第89話 終焉

自由人の腕の中に戻った赤羽の意識は念の五方陣の中、何とか保ち続けていた。

赤羽(これはこの念の五方陣は私の息子がマリオンが作っているのですね。ああ白虎も一緒に・・・念の中に彼らの気を感じます。)

自由人(息子は樹蒼と名付けられた。)

赤羽(じゅそう?樹蒼。なんというすごい力を持ってこの世を取り囲んでいるのでしょう・・・樹蒼。樹蒼。私は悪い母親でした。貴方は自分の両親が行った罪を既に知ってしまっているのでしょう。悲しい想いをさせました。辛い気持ちを持たせてしまいました。本当にすまない事をしたと思っているのです。樹蒼しっかりと生きて・・・)

樹蒼(母上。大丈夫です。婆様が、皆が私を支えてくれました。母上のことも父上のことももはや恨んではおりません。母上お気を確かに。婆様が話をされたいと待っておられました。)

 樹蒼の言葉に促されるように赤羽の目の前に碧卯であり白酉である水槽の女現れた。

婆様(赤羽。かわいそうに。辛かったろう。痛かったろう。私の力では今までお前をどうにも助けてやれずほんに辛い目に遭わせてしもうた。やっと赤羽、我が子に会えた。そのしっかりとした紅い瞳をとくと見せておくれ。)

赤羽(母上・・・弱かった私をお許しください・・・)

婆様(誰もお前を責めることなど出来はせぬ。お前はこの世での努めを果たしたのじゃ。樹蒼を見てごらん。あんなに立派に強く成長した。お前の意志があの子を強く産み落としたのじゃ。白虎!姉上が戻られた。)

呼ばれて白虎も赤羽の前に姿を現わした。白虎は懐かしさと悲哀のこもった瞳でやっと会えた姉の姿を見つめている。

白虎(赤姉!私です。分かりますか?白虎です。)

赤羽(大きくなって。白虎。会いたかった・・・)

婆様(紫音。紫音は無事か?)

呼ばれて紫音が婆様の前に姿を現わした。婆様の表情は先ほどより少し強い瞳の色を帯びその表情のイメージが少しばかり違う人のように見受けられた。紫音がその気を感じ取り不思議に思った。

紫音(母上?母上なのですか?)

婆様(そうじゃ。私、碧卯はアメリカに打たれた時命を落とした。私の魂が体から抜け落ちる瞬間、白酉が自分の子宮の中に私をしまい込んでくれたのじゃ。人一人の体内に二人分の意識を保つ事は人の力だけではそう長く持たなかったろうが幸か不幸かアメリカの研究室で繋がれ多大な栄養分を与えられたおかげで何とか今まで意識を保つことが出来たのじゃ。紫音。大変な人生をしっかりと歩み通しましたね。母はそなたを誇りに思いますよ。)

紫音(母上・・・)

婆様(皆、幼い頃に別れてしまい、ろくに可愛がってもやれなんだと言うのに立派に育ってくれた。これを覚えておろう。緑尽の指輪じゃ。赤羽が大切に持っていてくれたおかげで最後の使命を果たせるかもしれぬ。しかし我らだけの力では足りぬのじゃ。赤羽。紫音。そなたらの最後の力を貸してくれぬか。)

碧卯と白酉二人の母の願いはすなわち赤羽と紫音の最後の力を使い尽すという意味を持っていた。その真意をいち早く察した赤羽が辛そうな表情で紫音を見つめて思念を送る。

赤羽(私だけでは足りないでしょうか?紫音は何とか生きて・・・)

その赤羽の気持ちを受け取り感謝をしつつ紫音は母、碧卯の思念から自分が白虎と赤羽と血の繋がりがあることを感じ取っていた。

紫音(赤羽。姉上・・・ですね?そうでしょ?母上?私も一緒に参ります。残された時間があと少しだとしても黒鷹が教えてくれたとおりに残されたチャンスにかける方を私は選びたいのです。)

婆様(赤羽。紫音。よく言ってくれました。この緑尽の指輪に向けて我ら四人で最後の力で念を送りこの五方陣の空中の頂点となるのです。私はアメリカのデーターベースに繋がれている。その頂点が出来ればそこからこれまでの封印されていた真実の歴史を全世界へ一時に送り出すことが出来るでしょう。この緑尽の指輪を、念の天空の頂として・・・)

