第8話 私がやっていい?

★★★(アイア)



 私はアイア・ムジード。

 最強の戦士を目指している女だ。


 私がそれを志す切っ掛けになったのは、命を投げ出して火竜を討伐したムジード一族の英雄・勇者ビクティの伝説を聞いたからだ。

 子供の時に。


 それ以来、私も勇者ビクティのようになりたくて、武芸を磨きに磨いた。

 一族の女の子で、そんな事をしているのは私だけだったけど。


 途中、どうしても越えられない女の子の壁や、絶体絶命のピンチを、異能に目覚めたり、神様の愛を獲得したりして乗り越えて来た。


 順調に、自分の目指すものに近づいている気がする。

 何も問題ない。


 ……はずだったのに。


 何だか、最近ちょっと変だ。


 切っ掛けは、叔父様の頼みで年下の男の子と遊んだことだ。


 何でも私の事を一目で気に入ったらしく、どうしてもふたりで会いたいって言ってると言われて。


 叔父様の顔を潰すわけにはいかないから、会うだけ会うかと思い、会いに行ったんだけど。


 会いに行ってみると、別にフツーの男の子。

 目付きが悪いとか言われてるらしいけど、そうなの? って感じだった。

 背も高くて、私と同じかちょっと大きいくらい。


 純粋にアリか無しかで言われたら、アリかなと。

 そう言える男の子。


 そんな子に。


 デートの終わりに告白された。


 お断りした。


 別にその男の子が、その性格が生理的に駄目だというわけじゃなかったんだけど、きっと上手く行くはず無い、辛いことになるだけだと思ったから。


 男性というものは、女が自分より大きな存在だと思うと自信を無くす生き物らしく。

 最強の戦士を目指している私とは最悪に相性が悪い。


 実際、私が最初にパーティを組んだパーティのリーダー男性は、私が彼以上に活躍し、出番を全て奪ってしまったものだから自信を無くして「冒険者を辞める」とまで言い出した。

 それが原因で、他のメンバーの女に「出ていけ」「出ていくのが嫌ならパーティリーダーの女になって、彼の自尊心を満たせ」と言われたことを今でも忘れない。


 私は腹が立ったのと、その男性リーダーの心の狭さに絶望し、そのパーティを抜けて。

 それっきり、ほとんどソロで活動していた。


 たまにパーティを組んだとしても、請われてで。

 こっちの一存でいつでも抜けられる立場。


 そういう立ち位置を貫いた。


 私は才能があったので、それでも結果を積み重ねる事が出来て。


 白兵戦無双の女戦鬼、って呼んでもらって、それなりに一目置かれるようになった。

 ただまぁ、男嫌い、独身主義者っていう妙なレッテルを貼られる羽目になったけど。


 私自身としては、別に同性愛者では無いし、もし誰かと愛を育めと強制されるなら、そりゃ相手には男を選ぶと断言するよ。

 単に、男性と関わると私の夢に支障が出るだけ。


 どうせ「俺より強いなんて気に食わない」「戦士を辞めろ」って言うに決まってるから。


 独身主義者っていうのも、別に他人に自分の生き方を強制するつもり無いし。

 全くの言いがかりだ。


 友達に、ちゃんと家庭持って子供まで沢山産んでる子も居るのに。



 ……話を戻して。


 そのときに、お断りについては納得してもらったんだけど、理由を聞かせて欲しいと言われて。

 食い下がる、って雰囲気じゃ無かったな。


 単に「何故拒絶されたのか、その理由が知りたい」


 純粋に、それだけの想いしか感じなかった。


 だから、教えてあげたんだ。

 私がそう思うに至った理由を。


 そしたら


「……なんだよそれ……酷いよ……アイアさん何も悪くないだろ……」


 って。

 私の最初の経験について、怒ってくれた。


 ちょっとだけ、ドキッとした。

 自分が理不尽を感じたことに、共感してくれてる……


 そう思ったから。


 でも、そういうわけだから、あなたの気持ちは嬉しいけど受け入れられません、と理由付きでお断りすると。


 こう言われた。


「……そのアイアさんの理屈で行くと、アイアさんは自分より強い男となら付き合えたり、結婚も出来るってことになりますよね?」


 えっと……?


