2章 あのひとに近づくために

第7話 見過ごせない

「斬り下ろしは、標的を切断し終えたと思える位置で止めるでござる」


「動きはコンパクトにするでござる」


「ハルバードは斧と槍と鉤爪の特性を持った武器。その3つの性能があるということは、修練も3倍大変と心得るでござる」


 ……俺は、ムジード流斧術を習得することになり、その武器として「ハルバード(斧槍)」を選択した。

 理由は、近接戦闘でアイアさんと同じ間合いで戦うとすると、腕力と技量で劣る以上、アイアさんに勝つのは難しいだろうという判断だ。


 アイアさんの愛用武器・両手用巨大戦斧より一撃の破壊力では劣るけど、その分やれることが数多く、間合いも広いこの武器なら、鍛えぬけばアイアさんを負かすことができるかもしれない。

 そういう目論見。


 槍の穂先に、斧の刃。そして鉤になったフックが合わさった先端部分。

 ハルバードはそんな武器だ。


 槍で突き、斧での叩き斬り、そして鉤での引っかけ、引き摺り倒しが出来る。


 優秀な武器だけど、言う通り、修練は大変だ。


 基礎体力は土木作業の仕事を一生懸命やってたせいで、ある程度ついていたけど。

 武術の技術を鍛えるのは初めての事で。


 必死で素振りし、型稽古をやり続けた。


 辛くなるときもあったけど、そういうときはアイアさんの笑顔を思い浮かべるとやる気が復活した。


 あの笑顔を手に入れることができるなら、俺は頑張れる。

 その一心で頑張った。


 そんな地獄の猛特訓で、1カ月半ほど経った頃。


「……だいぶ様になってきたでござるな。早い方でござるよ」


「師匠、そうですか? ありがとうございます」


 そんな事を言ってもらえるようになった。

 そこで、スッとガンダ師匠の顔つきが厳しくなる。


「……荒行になるでござるが、ここから先は実地訓練でござる」


 ガンダ師匠からその言葉を聞く日が来た。


 実地訓練……何をするんだろう?


 俺は次の言葉を待った。


 それは……


「ノライヌ退治でござる」


 ノライヌ……


 この世界で、一番一般的なモンスター。


 ノラ系モンスターとも言われる、よく駆除が依頼される怪物たちの一種だ。

 わりと頻繁に湧いてくる。主に隣の国のオーサカ帝国という荒んだ国から。


 その生態は野犬の特性と、前の世界で流行ってたファンタジー小説でのゴブリンの特性を併せ持った感じで、オスしか生まれず、繁殖に人間の女性を利用する。

 人間の女の子を攫っては、繁殖の苗床にする野犬のモンスターだ。


 だから、厄介で危険極まりない。


 近くに巣が出現した、という報告が来ると、すぐさま冒険者の店に依頼が来るらしい。

 当たり前だよな。

 放置したら女の子が攫われるかもしれないんだし。


「スタートの街の近くの砦にノライヌが住み着いたという報告があったでござる」


 そしてすぐさま討伐依頼が出されたので、師匠が「俺の実地訓練用に」という思いで取ってきてくれたらしい。

 師匠……!


「明日の朝から出発するでござるよ。今日は早く休むように」


 そう、指示をくれて、師匠は去って行った……。




 翌朝。


 背負い袋に道具を詰め込み。武具の点検を行う。

 革鎧を身に着け、部屋の姿見で変なところが無いかチェック。


 よし。


 大丈夫だろう。


「おはようございます。師匠」


「おはようウハル」


 居間に行くと、大きな握り飯がひとつ用意されていた。


「それを食べたら即出発でござるぞ」


 俺は頷き、握り飯を頬張った。




 アオーン!


 吠えて、ノライヌが飛び掛かってくる。


 俺は冷静に、空中に居るノライヌのその茶色い腹に横薙ぎの斬撃を入れる。


 キャイン!


 ノライヌはそこから臓物を溢れさせ、もんどりうって倒れた。


 ……この手で命を断つ。

 あまりいい気はしない。


 殺す感覚を養うために、1回だけ生きた豚をガンダ師匠に購入してもらい、それを屠殺する訓練をした。

 だから、生き物を殺すことについては俺は童貞じゃない。


 だからといって、まだ慣れたとは言い難いけどね。


 フゥフゥと、息が上がってくる。

 身体は全然疲れて無いのに。


 これは、気疲れだな。


 ……でも、まだ休めない!


 残ってるノライヌはあと2匹!



 師匠と俺は、ノライヌの巣になってる砦に向かう途中、縄張りの巡回? してた雑兵のノライヌたちに遭遇し、こうして戦闘になった。


 師匠は「こいつらを1人で全滅させてみせるでござる」と言ったので、今頑張ってる。


「うおおおおおっ!」


 自分を奮い立たせるために、声を出して俺は突っ込む。

 声出しは重要だ。稽古の時も散々言われた。


 声を出すことで、精神のリミッターを外し、怯えを取り除き、戦う心になる。


 雄叫びとともに、俺はハルバードの槍で突いた。

 その突きは、ギリギリのところでノライヌに躱される。


 だが……


 ハルバード相手でその避け方は感心しないな!


 型稽古でなんどもやり続けた、フックを使っての引っかけを、手首を返して引き戻すことで仕掛ける。

 ノライヌはそれに対応できず、その毛皮にフックを食いこまされ、引き摺り倒された。


 ギャン!


 悲鳴。

 そこから立ち直る前に、引き戻したハルバードの槍を再び突き出し、その首に深々と突き刺した。


 ギャイン!


