第74話 傷心

 ルーシーの話が終わると真っ青な顔をしている自由人をビリーは気遣った。「大丈夫だ。」と言い自由人は無理やり目の前の酒をあおった。そしてルーシーに尋ねた。

「城の中で自分が歩いた階だけでいい。簡単な見取り図がかけるかな?」

ルーシーはビリーから紙とペンを受け取ると思い出しながら簡単な見取り図を描いてくれた。ルーシーは恥ずかしそうに首をかしげ肩をすくめて自由人へ言った。

「ごめんなさい。十階も十三階もその部分しか往復しなかったの。入り口も他もまったく解らないわ。」

自由人は簡単なその図面を見て頷きもう一度ルーシーを見て口を開いた。

「最後に一つだけ。話の途中で女の人が口ずさんでいたのを“ステキな歌”と言ったが今ちょっと口ずさんでもらえるかな?」

ルーシーはちょっと視線を上に向けあごに人差し指を当てしばらく思い出しているようだった。やがて小さく頷くと「ARE YOU READY?」とビリーと自由人を順にいたずらっぽく見詰めて歌い始めた。


CALL SHE TO SEA AH NONNON

YOU MAY BE MORE LALALA

OH CATCH YOU 

SO YOU‘LL KILL ME

DREAMING OH HOW DO YOU KNOW

CATCH ME WOW WOW


歌い終わると「どう?」という風に二人を見詰めたルーシーにビリーが笑顔で拍手を送っていた。自由人にとってはそれどころではなかった。それはヤマトの言葉が聞き取れないルーシーが勝手に英語読みでそう聞き取っているだけであってその歌のメロディは紛れも無く幼い頃ヤマトで聞いていた恋歌だった。ヤマトの民ならば誰でもが知っているあのメロディとあの歌詞を自由人は思い出していた。


恋いし愛しあの人を

夢見て今宵も幾千里

追うて駈けて行けどもや

姿は今宵も夢に消ゆ

どれほど思いをはせれども

叶うことなきわが思い


ビリーはそんな自由人を心配そうな顔でチラリと横目で伺うと自由人に「ヘイ!」と声をかけた。「大丈夫か?」と自由人に聞きながら同時にそれ以上情報の無いルーシーを早く追い払いたそうだった。自由人はビリーの呼びかけで我に帰った。ビリーの様子を理解して懐から金を取り出すとルーシーへ渡した。ルーシーは喜んで中をあけようとしたがビリーがそれを手でさえぎった。

「やめときな。ここでは目立つ。帰りに襲われるぞ。それより直接聞けよ。」

それを受け自由人が言った。

「二千ドルだ。」

ルーシーがちょっと不満そうな顔をした。自分と情報を仲介しただけのビリーが四千で情報を出した自分が二千なら割りに合わないと言う訳だ。自由人は頭を振り右手でルーシーを止めるような仕草をして言った。

「ビリーには一千しか払わない。あんたには倍の二千だ。いやなら返してもらってもいいが。」

ルーシーは納得した表情で封筒をバッグにしまうとコーートを羽織り椅子から立ち上がった。その背中に向けてビリーが声をかけた。

「ジョーとはいつトンズラするんだ?」

ルーシーはニッコリと笑ってビリーへ言った。

「明日の夜よ。これでとりあえず何とかなると思うわ。」

ビリーはジョーへよろしく言ってくれとルーシーへ手を振り送り出した。振り向いたビリーへ自由人は金を渡して言った。

「四千ドルだ。ありがとよ」

ビリーは

「やっぱりな。」

とつぶやくとすぐにポケットに封筒をしまい込んだ。すぐ出て行くのかと思いきやビリーはまだ座ったままで身を乗り出して自由人に言った。その珍しく真剣な表情の中でこげ茶色の瞳がキラリと輝いていた。

「言い値で払ってもらった礼でおまけをつけるぜ。ルーシーとジョーから今の話を聞いて俺は面白くなってちょっとあの城で働く人間を調べたのさ。ほんの興味本位でな。面白い共通点があるんだ。あいつら全員家族の誰かが元は軍で働いていて当の本人は何らかの形で既に死亡してるんだが、死ぬ前に必ず何か不正を行ってるんだよな。備品の年間予算をちょろまかしたり情報を外部へ売り払ったり爆薬を外へ流したり・・・まあそんなとこだ。でその不正は表に出てないわけよ。普通なら軍法会議ものでその家族もろとも生涯を棒にふったも同然だろ?なのに犯罪を犯したやつは都合よく事故死やら病死やらしてその家族が全員あの城でボディーガードやらメイドやらやってるって訳よ。しかも給料が俺らの三倍だぜ。いやルーシーが知ってる範囲でそれだからヘタしたら五倍近いかもな。常識で考えてみろよ。ルーシーの家だってお袋がメイドの仕事だけでどうやってルーシーをあの名門私立のフェリペの中学から大学へまで通わせてやれるんだよ。あそこへ通ってるのは皆有名人の子供か大手企業の社長の子供ばっかだぜ。まあそのお袋の努力も空しく娘は明日の夜、貧困なプエルトリコの末裔ジョー・ワイズと駆け落ちなさるそうですが。娘が逃げたことが解ればお袋の命も危ないだろうな。知らないってのは怖いもんだ。そう考えると俺もそろそろ軍を離れる潮時なのかもしれないな・・・」

自由人はビリーの顔を見詰めていた。ビリーは「おっと。」と体を元の背もたれに預けた形へ戻るといつものおちゃらけた表情へ戻っていた。

「俺が知ってるのはここまでだ。お互い死なずにまた会えたらいいな。じゃあな。」

そう言ってビリーは片手を上げた。自由人も片手を上げるとお互いの拳を合わせた。それは軍にいた頃かわしていた挨拶方法だった。自由人を残しビリーはコートの襟を立てさっさと店を後にした。残された自由人には酒は苦いものとなった。自由人は考えを巡らせていた。考えても、考えても思考は同じ方向をぐるぐると回り続けるばかりだった。


(赤羽の傷・・・事故だって?馬鹿な!あのフレデリックが殴り倒したに違いない。それは日常的に行われていたことなのか?あのルーシーが行ったその時だけのことなのか?ああ!赤羽。俺はとことん甘いやつだ!まさかそんなことが起ころうとは夢にも考えていなかった。いくら外道のフレデリックと言えまさか女を殴るなんて考えもしなかった。赤羽。赤羽。今すぐ飛んでお前を助けに行きたい。今も・・・今も殴られて血をながしてはいないだろうか?痛かったろう。辛かったろう・・・赤羽。まだ自分の事をリリアだと・・・そう思って暮らしているのか?)

自由人はグラスに残っていた酒をからっぼの胃の中へ流し込んだ。しかし頭の中は冷たいように覚醒したままでまったくアルコールの力を借りることは出来なかった。自由人は立ち上がると金を払い店を後にした。


店の外に出てみるとあたりは真っ暗で空には星とオレンジがかった丸い月が出ていた。月は赤羽が流した血の量だけ赤く染まっているような気がして自由人は目をそらせた。あてども無く歩き始めた自由人だったがこんな気持ちのときは地黄のまあるい笑顔に無性に会いたくなるのだった。そんな感傷が自分には許されないのだと戒めてコートの襟をたて歩いた。自由人の足音だけが夜の街に悲しく響いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る