第82話 エピソード2(五方陣の中)

 エピソード1のジョーイ・リンチが介護訪問をしている老人。テッド・ダーシー(六十八)男性。移民である先代が起こした会社を自分の代で大きく一企業にまで成長させる。妻を早くに亡くし息子が二人。本人は仕事を既に引退し糖尿病を患い足腰の自由がきかなくなり車椅子の生活を送っている。現在一人暮らし。長男ニック・ダーシー(三十三)は厳しくしつけ自分の跡を継がせた。次男ジム・ダーシー(二十九)は仕事一筋の父親テッドに反発し医者となり家を出てあまり寄りつかなくなっている。現在はどちらの息子にも家庭があり妻子を持っている。


 テッド・ダーシーは一人マンションの三階にある自分の家の居間で車椅子に座り念の五方陣の作用により遠く離れた息子・長男ニックと話している。テッドの前には淡く浮き出たニックの姿が映し出されている。


テッド(おおニック・・・これはどうしたことか・・・)

ニック(父さん・・・僕にも解らないよ・・・ただいつも知りたかったんだ。父さんが本当は僕のことをどう思っているのか?そう思ってたら父さんが目の前にいた。)

テッド(どうして?わしはお前をお前たちを大切に思い育ててきた。何を知りたいと言うんだ?)

ニック(父さん・・・やっぱり。これが夢でないならなんて残酷なんだろう。父さんの本当の気持ちが僕には、今、自分の気持ちのように感じることが出来るよ。)

テッド(何を、なぜ泣いているんだ?ニック。どうした。男が涙を見せるもんじゃないとあれほど小さい頃からお前には言い聞かせて、あのジムは良く泣く子じゃったがお前は長男で小さい頃からしっかりとした・・・)

ニック(やめてよ!もうやめて!父さん!今の僕には解るんだ。父さんは昔から僕に厳しかった。僕は期待されてるんだと思って一生懸命父さんが言うとおりにがんばったよ。大学も父さんが希望したとおり商学部にした。会社だって父さんが言うとおり継いでがんばってるよ。でも心のどこかで本当に父さんは僕の事を愛してくれているのか小さい頃からいつも疑ってたんだ。)

テッド(何を、どうしてそんなことを?当然じゃないか。息子を愛さない父親がどこにおる?)

ニック(父さん。でも今の父さんの気持ち、僕に謝ってる。すまなかったと。どうして・・・ああ・・・そうだったの。自分と似た僕を、小さな頃から僕を見てまるで自分を見てるようで父さんはいやだったんだね。おじいさんに厳しく育てられた父さんは僕も同じように厳しく育てることで自分を肯定してきた。・・・なるほど、あははは。僕は・・僕は馬鹿みたいだ。なのに、いつも父さんはジムより僕の方がかわいいから厳しくしてくれるんだと勝手に解釈して。違ったんだね。そうなの。ジムは死んだ母さんによく似て自由奔放で可愛かった。だから厳しくするより放っておいた。でも父さんは自分を嫌うように僕を嫌って。複雑だね。自分みたいにならないように?僕をしつけたって?矛盾してるよ。父さんはおじいさんにしかられて育って幼い頃怖かったんだね。でもおじいさんを嫌いになりたくない。その葛藤のもって行き場がなくて自分の父親を疎ましく思う自分を嫌いになった。そんな自分とそっくりな顔をした僕を見ておぞましく思うと同時に、同じ道を歩ませてはいけないと厳しくしつけた。でもそのやり方はおじいさまから父さん自身がうけたしかられ方とそっくりそのままなんて。ひどい。知りたくは無かった。僕は今までなんの為にがんばって父さんの期待に応えようと、それだけを思って・・・)

テッド(そんな、わしは・・・そんなことを考えて・・・いや。違う。そんな事は思っておらん。ニックお前も、・そしてジムも同じように愛して・・・)

ジム(あーやっぱり。兄さんと父さんがやってると思った。案の定だ。ポーラ。僕が言ったとおりだろう。)

ポーラ(義父様、義兄様お久しぶりです。ジムが心配してましたのよ。)

テッド(おお・・・久しぶりじゃ・・・ポーラさん・・ジム・・・)

ジム(兄さん。もういい加減に乳離れしろよ。俺たちも人の子の親になったんだぜ。)

ニック(うるさい!お前は昔からみんなに愛されて、のほほんと育ってきたから俺の気持ちが解らないんだ!)

