第75話 想い

 白虎、流黒と陽紅はその日は地黄の住まいへ宿泊させてもらうことにした。食事は地黄が手作りで振る舞った。料理の最中、陽紅は手際のいい地黄の料理を手伝っているのか邪魔しているのか解らないほど横でチョロチョロと動き回っては見て回り

「これは何?」

「これは?」

といちいち訪ねる有様だった。その都度、地黄はいやな顔ひとつせずに紙に丁寧に書き込んで陽紅へ渡していた。たちまち陽紅は両手にいっぱいのメモを抱えて流黒の元へやってきて流黒へその紙の束を渡した。

「ちょっとこれ持ってて!」

流黒はあきれてそのメモを手に取り大声で読み上げた。

「オリーブオイル!アンチョビ!イタリアンパセリ!ブラックペッパー!」

陽紅はまだまだ地黄へ質問を続けていた最中だったのでその流黒の態度に切れて叫んだ。

「もう!いちいち読み上げないでよ!うるさいわね!こっちはまだ聞いてる最中なんだから。」

流黒はあきれた顔をして陽紅へ言った。

「地黄さんが困ってるじゃないか。いい加減にしろよ。おまえは手伝ってるんじゃなくて邪魔してるの。解る?」

地黄が笑いながら流黒へ手を振り(大丈夫よ。)と告げている。それを見て陽紅は流黒へベーと舌を出して言った。

「ほうら。解った?」

その時白虎が地黄に頼まれたワインを買って帰ってきた。

「地黄さん。これでよかったかな?またお店の人にイタリア語でまくし立てられて、よく解らなかったんだけど・・・地黄さんの書いてくれたメモを見せたら出してくれたのがこの二本だったから・・・」

地黄は微笑みながら白虎に近寄り、取り出されたワインのラベルを見てうなずいてOKのサインを指で示してウインクをした。白虎はその地黄の仕草に少し照れながらワインをテーブルの上に置いた。流黒はその白虎の顔をちょっといたずらっぽく眺めて肘で白虎を冷やかしてつついている。陽紅はその白虎の赤らめた頬を見て、自分の頬を膨らませて言った

「まだ飲んでないのにもう赤くなってる人がいる!へーんなの!」

そう言ってキッチンの方へ振り返った陽紅だったが心なしか地黄への質問は少なくなっていった。


四人のお腹がグーと音を立てる頃に料理はすべてできあがっていた。地黄の料理の腕は相当なもので隣の太った主婦がお裾分けを持ってきたときにも「近所のパスタ屋のシェフが作るものよりおいしい。」と絶賛するほど本当に長けたものだった。パスタが二種類、茄子とベーコンを主体にしたトマトソース風味のものとペペロンチーノ。サラダはトマトとイカとイタリアンパセリのオリーブオイルマリネ風味その他にグリーンサラダはあっさりとした味わいで申し分なかったし冷凍で寝かしていた生地で即席のピザも作ってくれた。三人は初めて食べるイタリア料理に舌鼓を打ち、久々に楽しい時を過ごすことが出来た。幸せな時を過ごせば過ごしたでおのおの胸に抱く思いもまた膨らんでいくのだった。

流黒は思った。

(こんな料理をお母様は食べられたことは無いだろう。もしもし自分が無事に戻ることが出来たならきっと一緒に・・・)

陽紅は思っていた。

(お母様地黄はじきにお母様みたいなそして地黄さんみたいな素晴らしい女性になります。見守っててください。ここからは皆がバラバラに別れてそれぞれ五方陣の頂に向かって旅立たなければなりません。でも私は・・・旅立ちは・・・不安です。)

白虎は思っていた。

(紫音・・・元気にしているだろうか?一人で子供たちの身を案じているのだろう。そして赤姉・・・)

白虎は夕方に念の輪の中で地黄が見せてくれたフレデリックが命じ赤羽が自由人の首を絞めるシーンを思い出していた。

(赤姉は今もあの城でまだご自分をリリアと思って暮らしているのだろうか?そして樹蒼の父親であるフレデリックの命じるあのような命令に従っておられるのだろうか?そして樹蒼は・・・自分の父親と母親の事情をどこまで知っているのだろう?念の五方陣の中では全てが白日の下にさらされてしまう運命だ。もし樹蒼がその場で全てを知ってしまうのならそのショックで起こることは想像ができない。婆様は・・・いったいどうお考えなのだろう?)

