第76話 成長

夜も更けて白虎と流黒地黄と陽紅皆眠りについた頃だった。遠くアメリカの城の中では樹蒼と婆様が念の輪を開き話していた。

樹蒼(婆様。念の五方陣の私の頂は南南東とおっしゃいました。そこへ赴こうと思っています。)

婆様(まあまちいや。その南南東とはどこか解っておるのか?)

樹蒼(あ・・・いえ)

婆様(白虎が流黒と陽紅を引き連れ土の星に会いに行ったらしい・・・途中で翁にも会っておる。五方陣の頂は翁が調べ決めてくれておる・・・)

樹蒼(では私はどこへ?)

婆様(まあ!待て!・・・その前に樹蒼。私はおまえに聞いておきたいことがある。おまえは十六歳になるまで実にうまくこの城で暮らして来た。お前の父親あのフレデリックと母リリアの間に起こっておることをお前はどこまで知っておる?私の力よりお前の力の方が遙かに大きい。小さいものは大きいものの念の中をのぞくことは出来ぬのじゃ・・・婆は心配でな。念の五方陣を開けば全てが白日の下に晒されてしまう。もしその時にお前が思った以上のショックを受けてはと・・・)

樹蒼(婆様。力の小さいものは大きいものの念の中を覗くこと出来ないとおっしゃいました。では・・・その逆は?)

婆様(ああ!では。ではお前は全てを知って解った上で知らぬ振りをして暮らしてきたというのか?)

樹蒼(・・・婆様がご心配のようなのでお話しておきます。簡単に言えばそう言うことになります。しかしすこし考え違いをされているところがおありのようなので、付け加えておきます。私は幼い頃から婆様に育てられ知恵と知識と共に愛をいただきました。同じように母からも愛をもらって育ちました。そして父フレデリックですが母へ異端分子の殺戮を頼む際に私をだしにして母を使っていたことも幼心に解っていたのです。もちろんその時の母の苦しみも・・・しかし父上は、これはもしかして父上自身も気がついておられないことかもしれないのですが決して私を殺すおつもりはありませんでした。今でもはっきりと覚えています。珍しく父上がお見えになり幼い私をあやしてくださる。父上に抱きかかえられ高く高く持ち上げられる。あまりに高くなって一瞬怖くなった私は咄嗟に父上の気持ちを覗いてみる。父上は本気で私を落とそうなどとは思っておられなかった。それどころか笑う私の顔を見てその時々で嬉しく思われていたし愛らしいとも思われていた。時折自分もこういう風に父親にあやされてみたかったなどとも思われていました。母は・・・おかわいそうに凍り付くような恐怖にさいなまれ只私の身を案じ立ちつくしておられた。母上の能力では父上の表層心理は読み取れても深いところに隠された意識化の意識は利読み取ることが出来ないようでした。

婆様・・・人間とは不思議なものだと私はこのごろつくづく思います。父フレデリックはこれから犯そうとする殺人という罪悪感から逃れるため、それ以上の悪、つまり実子を殺すかもしれないと言う悪を自分に着せて第一の目的の殺人を少しでも軽いものと自分自身に考えさせようとしておられるようでした。自分自身へのカモフラージュとでもいうのでしょうか?逆に言えばそう思いこませなければ出来ない程の罪悪感をその身に感じておられたと言うことです。父上は本当に賢いお方です。賢く頭の回転が速ければ速いほど自分自信をも細分化され複雑にごまかしていく方法を身につけられていました。しかしそれほどの罪に自ら手を染められ、また母上にその手伝いをさせたことは当然忌むべき事なのです。しかしほんのひとかけらでも見せてくださった私への愛情。それだけで私は父上を憎むことは出来ませんでした。)

婆様(おお・・・樹蒼。なんと辛い思いを一人で抱えてこの婆へ話してくれればよかったものを・・・)

樹蒼(・・・正直それ以降も殺人の罪におののく父母の姿を見て私自身その二人の子として生まれ落ちたことを呪った日もありました。しかし婆様が、白虎おじさんが、流黒が、陽紅が、そして流黒たちの念の中に存在する紫音おばさまと黒鷹おじさまの想い出が私に力を与えてくださった。だって私はあなた達と血のつながりがあるのです。母のリリアではなく赤羽としての人生の部分も白虎おじさんの念の中から感じ取ることが出来ました。そのみんなと同じ血を受け継ぐ私は父と母の今の絡みついた運命とは別に、私なりの人生を切り開くことが出来ると思えるようになったのです。

ただ辛かったのは父上が時々手がつけられないほど母上を殴られる事でした。父上はごまかしきれない嘘で固めた自分自身へのストレスを母上を殴りつけることで一瞬だけでも晴らそうとしておられました。矛盾しているようですが同時に逆らう事を知らない母上に「どうして言い返さないのか?」と心の中で叫んでおられたのです。父上は母上リリアにもっと対等に自分を責め罵倒して欲しいと願われていました。そしてその後父上を襲うとてつもない後悔と自虐の念。また襲いかかるような自己嫌悪に苛まれておいででした。

そんな時城のものは皆私に「母上が事故に遭った。」と言い、母上は隔離される。やっとお会いできるようになった日には痛々しいお姿の母上が力なく立っておられる・・・白虎おじさんの念の中で見た赤羽という女性は芯の強い、燃えるような瞳を持った人だった。どちらかというと今の陽紅のような負けず嫌いのタイプのように見えるのに。今の母上・・・リリアにはその自分を保つ核のようなものが抜け落ちておられる・・・私には母上を慰めることしか出来なかった・・・母上はリリアと信じて暮らされ赤羽の部分に目を反らされている間はきっと今の運命の螺旋から抜け出すことはできないでしょう。)

婆様(樹蒼・・・)

樹蒼(だから・・・だからこそ、この念の五方陣が今の私たちの力で出来るのであれば私はそれを完成しその中で母上も元の赤羽を取り戻してもらえるのではと一縷の望みをかけているのです。それにもう母上の時間があまりに残されていない・・・)

婆様(そうか・・・樹蒼・・・そこまですでに・・・よくぞそこまで成長し一人で駆け上がってきたのう。婆は本当に感謝します。)

樹蒼(いいえ。私一人でこう思ったわけではありません。婆様そして念の輪の中で話してくれた皆が力を貸してくれたのです。特に陽紅は私の辛い気持ちをよく察して慰めてくれました。)

婆様(そうか・・・そこまで思っておるのなら既に私から伝えることは何もない。それでは最後の念の輪じゃ土の星地黄とも会うがいい。)

 そう婆様が言うとゆっくりと最後の念の輪が繋がれた。

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