い武器を、斜めの軌跡で振り下ろしてくる。


 間合い的にもギリギリだワンね。


 だが……見切ってるワン!


 我はサイドステップでそれを躱し、続いて武器を振り下ろして出来た隙を突き、突っ込む。


 突っ込みながら、すれ違いざまに腕の肉に爪を入れてやったワン。


 最初の頃は引くとか突くとか、変化をつけてきたワンが、段々それが減ってきてるワン。

 攻撃が単調になってるワン。

 どんどん、見切り易くなってるワン。


 ……今だって、喉笛を嚙み切ってやっても良かったワン。


 でも……それじゃあ、面白くないワン。


 もっともっと、絶望させないとワン。

 生意気にも、まだ目が死んで無いワンからな。


 お前の目が完全に死んだとき。


 それがお前の死ぬときワン!


「どうしたワン? 攻撃が単調ワンよ? 前にも言ったワン?」


 振り返って、言ってやったワン。


 ああ……楽しいワン。


 こういう諦めの悪い、勇敢なバカを嬲り殺すのは快感ワン。

 だから、人間狩りは止められないワン。


 こいつは最期、どんな風に泣くワンかね?

 戦わなければ良かったとかほざいたらお笑いだワン!


 サァさぁさぁ、お楽しみはまだまだワン?

 何とか言えワン……!


 ……奴は、我に背中を向けたまま、立ち止まっていたワン。


 これまでは、食らいつくように動いていたのに。


 ……そろそろワンか?


 口ほどにもないワン。予想よりあっけなかったワンね。

 もっともっと、楽しめると思っていたのにワン。


 そんなときだったワン。


「……げる」


 バカが何か言ったんだワン。


 ……は?


 命乞いかワン?


 よく聞こえなかったワン?


「……今更謝っても遅いワンよ? お前は嬲り殺しワン」


 そいつが動かないものだから、我は攻撃の手を止め、ヤツの反応を待ったワン。


 武器を捨てて土下座するのか。


 それとも少しでも我の慈悲を得ようと、かつての仲間に襲い掛かるのか。


 ……奴のとった行動は……


 そのどれでも無かったワン。



 突如、奴の身体が地面の中に吸い込まれていったワン……!


 な……!


 あっけにとられる我。


 そのため、反応が一瞬遅れたワン。



 ……地中から、奴の長い武器の斬撃が襲ってきて……



 我の右前足を斬り飛ばしたワン!!



 ギャアアアアアアアアイイイイン!!!!



 跳躍するも回避が間に合わず、地面に落下し苦しむ我に、奴が地面の中から上半身を覗かせて、叫んだワン。



「……絶対に……皆を守る!!」


 右目を失い、眼球の無い眼窩からだくだくと血を流しながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る