第12話 よく頑張ったね。
まずい。
勝てそうにない。
それが、嫌でも分かってきた。
最初、ノライヌロードは魔法を使う個体は少ない、という話を聞いていたので、その群れの統率力を発揮する状況で無ければ、シャーマンよりまだ戦いやすい相手。
そう思っていた。
とんだ間違いだった。
ノライヌロードは、単独の戦闘能力でも、ノライヌで最強なのだ。
それが分かってしまった。
戦いを挑んだのは失敗だった……
そんな言葉が、頭の隅を過る。
だけど、この決断には……
ユズさんの、師匠の命が掛かってる。
俺1人の問題じゃ、無いんだ。
恐怖と焦燥感で息があがる。
どうしよう、どうしよう。
俺の、俺のせいで……
師匠が、奴の隙をついて横槍を入れてくれたら勝てるか?
いやでも、戦いを挑む際に「手を出さないでくれ」って言ったしな。
それを反故にするとなると、あいつも統率力を発揮して来るだろう。
そうなれば、どのみち終わりだ……。
アイアさん……
ここに来て、俺の脳裏に浮かぶのは、好きな人の事だった。
あの日、一緒に遊んだあの日。
最後に一緒に牛鍋を食べたとき。
あの人は、言ったっけ。
自分の髪の毛の理由を。
前髪を一房だけ、赤く染めている理由を。
……なんでも。
ムジード一族の伝説の英雄に倣ってのことらしい。
師匠の髪が赤いのも、同じ理由だそうだ。
その英雄の名は、ビクティ・ムジード。
一族を襲った火竜をたった1人で討伐した英雄だそうだ。
その方法が、凄まじい。
火竜の吐き出す炎のブレスで、燃え上がるムジードの里の中で、その混乱と戦いの最中、炎の精霊と契約を果たし、その場で魔法使いになって火竜を討伐したんだとか。
この世界では魔法使いになる方法が2種類ある。
ひとつは、アイアさんや師匠のように、その生き方、精神性を神様に認めていただき、寵愛を受けるパターン。
この場合は特に神官と呼ばれ、このルートで魔法使いになった人は、社会的にも有利な扱いを受けられるらしい。
何せ、神様が認めた人だ、ということだから。
そしてもうひとつが、この伝説にある通り、精霊と契約するパターン。
精霊はその自然現象が起きている場所に存在し、その存在にこちらから精神の在り方を寄せて言って、見事合致し、会話できるようになったとき。
契約を交わすことができる。
英雄ビクティは、戦闘中なのに、周囲で燃えている火の精霊との対話に成功したんだな。
凄いことだよ、
そして。
重要な事なのは。
契約には代償が必要である、ってことだ。
今ある気力を根こそぎ寄越せ、って言われるくらいなら破格の安さ。
酷い時になると、聴覚を寄越せ、視力を寄越せ、若さを寄越せ、って言われるときもあるらしい。
英雄ビクティの場合は「明日を寄越せ」と言われたそうだ。
つまり、明日以降の寿命を要求された。
そしてビクティは、それを受け入れた……。
だから、ビクティは勇者と呼ばれ、アイアさんの人生の目標になり、ムジード一族の誰もが尊敬する大人物になった。
皆の命を救うために、自分の命を投げ出した人だから……。
……話を戻そう。
今のこの状況。
勇者ビクティの伝説に倣うしか、方法が無い。
出来るかどうかわからないけど、やってみるしか……
勇者ビクティは、戦いの中で魔法使いになった。
そして一族の皆を救った。
だったら俺も、戦いの中で魔法使いになる。
……何でもいい!
火よ土よ水よ風よ!
精霊よ!
俺に力を貸してくれ!
契約を、結ばせてくれ!!
目を閉じた。
祈った。念じた。
その瞬間だけは、戦いを忘れるくらいに。
どうせこのままでは勝てはしない。
この場で魔法使いになる。
……それしか、俺がこの場を切り抜ける方法は無いんだ!
どのくらい、そうしていたのか。
まあ、おそらくそれほどは長くは無かったはずだ。
戦いの中だったんだから。
『……契約シタイノ?』
そんな俺の呼びかけに、答える者があったんだ。
俺はすぐに反応した。
したい! 代償は何だ!?
