第85話 エピソード5(五方陣の中)

NYの中心高層ビルの中程の階でエピソード4のロジャーの父親マイケル・ヒル(五十二)が仕事で会議の最中である。社長のカーク・ビンセント(五十二)を中心に目前の部下十名はそれぞれが誰かを相手に宙を見据えて話し込み始め会議は中断している。マイケルの横には腹心の部下ジェフリー・スミスが彼の家族と同じように話し始めていた。

マイケル「おい!会議中だぞ!ジェフリー・・・みんなも・・・どうしたんだ?」

カーク(ああ・・・なんと言うことだ・・・マイケル。君が考えていることが私には手に取るように解ってしまう・・・)

マイケル「社長!私が考えていることがですって!?私はもちろん我が社のために次の企画は必ず成功させて見せ・・」

カーク(ああ!もうたくさんだ。私は自分の見る目の無さに呆れかえっているよ。・・・君を一番の腹心だと思いこれまでの業績も重んじてきたが全ては部下のしかも君がやめさせた者たちのアイデアを盗んでそれを自分の発案のように私に提案していたとは・・・)

マイケル(どうしてそれを!?ああ私にもあなたの気持ちが解ります。会社の経営のことしか頭にない。数字が回り回って、だからこんな誰とでも話せる時に目の前の私と腹の探り合いしかできない。ええ認めましょう!あなたのこの会社に対する愛情は敬服するばかりです。しかし私もあなたと同類のワーカーホリックですよ。同じようにこんな時に家族や両親と話すわけでもなくこうしてあなたの経営不安に付き合っている。いやそれしか私には賭けてきた物が無いと言うことだ。)

カーク(君と私を一緒にしないでくれ!私は君のように人のアイデアを、さも自分が練り上げた発想のように人前で発表したりする下世話な根性はもっておらん!!)

マイケル(そうでしょうか?部下の発想は自分の物。それを私はあなたから教わったのですよ。この会社が統合合併する以前派閥争いの中、私が貴方側につき貴方をサポートして泳ぎ回った。その結果貴方が勝利を収め現在があるのではないですか!あの時貴方は外部メディアに対して私の案、ええ全て私が考え抜いた物だ!それをさも自分自身だけが考え抜いたように全米へ公表した!全米へですよ!はは、私など単に会社内部での企画案だ!次期商品の企画を考えるにはもはや私は年を取りすぎている。若い部下が突飛な発想で私に企画を出してくる。それをあげてやるのが私の仕事だと思っているのですがね。何か間違っておりますか?)

カーク(マイケル・・・マイケル・・・どうやら私はどこかで道を曲がり違えてしまったようだ。古くは大学時代からのサッカーのクラブで築いてきた友情だと信じ代え難い確固たる物を感じていたのは私だけだったのか)

マイケル(いえ。そうです。社長・・・いえカークと呼ばせてもらおう。あの頃から君はそうだった。私がフォワードの君へ絶好のパスを繰り出す。君はすかさずシュートを決めて点を稼いでくれた。しかし大学の新聞でもてはやされるのはいつも君ばかりだった。君はあの頃から手柄を自分だけが稼ぎ出した物と世間へPRするのに長けていたよ。少しは良心的な奴らが多少は私の司令塔としての役割を褒めてくれたこともあった。あの頃は、私はそれで充分だった。それは君のことが好きだったし何より君の輝く笑顔とその笑顔と共に成功を分かち合う自分も誇らしく思えていたからだった。そして大学を卒業してから同じ会社へ就職して、私たちの合い言葉は「俺たちの夢」だった。そう「俺たちの夢」が「カークの夢」に代わっていったのはいつ頃からだったろう。マスコミに登場した君は「私の昔からの夢は・」と語るようになっていた。はは。あはは。私はもっと早くに君に自分の気持ちを打ち明けていればこんな腐りきった関係にならずに自分の人生を無駄に過ごすことも無かったのかもしれない。)

カーク(何を!?実際全てを抱えて決定してきたのは私じゃないか。君は只後ろから私に“ああしろ”“こうしろ”とせき立てるだけだった。最後に事を決めてきたのは私だ。私の夢と言って何が悪い。しかも君にはそれなりの地位を用意してそこに座らせているじゃないか!)

マイケル(それなりの地位だって?私が社内で、いや社外でもさ。なんて呼ばれてるか知ってるのか?部下からは「現場好き」外部の下請けからは「出たがり」だとさ。カーク君が社長になってから、いやはっきり言わせてもらえば、私の案で社長にしてやってから、いつ私を重役に呼んでくれるのかと心待ちにしていたものさ。“今回は合併会社の社長を座らせる。”“今回は買収した会社の誰それ。”“今回は”聞き飽きたセリフを毎年聞かされ続けて、私は万年企画部の部長の地位であの椅子に座り続けてきた。企画案なんてのは、若い頭が柔らかい内にしか出てこないものさ。とうとう部下の発案を自分の物として君の前に提出せざる得ない年になってしまっていたよ。そう。そうだよ。とうに解ってたことさ。君は私を腹心だとは思っていないって。社長の地位を手に入れた瞬間から私を遠ざけたがってたって。でも気づかないふりをしてきてたんだ。どんどん惨めになる自分を感じながらどこかで“カークを社長にしたのは私だ!“というくだらないプライドで自分を懲り固めて動けなくしていたんだ。ああこれは神の思し召しか、救いか、それとも罰なのか?しかしどちらでも良い。こんな風に君と腹を割って自分の思いを伝える事が出来るとは思ってもみなかった。君の気持ちが解ったから僕も腹を割れた。僕を怖がってたなんて。君を助けてたつもりが僕の手腕を恐れてたとはね。カーク。最後にありがとう。逆に今まで大嫌いだった君のことが少しは好きになれたような気がするよ。)

カーク「ち、違う君を怖がってなんか」

カーク(そうさ。怖かったんだ。君が次から次へと僕へ持ち出してくる発案事項や他社への攻撃方法。全て的を得ていたし、どれも刺激的で効果的だった。僕は君が言うままに登っていった。そしてこの地位を手に入れた瞬間、同じように君にやられたらどうしようと君にこの地位を渡したくなかったんだ。君は、君はここに座ったことが無いから僕の気持ちは解らないだろうが・・・)

マイケル(カーク。もう充分だ。充分に解ってるよ。君が今、私の気持ちが解っているように。終わりにしよう。これ以上君の気持ちに向き合っていても辛いばかりだからね。明日から会社には来ないよ。辞める。お互いやっと自立できるんだ。ふふふ、ワーカーホリックを返上だな。かろうじてまだ壊れていない。壊れかけてはいるが家庭が。家族があって良かった。間に合うかな。ホーリー!ホーリー!聞こえるか?ロジャーは?どこにいる?)

カーク(辞める!?この会社をか?私たちの夢を捨てるのか?ま、待ってくれ。君がいなければ私はこれからどうやって・・・)

マイケル(なあ、カーク。お互いに相手を使って自分の存在を確かめるのはやめにしないか?私は私自身の足で立って歩き始めたいんだよ。ホーリー!ホーリー!聞こえないのか?君に謝りたいんだ。ロジャー!・・・)

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