 そう言われて、一瞬、思考が止まった。


 だってそんなの、想定してなかったから。


 何故って、私は最強を目指しているのに。

 自分より強い男が現れたらどうするかなんて、考えたことも無かったから。


 続けて、自分は冒険者になる、と言われた。


 それが意味するところは……私より強くなる。

 それだろう。それぐらい、私だって分かる。


 ……この子、私より強くなる気なんだ……。


 これまでの……のほとんどを武芸に捧げたこの私よりも。


 ……私の異能は『身体能力異常強化』

 その影響で、肉体の老化がなかなか訪れず、未だに20代と変わらないけど、私は見た目より年齢は上だ。


 友達に合うと「アイアさんは異能のせいでいつまでも若くて羨ましいですね」ってたまに言われてしまう。


 ……まぁ、そんなことはどうでもいいよね。


 普通なら「私の強さはそんなに安くない!」って怒るところなのかもしれないけれど。

 何故か、あまり腹は立たなかった。


 逆に……


「この子、そんな事言って、本当に私に迫るほど強くなったらどうしよう?」


 そんな事を考えてしまった。


 この間なんて、一騎打ちであの子に負けて、その場でプロポーズされる夢を見てしまった。


 どんだけ狼狽えてるのよ。

 起きたとき、自分の精神状態に何だか笑えて来た。


 この私が、男性に動揺させられるなんて……。

 笑うしかないよね。


 で。


 あの子は……名前はウハル君……ウハル君は。


 叔父様に弟子入りし、冒険者のイロハと戦闘技術の訓練を受けてるって、叔父様から聞いた。

 なかなか筋がいいんだって。


 この分だと、近いうちに冒険者としての初陣だそうだ。


 ウハル君……どのくらい強くなるのかなぁ……?




「こんにちは。マスター」


 愛用の、赤い金属・ヒヒイロカネの全身鎧を着込んで。


 馴染みの冒険者の店に顔を出した。

 四天王になる前から、よく仕事を貰ってた店だ。


「おお、アイア。今日は仕事か?」


 店のマスターは、14年も経ったせいでだいぶ老けてた。

 14年前でもそれなりの年齢だったからね。


「うん。ちょっと稼げそうな仕事ない?」


 言いながら、依頼ボードに貼り付けられた仕事を見る。


 荷物の護衛、ジャガー狩猟、巨大蜘蛛討伐、迷い犬の探索……


 あまり簡単な依頼は、駆け出し用に残すのがベテランの嗜みなんだけど……


『ノライヌ退治』


 ……おや?


 駆け出しなら真っ先に殺到するであろう、ノライヌ退治の依頼が、お昼近くになってもまだ残ってることに疑問を持った。


 一般に冒険者は「ノライヌからはじめよ」というくらい、まずノライヌ退治を問題なくこなせるようになってから次に行く。それが基本だ。

 収入の面でも、ノライヌ退治は悪くない。

 戦闘が必至だが、手ごわい相手でも無いし。腕試しにはちょうどいい。

 初心者が殺到するお手頃依頼なんだ。


 それなのに……まだこの依頼が残ってる。


「マスター、何でこの依頼まだ残ってるの?」


 私はノライヌ退治の依頼を指差した。


 すると


「……ああ。その依頼は、前情報で、ノライヌシャーマンを見た! って話があってな」


 だから別件依頼で「ノライヌの群れの偵察依頼」ってのをつけて、現在そっちで調査中なんだ。

 ノライヌシャーマンが居るとなると、初心者向きじゃ無くなるからな。


 だって。


 ……なるほど。


 しかし偵察か……


 そういうのって、信頼性が高い冒険者が請け負うんだけど、誰がやってるのかな?


 その理由は簡単で「偵察して無いのに、嘘の報告をして報酬だけせしめよう」って考える奴が出てくるとまずいからだ。


 かくいう私も、1回だけ偵察って奴を任せてもらったことがある。

 自慢じゃ無いけど!


 ……この依頼は誰が偵察やってるのかな?

 ちょっと興味あった。


 もしかしたら、14年前に駆け出しだったあの人とか、あの人とか。

 そういう人が、やってるのかもしれない。


 だから、訊いたんだ。


「マスター、偵察任務は誰が請け負ってるんですか?」


 すると、返って来た答えに驚いた。


「アンタの叔父さんだよ。弟子と一緒に片付けるってさ」


 ……え?


 じゃあ、今、ウハル君がこの仕事の偵察をやってるわけ?


 ……私は、少し興味が湧いてしまったんだ。


 だから、ちょっと迷ったけど


「マスター」


「何だ?」


 私は、依頼ボードに貼り付けられた『ノライヌ退治』の依頼の紙を剥ぎ取って。


「この依頼、私がやっていい?」


 ……そう、言ったんだ。

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