第79話 移動

 地黄の家に泊まった次の朝、白虎と流黒と陽紅はそれぞれの目的の地へ旅立っていった。それぞれの地で宿泊所に泊まり必ず水と食料を持ち込むことを約束した。というのも体力がパワーを生み出すこの世代にとってその力を生み出す食料は不可欠なものだったからである。それぞれ陸路を使い空路を使い海路を使い目的の地に向かい旅をした。地黄はそのまま自宅に残り約束の日を待った。


一方自由人の計らいで偽のパスポートを手に入れ樹蒼はブラジルを目指し旅立とうとしていた。自由人はそれ以降の移動手段と方法も説明してから樹蒼を列車に乗り込ませると自分は乗り込まずに樹蒼に告げた。

「俺はやっぱり赤羽を助けに行くよ。それしか俺に残された道は無いからな。」

樹蒼は自由人がそう言い出すのではないかとなんとなく解っていた。用意していた紙を自由人に渡すと言った。

「それは城の見取り図とミズフィンレイという人の写真です。そしてこれを、この手紙をミズフィンレイに渡してください。私からミズフィンレイにあなたのことをお願いする手紙です。自由人さんあなたは二枚目の写真にある清掃員の制服を用意しておいてください。毎週木曜日に城の中に入る清掃の会社の制服です。ミズフィンレイの案内で城の中に清掃係として入り母をダスターの袋に入れ連れ出せば脱出も可能でしょう。三日後・・・三日後には念の五方陣が開かれます。そうなると人々はお互いに嘘をつくことが出来ない世界へ放り出されることになるでしょう。ですからそれまでに城の警備の人間をだませる内に母を連れ出してください。自由人さん母をお願いします。」

その時、発車のベルが鳴り自由人と樹蒼の間で扉が閉じられた。自由人は頷いてから手を振り樹蒼を送り出した。


自由人はミズフィンレイの自宅へ向かい夜勤明け眠りについたミズフィンレイが次の日昼前に買い物に出かけた一瞬をねらって路地裏へ押し込んで青磁の手紙を渡した。ミズフィンレイは最初こそ娘ルーシーの事がばれてアメリカの軍人に襲われたのかと恐れおののいていたが、青磁からの手紙を見て安心したようだった。ミズフィンレイはその手紙を読み始めるなり涙を流し「マリオンさま・・・」と小さく呟きながら頷いていた。読み終えるとミズフィンレイは自由人へ視線を移して言った。

「解りました。明日木曜日夕方八時に、この写真マクベイ社の清掃が入ります。地下のここから十階の従業員更衣室で汚れ物を受け取るのです。私がシーツ類を入れる大きなダスターボックスへリリア様をお入れして十階のその受け渡し所までお持ちします。そこであなたへ引き渡しましょう。その夜中はリリア様がいらっしゃらないことは解らないでしょうがマリオン様がいないことと同様にリリア様の行方も翌朝から捜索に入ることと思われます。私もその夜から姿を消します。どのみち娘のことがばれれば親子共々命のない身です。・・・リリア様をお願いします。」


その夜自由人はマクベイ社の清掃車が城の付近に現れた瞬間に襲いかかり、前もって用意していた制服のままその車に乗り込んで城に向かい手はず通り十階でミズフィンレイが押してきたダスターボックスを受け取った。車に乗り込みアメリカの城が遠く見えなくなってから清掃会社の車からリリアを連れ出し用意していた自分の車に乗り換え移動した。リリアはミズフィンレイからマリオンが待っていると教えられていたようでしきりと自由人に「マリオンは?元気にしていますか?」と尋ねていた。自由人は少し眠るようリリアに言い聞かせた。自由人のコートを布団代わりに助手席で寝息を立てているリリア(赤羽)が自分の隣にいることがまだ信じられない自由人だったが高ぶる神経に全く眠気も感じないまま一晩中車を走らせ続けた。こうして昼すぎにはかつてのヤマトが村として生活していた地に着くことが出来たのだった。


