第83話 エピソード3(五方陣の中)

エピソード2のニック・ダーシー(三十三)工場の社長とその妻エレン・ダーシー(三十一)専業主婦の場合。


エレン(ニック!どうしたの?これは!どういうこと?ニック!ニック!呼んでるのよ聞こえないの!?)

ニック(ああ・・・エレン・・・父さんと・・・話してたんだ・・・)

エレン(お父さん!?あなたはもう・・・いい加減にして!いつもいつもお父さん!お父さん!って。いつまでもお父さんの後ばかり追いかけてないで、ちょっとは自分で新機種を開発して軍へ売り込んできたらどうなの?まったく売り上げが落ちてるってどういう事?これ以上家計に差し障るようなこと私はまっぴらよ!)

ニック(ああ、解った・・・大丈夫だから・・・)

エレン(何ですって?私が何にもせずに家庭で楽しててあなたの仕事の大変さが解らないですって?ええどうせ私はあなたの素晴らしい義弟さんの所のポーラさんのように才色兼備でも何でもなくて只の主婦ですから!家事と子育てしか出来ないつまらない女よ。でもね。そうあって欲しいと頼んだのはあなたじゃないの!私が仕事を続けたいって言ったとき結婚するなら専業主婦でいてくれって。何不自由ない生活をさせてみせるってそう言ったのはあなたじゃないの!)

ニック(ああ、そう・・・この空間ではどうやら嘘がつけないようだ・・・さっき解ったはずなのに。俺も馬鹿だな・・・そう。君に専業主婦でいて欲しかった。あの時そう頼んだのは嘘じゃない。それは仕事で疲れて帰ってきた俺を優しく暖かく出迎えてくれる場所が欲しかったからだよ。どうしてそれが責められなくちゃ行けないことなんだ!?)

エレン(あなたが望んでるのはハウスキーパーなのよ。決して文句を言わずあなたに逆らわずいつも綺麗でニコニコして“まあ今日は大変でしたのね。”“お食事の用意が出来てましてよ。”“子供たちは何の心配もありませんわ。私がちゃんと面倒を見ていますから。”“お給料が少なくなっても大丈夫ですわ。私がやりくりして見せます。”いつもそう言って欲しいのよ。ところが残念ね!現実はそうはいかないの。上のジョンは誰に似たのか成績が最悪でジュニアハイスクールへの進学も危ぶまれるほど。私は毎日学校へ呼び出されて先生に勉強させるよう言われ続けてそのまま息子をしかりつけても、勉強なんかしやしない。あの子は隣のティムと秘密基地を守ることに命をかけてるわ。私はもうお手上げ。下のロビンはまだ一歳半だけど喘息で昼も夜もなく喘いでる。だから私は年中睡眠不足で目の下は隈だらけ。肌の調子も悪くなるしイライラも増すわ。あなたのお給料は年々減る一方でこれ以上節約するためにはロビンの医療費を減らすしかないくらいよ。まったくこの国は女と年寄りと子供と病人にはなんてひどい扱いをする国なのかしら!子供の医療費にかかる割合を知ってる?あなたは四割負担だけど妻は五割子供に至っては七割よ。子供は病気をしちゃいけないって言いうの!)

ニック(ストップ!ストップ!話がそれてる。いつものことだけど。僕にどうしろっていうんだ?君と子供を愛してるし守るために精一杯働いてるよ。)

エレン(あー!あなたはいつだってそれよ!あ今聞こえたわ。って言うか感じられるの。あなたの気持ちが手に取るように解るわ。うるさい。いつからそんな女になったんだ?出会った頃はあの受付の子みたいに綺麗な足をして!?あの受付って!この子誰なの?)

ニック(誰でもないよ。今の会社の受付嬢だよ。関係は無い。まったく無い。ほんとだよ。気持ちが解るんだろ?)

エレン(ええ、本当みたいね・・・悪かったわ。はあ、私もちょっと興奮したみたい。コホン。(咳払い)お仕事大変なの?)

