第10話 逃走は街に帰りつくまでが逃走です。
★★★(ウハル)
師匠の立てた策はこうだった。
まず連中の居場所を確認し、火をつけた油壷を投げ込む。
そして火で混乱しているところに、師匠が矢を射掛け、その隙に、俺が捕まっている女の子を助ける。
その後はすぐに脱出し、師匠が去り際に連中へ「波動の奇跡」をブチ込んで、さらに混乱させて、その隙になるべく遠くまで逃げる。
そこでどこまで逃げられるかが勝負のポイントだ。
……一番危険な役回り、つまり突入役は、俺が率先してやらせてもらっていた。
何故なら、言い出しっぺは俺だからだ。
いくら不安であろうとも、ここで「口は出すが働かない」ようなクズには絶対になるわけにはいかないから。
「一応、『限界突破の奇跡』をオヌシに掛けるでござる」
どこまで信頼できるか分からぬがな。
決して「無敵になった」などと思わぬように。
……と言われる。
「限界突破の奇跡とは何ですか?」
俺が訊くと
「オロチ様の神の奇跡でござる。人間の潜在能力を100%全開で使えるようにする魔法でござるよ」
……つまり、火事場の馬鹿力を強制発動できるようにする魔法か……。
すごいな。
オロチ様とは、師匠が信仰している神様の名前で、戦いの神。
とはいっても、何でも暴力で解決しろとか、そんな野蛮な事を言う神じゃない。
戦いと言うのは、挑戦や困難の乗り越えを含んだもの、……いやむしろ、そちらを尊び、司る神様だ。
「効果時間はどのくらいですか?」
「およそ10分」
……結構長いな。
でも、実際使うと短いのかも……?
「分かりました。お願いします」
そして、今に至る。
油壷に火のついたぼろ布をねじ込んで投げ込み、火炎瓶に仕立て上げ。
そこで混乱が起きたところを見計らって、俺は突撃した。
限界突破の奇跡は伊達じゃ無いな。
ハルバードが軽い。
まるで竹竿のようだ。
片手で振るえる。
ハルバードを振るって、あの子の周りに居るノライヌを数匹、まとめてぶっ飛ばす。
面白いように攻撃が決まり、俺と彼女の間に道が出来たので突入。
時間は無駄には出来ない。
★★★(ユズ)
何が……起こったの?
いきなり、周りに居たノライヌたちが吹っ飛ばされて、私は抱きかかえられていた。
所謂、お米様抱っこ。
私を肩に担いでいるのは私と同い年くらいの男の人。
体格のいい人だった。
背は高くて、私より頭ひとつ高い。
腕は太く、硬かった。
そして目付きの鋭さ。
今の私には、とても頼もしく思えた。
助けに来てくれたんだ……どこの誰か分からないけど……
「あ、ありが……」
「脱出するから、喋らないで!」
礼を言おうとする私を、その男の人は厳しくも優しい声で制した。
グンッ、と引っ張られるような感覚。
男性が走り出したのだ。
私一人を肩に抱えて。
その速さ……
まるで私なんて荷物が無いみたいな、すごいスピードだった。
……強い人なんだ。
なんて、頼もしいんだろう……。
どのくらい、走っただろうか。
脱出間際の事はあまりよく覚えていないけど、何度か爆発音が鳴ってた気がする。
そのせいだろうか、追っ手の気配は無かった。
「ここまでくれば大丈夫か……」
ハァハァ言いつつ、私をずっと抱きかかえていた男性が、ようやく私を下ろしてくれた。
「あ……ありがとうございます」
「いや、見捨てられなかったから勝手に助けただけ」
苦しそうだったが、その男性は私に笑い掛けながらそう「何でもないよ」という風に言ってくれた。
……トクン。
心臓が鳴った気がした。
……素敵。
「全く無茶する弟子でござるよ」
並走していた、モヒカンのおじさんが彼にそう苦笑する。
「少し休んだらすぐに出るでござるよ。逃走は街に辿り着くまでが逃走でござる。逃走は闘争とも通じるともオロチ様は仰っていて、手を抜いてはならぬとの……」
「分かってます。ちょっとだけ休んだらすぐ出発ですね」
彼らは師弟らしい。
★★★(ウハル)
最初見掛けた当初、助けた当初はあまり分からなかったけど。
こうして落ち着いてみると、結構可愛い子だった。
髪の毛が丁寧に手入れされてて、日本人形みたいに前髪ぱっつんの長髪。
おしとやかな彼女の感じに、良く似合う髪型だ。
名前を聞くと「ユズ・ミカン」だって。
ユズさんか。
「どこから来たの?」
名前の次に、それを聞いた。
聞いた瞬間、彼女の顔が曇る。
「ど、どうしたの!?」
俺は、慌てた。
泣かせるつもりなんてまるで無かったから。
すると、ユズさんは言ってくれた。
自分は行商人の娘で、両親はあそこに連れてこられる前にもう殺されてしまった。
だから自分にはもう行くところは無い、って。
なんだって……!