ジム(ああ解らないね。でも小さい頃から、母さんが生きてた頃も両親の愛情と手間を一人で受けてたのは他ならない長男の兄さんだぜ。俺はいつも兄さんのお古を着せられてたし“”好きになさい“の一言で片付けられてたよ。まあ気は楽だったけど寂しいときもあったさ。)

ニック(寂しい?お前が?笑わせるなよ。いつもみんなのアイドルで親戚が集まったときでも何のパーティーでもチヤホヤされるのはいつも小さなお前で俺はいつもちゃんとしてなきゃ行けない役回りだった。お前はいたずらも、やんちゃも、し放題。でも俺は勉強が出来て当たり前。キャプテンになって当たり前。親父の会社を継いで当たり前。ずっとずっとそうだった。)

ジム(それは父さんの期待だけじゃなくて、兄さんがそうしたくてそうなりたくて、してたんじゃないか。それを今更父さんのせいにするのはおかしいよ。)

ニック(すぐそれだ。救世主のつもりでいるのか?ああお前もポーラも尊い人命を助ける医者をなさってるから俺みたいな軍の武器の部品を作ってるけちな工場の社長とは訳が違うとおっしゃりたいんですね。)

ジム(僕の事はともかく妻を引き合いに出すのはやめてくれよ。僕が医者になったのも父さんの工場が突然軍の武器の部品を作り始めたのがいやだったからだよ。人を殺すパーツを親が開発してそれをアメリカ軍が使用して他国の人を効率よく殺していく。それに耐えられなくて・・・だったらその傷ついた人を少しでも救おうと思って医者になったんだ。)

テッド(ジム・・・解っていたよ。お前がわしの仕事を恥ずかしく思っていたこともな・・・しかしわしも最初からこうだった訳じゃない。覚えておらんかもしれんがわしはその前の祖父の時代から体の不自由な人の為の介護用品に使う部品や腕や足の変わりになる物を開発し作っていた。しかしアメリカの国は教育や福祉には金をおとさんのじゃ。わしの時代に大統領が今のフレデリックに代わってから、わしは少しは良い時代が来るのかと期待したこともあった。しかし時代はフレデリックになってからより軍備拡大の一途をたどったのじゃ。わしは腹をくくった。介護用品部門を一切引き上げて、今の武器のパーツを改良した物を開発し軍部へ売り込んだ。一秒で二十五連射しか出来なかった銃口が四十連射出来るようになったものや、逆に十連射しか出来なくても確率性を高めたレーダー付きのものその他もありとあらゆる部品を改良開発した。皮肉なことに義手や義足はそのままパワーアップすれば簡単なスーツとして使うことも可能だったし、わしが今使っているような車椅子の車輪の回転もあれた戦地を行き交う際に戦車の中、兵士が座るシートのクッションとして利用されておる。それらは全て飛ぶように売れたしアメリカという国は軍備に関しては湯水のように金をおとしてくれてわしの会社はニックへ引き渡す頃には一大企業へまで成長しておった。そうさジム・・・お前に言われるまでもない・・・母さんが生きておったらきっとわしの姿を見て悲しだことだろう。)

ジム(父さん。解っているのなら、どうして?どうして人を殺すための物を作る仕事へシフトしてしまったの?)

ニック(俺とお前。俺たちを育てるためだ。食うに困ってやったことだ・。かも違法な事じゃない。お前が父さんを責める事は出来ないんだよ!)

ジム(責めてるんじゃない!ただ父さんは、とてもとても悲しんでるから。その道を作ってそれを兄さんに継がせてしまったことを・・・)

ニック(ああ、そうだ。俺は一生父さんの尻ぬぐいのための人生を生きてるって訳!?小さな頃から愛されもせずむしろ疎まれて厳しくされ、挙げ句の果てに大義名分を捨てた仕事を継がされて、今になってその息子の姿を見て“すまない”ってそりゃないんじゃないの?)

ジム(兄さん!俺たちは、兄さんも俺も自分の意志で職業は選べたはずだ。父さんが強制した訳じゃない。もし兄さんが今の仕事がいやなら今からだって・・・)

ニック(お気楽なお前が言いそうなことだよ。社長の俺が明日から来ません。やめます。って言ったら社員は、下請けはどうなるんだよ?え?人殺しの道具だろうがなんだろうが一端走り始めてしまったレールは止められないんだよ。ベルドコンベアーにのって俺の人生みたいに進んでいくのさ。)

ジム(ああ、そう。兄さんそうやって嘯いて(うそぶいて)自分に正直にならずに人に責任をかぶせてる内は誰とも・・・義姉さんとも話が伝わらないよ。まず自分の気持ちに正直になって。自分を認めて好きになってやってよ。兄さん、父さんきっとこの不思議な空間では僕がしゃべらなくても今の僕の悲しい気持ちは二人に伝わってるんだろうね。だって兄さんの辛い気持ちも父さんの後悔の念も僕には届いているから。これ以上傷つけ合っても悲しくなるだけだし辛いから僕はもう行くよ。でも愛してるんだ。父さんを。兄さんを。昔から大切な僕の家族だ。いつもすれ違ってて行き違いばかりで、まともに向かい合ったことが無い家族だったけどそれでも僕にとっては大切な場所だったよ。僕とポーラは赤十字に加わってこれから周辺諸国の戦地へ赴くつもりなんだ。子供たちはおいていこうかとも思ったけど離れるのはどうかと思ってやっぱり一緒に行くことにしたよ。だからもう当分会えないと思うけど元気で。父さん兄さん本当に愛してるんだ。)

テッド(愛している・・・ニックジム。心から・・・)

ニック(ジム。戦地へ行くのか。私が作った武器でお前が殺されるかもしれない。父さん。ああ、エレンが・・妻が僕を呼んでいる・・・)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る