ニック(いい機会だ。ここでは気持ちが解るみたいだから出すことにするよ。いつも言わないけど。言っても解らないと思ってるんじゃ無くて、僕は仕事をするから君は家のことをっていつの間にか僕たちは責任分担じゃなくて責任のなすり合いをしていたのかもしれないね。さっきの君の話でロビンの為に夜中起きて薬を飲ませるしんどさは僕には感じたことがなかったから解らなかったけど、さっき我が身のこととして感じることができたよ。ロビンも重くなったから夜中に抱えるだけでも大変だね。ましてやジョンがあれじゃ気苦労も絶えないし・・・それに今抱えてるスーパーの買い物袋なんて重さなんだ。腕がちぎれちゃうよ。大丈夫かい?)

エレン(ええ。ありがとう。今車が壊れちゃってるでしょ?ロビンを乳母車に乗せたら買い物はもって歩くしかなくて大丈夫よ。何とかなるわ。もうすぐ家につくし。ほらもう着いた。あなたのお仕事の事・・・聞いてみたいわ。こんなに気持ちが解る事ってそう無いと思うから。疑似体験って言うのかしらしてみたいわ。)

ニック(エレン。ありがとう。今の僕が抱えてるのはこれと・・・これと・・・ああ一番まずいのはこれが資金繰りとしては焦げ付いちゃってるってことで・・・早いかなもうすこしゆっくり考えた方がいい?)

エレン(い・・いえ・・・大丈夫よ。まあ・・・そんな・・・こんな大きな数字私が毎月見てる家計の四百倍近い数字よ・・・怖いわ。あなたこんな大きな事を年中扱って気ががおかしくならないの?ましてや大丈夫って言う保証もない・・・まるで綱渡り・・・いいえ博打(ばくち)よ。賭けに近いわ。)

ニック(そうなんだよ。しかも来月これを生産してこれだけ入ったとするだろう。でも国への税金としてこれだけ持って行かれるからこれは経費として使った方がいいと思うけどそうなると会社としてはあまり儲かってないって事になって・・・)

エレン(まあ泥棒ね!アメリカの国って泥棒だわ!どうして私たちが儲けたお金なのに国がとってくのよ。その割に医療費は高いし教育だって一クラス八十人も押し込まれてあれで全員に目が行き届くはず無いじゃないの!)

ニック(一クラス八十人だって!?ジョンはそんな待遇で毎日勉強してるのか?)

エレン(ええ、そうよ。あなた忙しくって参観日にも行ってやらないから解らないのよ。でもジョンの身になればあれじゃ勉強する気にもならないの解るわ。まるで大学の講義みたいなの。先生は壁に向かってしゃべってるだけ。ジョンなんてまだ子供でしょ教える気がない人から学ぶ気も起こらないみたいで“学校なんかクソくらえ!”って毎日私に言うのよ。ああごめんなさい。また話がそれちゃったわ。でもあなたがそんなに大変だとは思わなかったわ。私にはとうてい出来るお仕事じゃ無いわ・・・尊敬するわ。今までそんな苦労をして私たち家族の為にがんばってくれてたなんて・・・本当にありがとう。)

ニック(いや。僕もだよ。君が毎日そんなに大変に子供たちのために飛び回ってくれてるとは。それにあの買い物袋の重さは参ったな。僕には毎日とうてい出来やしないよ。エレンありがとう。君がそこを守ってくれてるから僕はこっちだけにかかり切りになれるんだ。愛してる。今本当に感謝してるよ。)

エレン(私もよ。愛してるわ。ニック。今日は早く帰ってきてね。)

ニック(ああ。今日はこんな状態で仕事になりそうにないからね。従業員全員誰か大切な人と話をしてるみたいだ。会社は閉めて帰ることにするよ。それに実はさっき親父とやり合っちゃってさ。ちょっとひどい事をいってしまったんだ。)

エレン(まあなんて言ったの?この空間が無くなる前に今の気持ちで謝れば?)

ニック(謝る前に聞いてくれよ。親父はさこう思ってたんだ。俺のことを・・・エレン聞いてる。)

エレン(うふふ。解るわ。ええ。あなたが感じるままに・・・)

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