地黄は自由人の身を案じていた。

(自由人。元気でいて。決して早まって一人で赤羽さんを助けるために突入したりしないで。自由人が早まった行動を取る前に念の五方陣を開けなければ・・・)

それぞれの想いが交錯する中夜は更けていった。


地黄の部屋に陽紅が泊まり今はあいている自由人の部屋に白虎と流黒が泊まることになった。陽紅は年上の地黄の生活に興味津々でまた見るものさわるもの、特にお化粧品に興味をってあれこれ聞いて回っていた。地黄は年下の妹をかわいがるように洗顔後の肌の手入れ方法などを教えてやっていた。またその化粧品を少しづつ小さな瓶に小分けにして詰め替えて陽紅に持たせてやった。陽紅は喜んで瓶にペンで順番をつけて独り言のようにつぶやいていた。

「これをつけた後、これでその後これが最後の三番目。OKOK。」

地黄は陽紅がはしゃぐ姿に目を細めると陽紅を呼び寄せてその首筋にシュっと一拭きオーデコロンを振りかけてやった。陽紅の鼻先には甘酸っぱいような香りがただよい思わず陽紅は目を閉じてその香りをかいでみた。それは母と暮らした日本で父の眠る墓のほとりに咲いていたすずらんの香りによく似ていた。陽紅にはあまり父の記憶がなかったがすずらんの花の香りはイコール父の墓前を思い出させるものだった。陽紅はこれから自分たちが旅立つ先とその本当にかなうでのあろうかと疑問すらわく念の五方陣の大きさに不安になる心を父の墓を思いだし祈っていた。

(お父様見守っていてください。大きな世界へ一人で旅立とうとする私を助けてください。)

陽紅はいつの間にか地黄の手を取っていた。その手が思わず強く握りしめられていたので地黄はまだ十五歳の少女である陽紅の不安を感じ取っていた。地黄は思った。

(強がっているように見えてもこの子はたったの十五歳の少女なのだ。念の頂まで一人で旅立ちそこからの作業を考えると不安になるのは当たり前だろう。)

地黄は陽紅の手を軽く握りかえした。陽紅は目を開け地黄を見て不安そうな顔をしていった。

「私・・・本当は怖いのかもしれない。」

地黄は微笑むと自分もだという風に自分を指さして頷いた。陽紅も笑った。地黄はそのすずらんの香りがするオーデコロンを陽紅に握らせた。陽紅は少し驚いた顔をして地黄を見つめていった。

「私にくださるの?」

地黄は頷くと陽紅を抱きしめた。陽紅は久しぶりに母紫音の胸に抱かれたように感じて安心した。そして地黄の女性としての優しさに感謝していた。しばらくして陽紅が頭を上げると地黄をまっすぐに見つめて微笑んで言った。

「私ね地黄さんに告白したいわ。私はまだほんの子供で地黄さんのような素敵な女性になるにはまだまだ経験が足りないのよね。私にしては珍しくしおらしい事言ってる?さっき念の輪の中で地黄さんが自由人さんを愛する気持ちが伝わってきたわ。とても深くて強い絆を感じたの。私・・・私ね小さい頃まだお母様のお腹の中にいた頃、誰か傷ついた人を助けるために私と流黒とで白虎のパワーを借りてお母様を通じてその人を治癒したことがあるの。その時の事を流黒はあんまり覚えていないって言うんだけど、私は何となく覚えてて・・・なんて言えばいいのかしら・・・この人すごい!って思ったような・・・白虎のパワーの色は金色がはじけたような感じなんだけど・・・ほんとに感動したのを覚えてるの。流黒は馬鹿にして聞いてくれないんだけど・・・地黄さんも私が言ってること馬鹿みたいだと思う?」

陽紅が不安な表情を浮かべて地黄の顔をのぞき込んだ。地黄はやさしく微笑み話を続けるように促した。

「ありがとう。安心した。でね。生まれてもの心つくようになってから私にはお父様の記憶はおぼろげなんだけどお父様のパワーの色と白虎のパワーの色は全然違うのは解ってたの。それで白虎にはなんて言うのか・・・尊敬って言うのかしら・・憧れっていうのかしら・・・」

地黄が紙にサラサラと書いて陽紅へ見せた?その紙には「恋心」と書かれていた。陽紅は頬を染めてうつむいてつぶやいた。

「そう・・思ってたんだけど・・・念の輪の中で地黄さんの自由人さんに対する気持ちを感じて“あー私のは違うんだな。恋じゃないんだ。”って思っちゃって・・・」

地黄は陽紅の手を取り念を送った。地黄の美しい声が陽紅の頭に響き渡った。

「恋する気持ちは人それぞれに違うわ。愛の色も形も違うように。陽紅の白虎さんを思う気持ちも一つの恋の始まりかもしれないし後で気がつくと単なる憧れに終わっているかもしれない。でも誰かを今この瞬間大切に思う気持ちはその人に取ってありがたいものだと思うし自分自身のパワーを生み出す原動力になると思うの。大丈夫!自信を持って!」

地黄は陽紅の手を離すとにっこりと微笑んだ。そのひまわりのようなほほえみを見て陽紅は助けられたような気がしてほっとした。自分の白虎に対する気持ちを応援してもらったようで嬉しかったのだ。

「ありがとう地黄さん。私大丈夫。今の白虎への気持ちを大切にするわ。そうよね。この気持ちをバネにして大きな世界へだって踏み出して見せるわ。」

地黄はその陽紅の明るいまなざしを見て安心して頷いた。

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