後から考えるとメチャクチャ危険な事だったんだが。
俺は精霊の声が聞こえた、と感じた瞬間、契約を持ち掛けた。
……こういう場合、浮遊霊が精霊のフリをして偽の契約を持ち掛け、契約を望むものに憑依をし、身体を乗っ取るとか。
そういう危険性があるらしい。
だから通常、精霊との契約は細心の注意をもって行われるのが普通なのに。
雑な事をしたもんだ。
相手が何の精霊なのか、いや、本当に精霊なのかすら分からないのに、即契約の話を持ち掛けたんだ。
危な過ぎだ。もう二度とは出来ない。
『代償ヲ払ッテネ……君ノ、右ノ目玉をチョウダイ』
精霊からの条件の提示。
俺は、何でも捧げるつもりだった。
若さでも。寿命でも。
この状況を切り抜けることができるのであれば、何でも捧げる。
それで、皆が守れるのなら……
それがそのときの、俺の嘘のない気持ちだった。
だから、言ったよ。
「……捧げる」
そう言った瞬間。
俺の右目に違和感があり、激しい痛みが襲ってきた。
そして同時に頭の中に浮かび上がる文言……
大地潜行の術
大地爆裂の術
大地掘削の術
鉱石探知の術……
……俺が契約したのは、土の精霊……。
俺は、魔法使いになったんだ!
魔法の詳細な説明を頭の中に書き込まれて、その内容を把握し、この場で一番効果的な魔法を選定する。
「土の精霊よ。俺を受け入れてくれ」
俺は「大地潜行の術」の呪文を唱えた。
土や岩の中を一定時間、自由自在に泳ぐことができるようになる魔法……!
今の俺の状況で、逆転の目を期待できる魔法だ!
そして俺は地面の中に潜り込み、地中からの斬撃で、俺はロードの前足を1本、斬り飛ばした!
地中から浮上すると、奴が、ロードが、前足を1本無くしてのたうち回って苦しんでいた。
……やれる! 勝てる!
「……絶対に……皆を守る!!」
残った左目で結果を確認し、俺はそう吠えた。
絶対に勝つんだッッ!! 師匠を、皆を守るんだッッ!!
そんな俺を無視して、俺に前足を1本奪われたロードは、シャーマンを呼んだ。
「シャーマン! 傷を治せワン!」
……肝が冷える!
……まずい。
こいつ、一騎打ちの約束を破るつもりだ……
そこが意味するところは……
俺は再度地面に潜行し、奴に地中から接近。
地中からの大上段の一撃を繰り出したが……
手ごたえは……無かった。
俺が再び浮上すると、ロードは斬り飛ばされた足の傷を、塞ぐだけ塞いで、3本足でよろよろと立っている……。
「よくも……よくも我の足を奪ったなワン……!?」
怒りに震えている。
次にくる言葉は、予想がついた。
畜生……
「皆の者! 総力を持ってこいつらを殺せワン! 一切遠慮はするなッッ!」
逆上し、皆殺しの指示。
予想がついたところだ。
ルールを破る以上、一騎打ちは終わり。
テーブルをひっくり返して、全部終わりにしてくる。
……それで。
俺たちだけでなく、ユズさんまで殺るつもりだ。
それぐらい、怒りが深いってことなのか。
畜生……結局守れなかった……!
俺は自分の無力さにやりようのない怒りを覚えた。
師匠……ユズさん……すみません。
俺……やれませんでした……!
「師匠! ユズさんを連れて逃げてください!」
せめてもの足掻き。
俺が必死で頑張れば、師匠とユズさんが逃走する時間くらいは稼げるかもしれない。
そう思ったから、言った。
言ったんだ。
……その場に、飛び込んで来る巨大な影があった。
声が……止まった。
その影は……全身を赤い金属の鎧で武装していて。
上半身より大きな刃を持つ、鎧と同じく赤い巨大両手用戦斧を引っ提げて。
俺たちとノライヌの軍勢の間に立ち塞がり……
巨大戦斧の一閃。
襲い来るノライヌたちを一瞬でミンチに変えた。
まるで、竜の爪の一撃が襲ったようだった。
突然、あまりにもあんまりな状況。
固まってしまう。
固まってしまう俺に。
「よく、頑張ったね」
竜に似た兜を被っていたその人影。
振り返って面頬をあげて、その顔を見せる。
そこにあったのは俺の想い人。
アイアさんの顔だった……!
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