 婆様がゆっくりと指輪を高く持ち上げると緑の指輪がボウッと光を放ち始めた。ゆっくりとゆっくりとその指輪は光を集め水槽の婆様の手の中から天高く登り始めた。水槽のガラスを通り抜け、高く高くアメリカの城を抜けビル群を飛び越えていっそうの輝きを増し立上っていく。指輪の輝きが最高潮に達したとき緑尽が指輪を抱え駆け上がる姿に変っていった。やがて天高く太平洋の中心へと指輪が登り詰めた。そこへ向けて赤羽と紫音の念が送られると指輪の緑色の光は輝きを増しその中心で蓮の花に囲まれた緑尽が両手を合わせ祈る姿が描き出された。さらに指輪の中からはじけたように光が散らばり地上の五点の頂へと飛び落ちていった。その光の筋はうねるように回りだんだんと螺旋を描きやがて光り輝く緑色の粒子で全世界を覆い尽くした。覆われた世界の中は一時で確実に、直接、世界のこれまでの歴史を認識した。西暦と呼ばれた時代があったこと。まだそれぞれの国がアメリカに統合される前、独自に経済と政治を行い切磋琢磨し共存していた時代。フランス革命、バラ戦争、ナチスの侵略、アウシュビッツ、広島への原爆投下、それぞれの場面を走馬燈のように一瞬にして確実に人々へ伝えていった。それは念の五方陣が開かれてから三日目の事だった。


 丸半日人々は真実の歴史を感じ取った。人々が歴史を理解しコントロールによりアメリカの都合のいい歴史に塗り替えられていたことを知り尽くした頃、ヤマトの民は彼の地に集結していた。その地に暮らす人々にも何故この民ヤマトがここに集まり祖国へ戻ろうとしているのか皆理解していた。自国「日本」の再建に向けその島へ渡ろうとしているその決意を理解し、皆その民の行進の為の道を開け始めていた。群衆が割れその出来た道の中をヤマトの生き残った者たちが、一人また一人と集結し、彼の地をめざし歩み続けていた。ザッザッという足音が一人づつ増えることで少しづつ大きくなりその足音に同調するように群衆から拍手や足拍子、さらには怒号のような声援がわき起こっていく。やがてそれはまるで巡礼の使徒ように人々の心に勇ましく神々しいものとして映し出されていた。それほどヤマトの民が国の再建に熱望する気持ちが強く、その気持ちの強さが五方陣の中人々に瞬時に感じ取られていたからだった。


ヤマトの行進が進む中アメリカに統合されていた各州でも独立の気運が高まっていた。フランス州、イタリア州、スペイン州。かつてヨーロッパと呼ばれていたあたりを中心にそれぞれが真実の歴史に基づき再建を唱え民衆は決起し行動を起こし始めた。


 紫音と赤羽は自分たちの力の終わりを感じていた。二人は互いに自分の子供達を救うため瞬間だったが五つの頂に向け念を送った。

紫音(流黒、陽紅、地黄さんこの念の五方陣を閉じる瞬間に、ここへ、この緑の指輪へ向かって来るのです。)

赤羽(樹蒼。それに白虎出来ますね。私と紫音とでお前達をヤマトの民の集まっている所までテレポートします。お前達も力を貸してください。)

流黒(お母様。解りました。)

樹蒼(陽紅!出来るね!)

陽紅(解りました。出来ます。)

白虎(翁がいる所へ・・・)

それが流黒と陽紅そして樹蒼にとっては互いに母とのまた白虎にとっては妹-紫音、姉-赤羽との最後の別れになると悟りつつうなずいた瞬間だった。しかし地黄は地黄だけは違っていた。

地黄(私は、残ります。どうか私はこの地にそのままに・・・)

地黄の気持ちから皆自由人への気持ちを感じ取っていた。赤羽が優しく地黄を見つめて念を送った。

(地黄さん。自由人へ念を送ってやって。私からもお願いします。)

地黄は頷くと自由人へ呼びかけた。


地黄(自由人。自由人。私よ。地黄。)

自由人(聞こえたでしょ。ヤマトの同胞が日本を目指し集まっていることを。私は行かない。この地に残る。自由人帰ってきて。私とここで一緒に暮らして。)

自由人(地黄。俺はお前を残して・・・五年も放り投げて・・・)

地黄(自由人が、今、私の気持ちが解ってるように、私も自由人の気持ちが解ってる!自由人が必要なの。私には自由人がいるのよ!)