あのイヌコロ野郎ども、なんて惨い真似を……!
俺が憤って「ノライヌめ……!」と漏らすと、ユズさんは「違う」と言って来た。
違う?
どういう事なんだ?
混乱した。
が、話を聞くともっと混乱した。
……何でも。
最初、人間の集団に襲われたらしい。
黒づくめの集団だったそうだ。
で、そこでまず両親が殺された。
そして、自分は手を縛られ、連れていかれて……
あの、ノライヌロードの群れに引き渡された。
そういう事だった。
何故そんなことを?
「師匠、そんな事をして、何かメリットであるんでしょうか?」
まるで理解できなかったから、俺は訊いたよ。
何故って……
ユズさんを攫って、売春宿にでも売り飛ばすならまだ分かる。
金銭目的。理由がハッキリしてるものな。
でも、引き渡す相手が、ノライヌ……
無論、ノライヌロードは恐ろしい奴らだから、強大な力を持ってるのは間違いない。
かといって、貢物を渡せば、言う事を聞いてくれる奴らかと言われれば、甚だ疑問だ。
知能は高いかもしれないけど、本性はケダモノ同然の奴らだぞ?
そんな奴ら相手に、取引なんて意味あるのか?
「……まるで分からぬ。愉快犯だったのでは、くらいしか答えは出ぬでござるな……」
愉快犯……それなら、論理をまるで無視できるから、通じはするが。
それを答えにするのは「全く理解できないから」と言ってるのと同義……。
……これは、予感だったんだけど。
俺はこのとき、この謎の黒づくめ集団には何か明確な目的があり、洒落や狂人の酔狂でこんな真似をしたんじゃないと。
そういう事を、根拠は無かったんだけど、なんとなくそう感じていた。
「……これから、どうしたら」
そんな自分の身に降りかかった悲劇について話し終え。
ユズさんはそう言って泣いた。
「辛いのは分かる、なんて言っていいものか分からないけど……」
分かるなんて、軽々しくそんな言葉を言って慰めることはできない。
けれど、それ以外の言葉が浮かばない自分がもどかしかった。
それに。
そもそも、俺は死んだからと泣きたくなるような家族自体居ないしな。
「金が無くなったらムショに行けばいい」
「お金が無くなったら
……こんなのだから。
ユズさんには申し訳ないけど、まともな家族を持っていたユズさんが、俺はちょっと羨ましかった。
「さぞ辛かろう、というのは理解は出来る。だが、とりあえずは心配は無い」
そこに。
師匠が、助け舟を出してくれた。
スタートの街で、住み込みの仕事を探せばとりあえずの生活は出来る。
あの街は、真面目に生きようとする者は拒まない。
そう、言ってくれたんだ。
俺みたいな若造が言う言葉より、重みがあったんだろう。
ユズさんは
「……ありがとうございます」
そう、言ってくれたんだ。
ありがとう、師匠。
「そうと決まれば、すぐに帰ろうぞ」
師匠は立ち上がった。
そうだな。
休憩はもう終わり。
一刻も早くスタートの街に戻って、ユズさんの今後を……
……そう、思った時だった。
グルルルル……
気づくのが、遅かった。
獣の、唸り声。
それも、ひとつやふたつじゃない。
たくさんだ。
周りじゅう、たくさん。
立ち上がりかけた、俺の手が止まった。
師匠も停止する。
ユズさんは、固まった。
……俺たちは、囲まれていたのだった。
ノライヌたちの、軍勢に!
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