第28話 離散

紫音と手をつないだ白虎が見た風景、それは兄青磁一団の虐殺の場面だった。緑尽の意識が途絶える寸前までその場面は白虎の目の前に、正確には緑尽から紫音へ紫音から白虎へと伝えられ白虎の言葉により翁をはじめ黒鷹はその状況を知るに及んだのだった。緑尽が息絶えてからピタリと止んだその場面に白虎も紫音も言葉を失いただひざまずいて抜け殻のようになっていた。


黒鷹は紫音を抱きかかえるとそばにあった椅子に座らせた。翁は白虎の両肩を抱きその頬をやさしくたたいて言った。

「白虎!白虎!おきるのじゃ!しっかりしろ!」

白虎はその翁の言葉にふと我にかえり、じっと翁のしわくちゃな顔を見つめた。白虎のグレーの瞳には見る見るうちに涙が溢れその涙は頬を伝わり床へと流れ落ちた。翁は白虎を抱きしめるとその頭を撫でてつぶやいた。

「つらかったろう。わしも悲しいのじゃ」

黒鷹に支えられた紫音も我に戻かえっていた。その紫の瞳が黒鷹の心配そうな視線と交わった時紫音は黒鷹に飛びついて泣きじゃくりながら言った。

「あの・・いつも見ていた夢。白い布に・・赤い血が広がっていく・・・あれはあれは・・・お兄様だった!ああっ!もっと早くその事に気が付いていたら・・・」

その紫音の肩を後ろから翁がポンとたたき言った。

「紫音様能力は万能ではありません。解らぬのではなく解りたくないことにストップをかけることは自我を守るために必要なことと爺は思いますぞ。緑尽さまはご他界なされた。立派な最後じゃった。皆で祈ろう。」

黒鷹が立ち上がりその翁に食って掛かるように片手を振り上げ言った。

「青兄は!赤羽姉さまは!他のみんなは!すぐに助けに行くんだ!みんなで兄様達のところへ向かおう!」

その場にいた何人かは黒鷹の言葉にうなずいたが翁が黒鷹の振り上げた腕をしっかりと掴んで皆の方へ振り返って大声で語り始めた。

「黒鷹!落ち着くのじゃ!皆も解っておるはず!青磁も赤羽も緑尽様を守れなかった時は生きておめおめと戻ってこぬことを!たとえ生きておったとしても、こちらが向かわずとも緑尽様の亡き後、アメリカの標的はこの紫音様へと変わったはず!」

一同の眼差しが一斉に紫音へと振り注がれる。紫音は一瞬ビクッと震えるがそのまま黒鷹をじっと見つめている。翁は黒鷹の手を離し少し声を落として続ける。

「少数であっても青磁たちの何人かは生き残っていてほしい・・・しかし皆も聞いておったじゃろう。紫音様と白虎の見たものをわれらも見せてもろうた。その望みがかなう可能性は低い。」


翁は低くため息をついたように見えた。そのまま皆の方に向き直り続けた。

「移動を二手に分かれて行動すると決めた時どちらか一方に大事があった場合のことはわしと青磁とここにいる黒鷹で一応黙認は取っておるが・・・われらがこれから先とるべき行動はわかっておる筈じゃ。紫音様をいかに目立たず隠しおおせるかじゃ。そのためにはここにいる約五十名近くがこのように団体で動くことをあきらめようと思う。」

「翁!どういう事です?」

白虎が驚いた表情で翁に食って掛かった。翁はゆっくりと民をかき分け歩き奥にあった鍵のついた黒い衣装ケースを持ち出した。その箱の鍵を開け衣装を掻き分けると中から数本の金塊が出てきた。翁はその一本一本をそばにいる者から順に配りなじめた。

「これは残り少なくなったわれらの財産じゃ。それぞれの家族恋人友人同士でこれを元手に各地にもぐりこみ働いて無事に生活を送って欲しい。もちろんヤマトという民の名は伏せ名前を変え新しい人間としての人生を生きるのじゃ。」

金塊の一本を渡された若い民が溢れる涙を拭いながら翁を見上げて訴えた。

「私は・・・私はお役に立てないかもしれませんが最後まで紫音様をお守りしとうございます。どうか・・一緒にお連れ下さい!」

翁はゆっくりとかぶりを振り皆に向かって再び口を開いた。

「紫音様をお守りしたければ少数に別れ、もはやヤマトという存在さえも無かったものとすることが一番の隠れ蓑となる。アメリカは緑尽様の一団を襲ったように集団であればあるほど我等の足跡を追うであろう。皆で紫音様のためにも散るのじゃ。散ってどの数名の中に紫音様がいるのか解らぬようにその土地の中に紛れ込むことが紫音様をお助けする一番の方法なのじゃ。」

皆の中にはすすり泣く声も漏れ始めていた。翁は少し微笑むと金塊を配り終えた両手を合わせその場にしゃがみこみ皆を一巡見渡して言った。

「寂しがるでない。そうじゃもし皆元気で生き延びておったら今日十二月十五日のこの時間・・・」

そう言って時計に目をやると午前三時をまわるところだった。

「午前三時に・・・五年後じゃ。五年間はじっと生活に耐えてみよう。そして五年後の十二月十五日の午前三時に集まれる者だけでよい。回りの者には絶対に言わずにここにこの場所に集まろうではないか。どうじゃ?そう思ってがんばってみようではないか!のう白虎!」

そう言う翁自身それが実現できぬ夢であることを解っていた。誤魔化しかもしれなかった。しかし生き続ける上で必要な信条を、自分を初め散り散りになる民に持って生き延びて欲しかった。涙でぐしゃぐしゃになった顔を臆面無く上げて白虎は大きくうなずいた。黒鷹は静かに紫音を支えるようにして紫音の横に座って翁を見つめている。紫音は静かに涙を拭って小さくうなずいている。紫音はそれぞれの思いの詰まった気がテントの中に充満しているのを感じ取って暖かい気持ちになっていた。


外はすっかり雪景色に覆われていた。シンシンと降り積もる雪が下界の音を遮断するように降り積もっていく。紫音十四歳、白虎十五歳、黒鷹が十六歳の冬のことだった。

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