自由人(ああ、解るよ。お前の気持ちが・・・ありがとう。俺は本当にお前に救われていた。そうだな・・・帰るよ。嘘じゃないお前の元へ・・・)

地黄(自由人。待ってるから・・・)


しばらくすると流黒から水の流れをゆっくりと閉じていった。流黒が樹蒼へ送るの止め天空の緑の指輪目指して高く自分自信の全気を飛ばした。次は樹蒼だった。陽紅へ木の気を送るのを閉じ天空を目指した。陽紅は地黄へ一瞬合図した。

(地黄さん。五方陣を閉じます。自由人さんとお幸せに・・・)

そう言うと陽紅も火の念を閉じて緑の指輪を目指した。地黄は土の念を白虎へ送るのを止めた。その瞬間白虎が緑の指輪を目指して飛び込んだ。


地黄が気がつくといつもの部屋に、いつも通りポツンと座り込んでいた。地黄はもやは誰とも繋がっていない空間の中で手を合わせ神に祈った。

「神様自由人が無事にここへ戻ってこれますように・・・」


秒速以下の瞬間だった緑の指輪の中で流黒は、陽紅は、樹蒼は紫音と赤羽という母のぬくもりを感じた。それが母に抱きしめられた最後の別れとなった。白虎は姉・赤羽と抱き合い別れを告げた。次に紫音と見つめ合い固く抱きしめあった。紫音は消え入る最後の瞬間に白虎へ小さくささやいた。

「黒鷹の隣に・・・」

アメリカの城の地下にある研究室の中では婆様の水槽が粉々に砕け散り、中から光り輝く碧卯と白酉が手を取り合い天高く昇天していった。それと同時に研究室の水槽が音を立ててはじき飛ばされたように次々に割れ砕け散っていった。碧卯と白酉の白い光は光の矢のように天空に浮かぶ緑の指輪を目指し吸い込まれて行った。碧卯は力尽きようとしている紫音を抱き白酉は倒れかかる赤羽を助け起こした。二人は互いに自分の娘をいとおしく抱きしめた。碧卯と白酉が最後の念を指輪に送り込むと天空から木霊する声が世界へ響き渡った。


水の流れで樹木が育ち

樹木により火が起こり

火の力により土が生じ

土の営みにより金が生まれ

金は冷えて水を生じるように

森羅万象全てがその流れの元相調和しはぐくまれるように

太陽と月光と陰天と地、山と海、男と女

全ては混沌から相反する一つをなしえて存在する。

人、生きとし生けるもの全て

今繋がれたこのカオスの和を解こう

この共鳴は二度と起こることはない・・・

この空間は二度と訪れることはない・・・


天空の緑色の指輪が高い高い音をたてて粉々に砕け散った。それぞれの娘を抱いた碧卯と白酉の光もそれと共にまばゆい光を放ちながら天高くはじかれ消え去っていった。


世界中の人々は繋がれていた互いの絆をいきなり切り離され、元の一人となりその場に取り残されていた。近くにたたずむ人の顔を互いがその顔をのぞき込むが何を思いどう感じているのかはさっぱり解らなかった。それが当たり前だと頭では理解していても祭りが終わった後のような寂しさが人々の心の中に吹きすさんでいた。知らないもの同士だが隣り合う人の手を取り、泣き始める者がいた。これまで感じていた一体感をまだ興奮冷めやらぬ風情で叫び踊り飛び跳ねる者がいた。一人たたずみ頭を垂れる者がいた。天を仰ぎ神に祈る者がいた。家族の肩を抱きながら顔を見つめ合う者たちがいた。一人病室のベッドから涙するものがいた。それぞれの想いが開かれていた空間の時と寸分違わぬ強さで想われていてもそれは既に互いには感じることが出来なくなっていた。多くの人が見上げていた空からはやがて白い雪が舞い落ち始めた。


流黒、陽紅、樹蒼、白虎はテレポートされ港に近い国境付近の丘の上に立っていた。四人が目にしたものは四人を目指しヤマトの民が列をなして歩き向かってくる姿だった。皆目には力強い誇りを携えて翁を先頭に一歩一歩丘を登っている。翁が白虎を見定めて大きく杖を振り合図した。白虎は思わず翁の方へ走り出していた。翁と白虎が涙を流しながら抱き合い語り合った。

