第81話 エピソード1(五方陣の中)※81~86は飛ばして読んでも構いません。

白人青年ピーター・ホフマン。二十代の頃一曲ヒットを出したミュージシャンだが、その後まったく売れず三十六歳の現在は地方の音楽ディレクターとして雑多な仕事をこなして生計をたてている。独身。

ジョーイ・リンチ。二十七歳。白人女性。高校を卒業した後ケースワーカーの資格を取り老人介護の仕事をしている内向的な女性。独身。地味な容姿にコンプレックスをもっている。


ピーターがいるスタジオ。ラジオ番組のジングルの録音中。


ピーター(なんだ?これ?いろんな雑音が入ってるぞ。コンピューターがいかれちまったのかな?)

「おーい!ミキサー室!聞こえますか?」

ガラス越しのミキサー室には人が二人いるがお互いに別の方向を見て手振り身振りで独り言を言っている。ピーターはヘッドフォンをはずしてみるが耳の状態は変わらずいろんな人の声が耳鳴りのように聞こえてくる。そのままミキサー室へ入り係の二人に話しかけるが二人とも上の空でぶつぶつ独り言を言ったままである。片方の一人がピーターをチラリと見て言った。

「ああピーターさん。今母と話をしてるんです。不思議です。想いを込めた相手と電話みたいにいや電話なんかよりもっと早く・・・なんて言えばいいのか、自分が思うみたいに相手の気持ちがわかるんです。・・・いやそうじゃないよ。ママ。誤解だよ。」

ピーターは驚いた。「想う相手に!?」試しにちょっとピーターはいつも朝食を取りに行くカフェから見かける気になっていた女の子を思い浮かべてみた。

ピーター(なんて言う名前なんだろう?今何しているのかな?)

ジョーイ(何?あなたは誰?)

ピーターの目の前に毎朝見かけるその女の子がまるでいきなり現れたように立っていた。しかし実物よりも少し小さく荒いカラーコピーのように薄いものだったが表情や仕草を読み取るには充分だった。ピーターは驚き、間抜けに挨拶した。

ピーター(やあ。元気?)

ジョーイ(ええ・・・あなたは?)

ピーター(あっ初めまして。僕はピーター・ホフマン。あ・・あのいつも・・・毎朝君をみかけてるんだ。)

ジョーイ(えっ?私を?)

ピーター(ああ、ごめん。これはいったいどうなってるんだろうね?でもまあいいや。NASAか何かの実験が失敗して勝手に意識交換が出来ちゃうようになってるのかもしれないね。ごめん。訳わかんない事言って・・・とにかく僕はあの六丁目のバーニーってカフェから毎朝、君があの気むずかしそうなおじいさんの車椅子を押して帰ってくるところを見てるんだ。で素敵な子だなって・・・いつか話がしてみたいなって思ってて・・・あっストーカーじゃないよ。たまたま僕の朝食の時間と君がおじいさんを連れて帰ってくる時間が一緒で、っていうかそれが解ってからは僕が君の時間に合わせて朝食を取ってるんだけど・・・あっばか。何言ってるんだ。)

ジョーイ(私、あなたを知ってるわ。そう!そうよ!ピーター・ホフマン「君の瞳」って曲を作った人でしょ?ああ、わたしあの曲好きだったの。そうよ。好きだった女の人が死んでしまって、でもずっと君を忘れないよって言う歌よね。大好きで口ずさむたびに涙が出てきちゃうほどだったわ。)

ピーター(オーマイガッ!やめてくれよ。一発屋って言われてるようなもんだ。あれ以来何のヒットも出てないし、今じゃ曲も作れやしない。単なる地方の音楽雑用係さ。僕を解る人の方が珍しい位なのに・・・びっくりだね。)

ジョーイ(ごめんなさい。そんな意味で言った訳じゃないの。ほんとに好きな曲だったから・・・)

ピーター(ああ、いいんだ。僕の方こそちょっといじけちゃってるからね・・・ところで名前を教えてもらってもいいかな?)