 ……これで2匹目!


 あと1匹!


 仕留めたノライヌの首から素早く槍の穂先を引き抜いて、この隙に俺を襲おうと飛び掛かってきたノライヌに、下からの斧の刃での斬り上げを見舞った。

 ノライヌの右前足が切断され、地に打ち落とされて苦しみ暴れているノライヌに、止めの斬首を見舞う。


 これで全部!


「……見事だったでござるよ。初陣としては上出来すぎる戦いぶりでござる」


 実戦においても、基本を忘れなかった。

 オヌシは、基本的に肝が据わってるでござるな。

 元々、戦士に向いていたと言っていいでござろう。


 ……何かの本で読んだことがある。

 道場でいくら強くても、実戦でその強さを発揮できるか。

 それが問題なんだ、と。


 俺は、相手が雑魚に分類されるノライヌだったとはいえ、実戦で稽古を活かすことができた。

 そこを、師匠は認めてくれたのだ。


 ……一歩、彼女に近づいた気がした。

 まぁ「調子に乗るな」と怒られそうだから口には出さないけど。




「あの砦が、そうなんですね」


「そうでござる。……敵戦力を調査したら、帰るでござるよ」


 俺たちは、問題の砦の前に到着した。

 奴らは鼻が良い。


 一応、対策で途中で倒したノライヌの体液、吐き気を催すような臭いの奴らの体液を身体に塗ってはいるけど、過信はできない。


 あまり近づかずに、ふたりで見ていた。


 俺たちが受けた依頼は「ノライヌ砦の威力偵察」

 理由は、ノライヌの中に、魔法を使える個体のノライヌシャーマンが混じっていた、という報告があったからだ。


 ただのノライヌ討伐なら駆け出しでもなんとか対処可能だが、そこにノライヌの上位種ノライヌシャーマンが混じると難易度が跳ね上がる。


 ノライヌシャーマンは、奴らノラ系モンスターを創造した邪神・姦淫の女神マーラから、邪悪な神の奇跡という魔法を与えられている上位の個体で。

 そのうちの「波動の奇跡」という魔法を至近距離で直撃されると、人間ならまず死ぬらしい。

 そして魔法を使う以上、当然の如く人語を話し、知能も人間並みにあるとか。


 だから、ノライヌシャーマンが混じっているという話が本当なのか、居るとしたら何匹なのか。

 その情報を集めることが、別の依頼で出されていたのだ。


 今回の場合、俺が実戦経験を積むために、ノライヌと戦う事が目的だったので、本依頼、つまりは「ノライヌの群れの殲滅」の方は請けていない。


「どうやって確認をするんですか?」


 声を潜めて俺は師匠に問うた。


 すると師匠は


「これを使うでござる」


 ……おお。


 俺は師匠の取り出したものを見て、感嘆の声を小さくあげた。


 それは……


 レンズのついた、筒状の道具。


 遠眼鏡。


 ……この世界にもあったんだ。この道具。


「これで中を覗くでござる。ノライヌは群れで固まって生活する習性があるでござるから、それを見つければ確認できるでござるよ」


 どうやって見るのかな……木に登るのかな?

 それとも、裏手に回って壁をよじ登るのかな?


 ……何にせよ。その辺は師匠に任せよう。

 俺の今回の仕事は初陣と、あと師匠のやり方を見て覚えることだ。

 俺が口出しすることじゃない……。


 そう、思っていたときだった。


 師匠の顔色が、変わった。


 どうしたんです? と問おうとしたとき。


「しっ」


 そう言われ、頭を無理矢理下に押し込められた。


 何なんだ!?


 そう、思ったけど。


 その理由は、すぐに明らかになった。


 アオーン! アオアオーン!


 ワンワンワンッ!


「皆の者、返って来たぞワーン!」


 砦の入口の方に、ゾロゾロと。

 戻ってくる集団があったんだ。


 ノライヌの集団……


 奴ら、出張してたのか……!


 おかげで、労せずに偵察することが出来る。


 確か、ノライヌシャーマンは緑色をした狼って話だから……


 ひー、ふー、みー……は居ないな。2匹か。厄介な……。


 身体がやけにデカいのが5匹も居るな。

 あれはホブノライヌか……ノライヌ版のホブゴブリンだな。


 そして……


 次に見たものに、俺は血液が沸騰しそうになるほどの怒りと、焦りを覚えることになった。


 群れの中。


 一番偉そうにしている柴犬みたいなノライヌが居た。色は白。

 そいつだけ、他のノライヌは4つ足で歩いているのに、後ろ2足で歩いてる。


 あれは……ノライヌロード……!


 ノライヌの最上位種だ。

 統率力に優れるので、ロードの居る群れは危険度が数段跳ね上がるらしい。


 シャーマン同様、人語を話し、知能も高いという話だ。


 ロード種は、前足を人間で言うところの手のように扱う事が出来(なんでも、そこに極限の真空を発生させてモノを吸いつけて掴むそうだ)奴は今、そんな手でロープを掴んでいた。

 ロープの先には……手を縛られた女の子が居た。


 年齢は俺とそう変わらないだろうか? 着物姿の子で、髪の長い子だった。


「戦利品ワーン! 皆の者、家族が増えるワーン!」


 ノライヌロードの叫び。


 ……それを聞く女の子の表情は、青ざめていた。

 もはや、泣くことも出来なくなったのか。


 この先に待つ、自身の悍ましい運命に。


 ……俺は思った。


 助けなきゃ……!

 今、すぐ。 

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