「無事で何よりじゃった。」

白虎も涙を手の甲で拭いながら翁に肩を貸して歩きなが答えた。

「ええあの子達の無事が一番の朗報です。」

丘の上に佇む三人の姿は逆光で黒いシルエットのように見えていた。翁はその姿をまぶしそうに見つめながら言った。

「誠にすごい力じゃった。あの子らの力でヤマトの民による日本の再建も夢では無くなるじゃろう・・・」


紅い一面に咲くアマリリスの平原の中、自由人は息絶えた赤羽の亡骸を抱え立ちつくしていた。赤羽がどこに眠りたいか少しの間考えていたが、青磁の眠るこのアメリカの地に眠らせることが最良のように思えたのだった。季節はずれのアマリリスが咲いたのもきっと青磁の見えない力のような気がしてここに赤羽を葬ることに決めた。冷たくなった赤羽の体を抱き上げ自由人は平原の真ん中まで歩いて行きゆっくりと赤羽をおろすと土を両手で掘り始めた。両手の指が土にこすれて傷つき皮膚がはがれて血が流れ始めたが痛みを感じる方が自由人には楽だった。最後に赤羽に責められなかった。そのことの方がむしろ自由人には苦痛に感じられたのだった。そのもらえなかった責め苦をこうして赤羽の墓を素手で掘ることで代償にしようとしている自分を愚かだと感じながらも、そうせざる得ない自由人だった。不思議と涙は出てこなかった。只必死で汗を流し、墓を掘り、できあがった頃には東から朝日が昇り始めていた。墓穴の底にアマリリスを一面敷き詰めて赤羽をゆっくりと横たえ手を胸の上で組ませた。昇った朝日が横たわる赤羽の姿に光を差し込み、それはいつか自由人がアメリカの城で見たマリア像のように見えた。自由人はゆっくりと丁寧に赤羽の上に土をかぶせすっかり覆われてから、その上にもアマリリスの花を一面に敷き詰めた。朝日を浴びながら自由人は放心して墓の前に座り込んだ。念の五方陣が開かれている間、翁と白虎と紫音と紫音の子供達、樹蒼の気を感じ、そして赤羽と地黄と話をし、互いが通じ合うのも見つめていたがその方陣が解かれた今、まるで広い世界に只一人取り残されたような寂しさと静寂が自由人を包んでいた。しかしそれは寂しい中にも確かに一体になれたという実感を伴う明日への希望を紡げる小さな灯火を伴ったものだと感じていた。自由人はこれまでの自分の人生とそれに係わってくれた人々の顔を思い浮かべて微笑んでいた。これまで見たことのない自由人の穏やかな落ち着いたほほえみが朝日に照らされて輝いていた。



集結したヤマトの民は全部で四十七名だった。翁を先頭に船に乗り日本を目指した。各地の人々はこの民の目的を理解し、同意し、応援してくれて、快く交通の便を図ってくれたのだった。かつて紫音と黒鷹がその地を目指したように、今はヤマトの民がまだ見ぬ祖国を目指し旅をしていた。数日後日本の南の島、九州に降り立ちかつて流黒と陽紅が母・紫音と暮らしていたシェルターの付近へ皆が近づいた時大きなしだれ桜の木がまだ季節にはならない今、薄桃色の花を一面に咲き誇らせその枝を広げていた。遠くからその様子を見つけた民は驚き立ちつくした。その吹雪のように舞い散る花びらの下で木にもたれかかって眠るように座り込んでいる紫音の姿を見つけたのだった。しだれ桜は紫音を上から包み込むように長く枝を垂らしてこれ以上無いと言うくらいの盛りを誇るように薄桃色の花を咲き散らせていた。流黒と陽紅、白虎は桜の木の方へ走り寄った。紫音は既に息絶えており青白い顔をしていたがその表情は優しく目をつむったまま少し微笑んでいるかのようだった。紫音の横には黒鷹の墓があり、しだれ桜の木は黒鷹が紫音を迎えている様子のようで白虎は切なくなった。流黒が母・紫音を抱き起こし寝かせると陽紅がその頬に口づけをした。その様子を見つめていた翁が民に振り帰り持っていた杖で地面を叩きつけて告げた。

「日本の子孫日出づるところの民よ!我らが国を再建し子孫のための繁栄を約束するのじゃ!」

オオオオー!ワアアアー!オオオオー!怒号が飛び交い互いが互いの手を取り、契りを交わし見つめ合い喜び合った。紫音の葬儀がそのまま建国の証となり棺に納められた紫音を祭りながら火をともし、たき火を囲み祭りの用意をし宴の夜が催された。雅楽の音が鳴り響き流黒と陽紅は母を忍びそれを舞で表現した。白虎はその琵琶の音の中に亡き黒鷹が演奏する面影と紫音の舞を見たような気がした。翁は碧卯と白酉が緑尽と赤羽を連れ影からこの様子を喜んでくれていると忍んでいた。そして青磁がゆっくりと赤羽を出迎えると赤羽を抱き居並んで翁の方を見て微笑んでくれているそんな幻を燃えさかる炎の向こうに見たような気がしていた。皆それぞれが舞い踊り懐かしみ酒を酌み交わし話をする中、樹蒼は一人宴を抜け出し海辺に向かって歩いていった。

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