ジョーイ(ああごめんなさいジョーイ。ジョーイ・リンチよ。よろしく。)

ピーター(こちらこそ。ぶしつけに呼び出したみたいでごめんね。でもさっきの話は本当。)

ジョーイ(ええ。解るわ。どうやらこの中ではお互い嘘がつけないみたいね。あなたとてもファッショナブルでかっこいいわ。服のセンスも素敵だし。どうして私みたいなさえない女の子に声かけたりするの?おかしいわ。)

ピーター(ちょっと待って。君はかわいいよ。そのブルネットのストレートヘアーだって毎朝光に当たってキラキラしてるし、あの偏屈なじいさんが車いすの上で杖を振り回して君に何か文句を言ってても、君はいつもニコニコして聞いてあげてる。あのじいさんはちょっと甘えすぎだね。もうちょっと厳しくした方がいいと思うけど・・・とにかく今時、そんな天使みたいな子はどこを探したっていやしないよ。ほんと毎日、毎朝、君に会うことだけが今の僕には唯一の救いになってる。ああ気持ち悪いとか思わないで・・・あれ?思ってないね。君が考えてること・・・思ってることが解るよ。)

ジョーイ(ええ、そうよ。恥ずかしいけど・・・嬉しいわ。地味な仕事だから別に誰かに認められたいとか思ってないと自分に言い聞かせてたけど。やっぱりそんな風に言ってもらえるとほんと。うれしくなっちゃう。ありがとう。)

ピーター(どういたしまして。ほんとのことだから。それにもう一つ付け加えると僕はかっこ良くも何ともないよ。この格好だってヒットした時についてくれたコーディネーターが今こっちで洋服屋をしてて・・・僕はセンスゼロだからね・・・その人に上から下まで選んでもらってるだけさ。昔のよしみってやつで・・・高校の時の僕は、歯を矯正してたし白くて細いしょぼい音楽オタク野郎で学校へ行ってもアメフト部の連中にいじめられるだけの引きこもりがちの根暗なやつだった。本当は今でもその性格は変わってないと思うよ。だからストーカーみたいに毎朝君をじっとあの店から見てたりするんだよ。)

ジョーイ(すいぶんあのCDに書いてあったプロフィールと違うわ・・・)

ピーター(驚いた?あれは全部会社がでっち上げた嘘っぱちのプロフィール。万人受けがするように明るく品行方正で学校の人気者だった高校生が作った、初恋が破れたラブソングっていうおざなりのイメージ・・・実はあれは恋人に捧げた歌じゃなくて僕が飼ってたインコが死んで悲しくて作った歌なんだ。恥ずかしいけど引きこもりがちだった僕にガールフレンドなんかいるはずもなくインコをずっと飼ってたんだけどある日窓を閉め忘れたみたいで僕の留守中に隣の猫が入ってきて殺られたみたいだった・・・一発しか無いヒット曲なのにその曲がインコの死を歌ったなんて言えなくてさ・・・ずっとこのお間抜けな人生を抱えて暗く落ち込んで生きてきたんだ。)

ジョーイ(そんな・・・インコの死だって人間の死だって、その人によっては同じくらい悲しいものだわ。どうしてそんな風に思うの?あんな素敵な曲が作れる人ってそうそういやしないわ。)

ピーター(ああジョーイ。やっぱり君は心の優しい人だね。きっとそう言う人だと思ってたよ。ねえジョーイ。いやじゃなければ・・・ああいやじゃないよね。君の気持ちが解るよ。少なくとも僕にちょっと好意を持ってくれてる。こんな風に人の気持ちが解れば僕はいつもみたいに引っ込み思案にならずに人と接することが出来るのに・・・話がそれちゃった・・・ねえ君に会いたいんだ。すぐに。あの六丁目のカフェニに今から行くよ。お願いだ。会って欲しい。)

ジョーイ(ええ。ピーター私も行くわ。これからすぐ。あなたが扉を開けて駆けだしてるのが解るわ。エレベーターに乗ってる。もう1階について外に出てタクシーで来るの?)

ピーター(当たり前だよ。ああでもタクシーも駐まってる。動いてないよ。みんな僕らみたいに誰か大切な人と通じ合ってるんだ。みんな独り言を言いながら街を右往左往してるよ。走るよ。走って行く。)

ジョーイ(気をつけて。私も走るわ。)

ピーター(曲が浮かぶよ。メロディーが・・・自然に湧き出してくる。君を思う気持ちだ。ジョーイ。この曲聞こえる?)

ジョーイ(聞こえるわ。ピーター。素敵ね。希望に満ちた美しい曲だわ。)

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