そこは、かつては確かに村があったはずなのだが、今は一面草が生えた平原と化していた。一ヘクタールはあろうかというその地の奥には丘があり、そこは誰の手もつけられぬままの姿を残していた。その丘へ自由人はそっとリリアを抱き上げて向かった。不思議なことに丘の上は一面真っ赤な季節はずれのアマリリスの花が咲き乱れていた。リリアは自由人の腕の中で目を覚ましその一面に咲き広がった赤い海のような景色に目を奪われた。アメリカの城に咲き誇る白いバラとは対照的にその血のように赤い野生のアマリリスが力強くリリアの目の前に広がっていた。自由人はゆっくりとリリアをおろすとリリアの肩から自由人の黒いコートが落ちた。リリアの白いドレスが向かい風にあおられてひらりと舞った。その瞬間風にあおられてアマリリスの花の香りも二人の鼻先に届いた。リリアは目を閉じその香りに誘われるよう花の中へ歩いて入っていった。自由人は震える両手を握りしめながら後ろから呼びかけた。

「あ・・・あこお・・・赤羽!」

その声にリリアはびくっと体を震わせると立ちすくみ何かを思い出しているようだった。自由人はもう一度声に出して叫んだ。あの時と同じ思いで同じ気持ちを込めて力強く後ろから叫んだ。

「赤羽!どうしてクロコになりたいんだ!青磁がクロコになったから、だからお前も追いかけていくのか!」

その時また向かい風が大きく二人をあおり吹き付けた。アマリリスの花が一面風に揺れ赤い海面が波打つように揺れていた。リリアのグレーの髪の毛が風にあおられて高く舞い上がる。自由人は続けた。

「青磁はお前を振り向くことはない!俺がお前を守る!赤羽!クロコになどなるな!赤羽!」

舞い上がる風に髪をあおられたままゆっくりと振り返ったリリアのまなざしは燃えるような赤い確かな輝きを宿していた。自由人に向かい合ったその瞳は紛れもなく赤羽彼女自信のものだった。自由人は全身を雷に打たれたような感覚を覚え、身動きすることが出来なかった。まっすぐに自由人を見つめたままその紅い瞳の女は口を開いた。

「いいえ・・・・青磁は・・・青磁は私を愛してくれました。」

そう言うと横のアマリリスを一本抜き取ると我が子を抱くように愛しそうに抱きしめて目を閉じた。その口からは懐かしいあの歌がこぼれ落ちてきた。


恋いし愛しあの人を

夢見て今宵も幾千里

追うて駈けて行けどもや

姿は今宵も夢に消ゆ

どれほど思いをはせれども

叶うことなきわが思い


自由人はなすすべ無く立ちつくし、その姿を見つめている。やがて女は目を開くと自由人に向けて言った。

「この花を青磁は私にくれました。そうして・・・愛していると・・・私を愛していると・・・」

みるみるうちに紅い瞳から涙があふれ声にならない叫びのような嗚咽が漏れ、その声は風に乗り自由人の耳元で叫んでいるようだった。自由人は切り裂かれるような自分の心を放り出したまま赤羽の姿を見つめていた。どれくらいの時間がたったことだろう丘から見えていた太陽は西の空へと沈みかけていた。


長いようで短い三日間の移動だった。同じ頃白虎は列車の窓から流れゆく景色を眺めて紫音の身を案じていた。流黒は見るもの全てに驚き、感動しその気持ちを一つ一つ胸の中へ綴りながらの旅となった。陽紅は最初の内は恐る恐るそうしてだんだんと移動に慣れ世間を見ていく内に余裕が出来、旅自体を楽しめるようになっていた。自宅でそれぞれの身を案じて待っている地黄には自由人の行動が気がかりだった。樹蒼は母を、自由人を案じ、時折陽紅も同じように旅をしていることに勇気づけられていた。

こうしてそれぞれが目的の地に降り立ち十分な水と食料を準備してホテルや宿の一室に入っていった。

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