第27話 推測

発進した専用の航空機の中フレデリック皇太子はサイモン元師に同行していた。自由人の報告を受け不機嫌なサイモンだったがもはや機密事項を知っているフレデリックに対し、いい機会だとばかりに同行を願い出たのだった。専用機の中サイモンはいつもの冷徹な眼差しで左眉だけを高く上げフレデリックを見つめた後、お気に入りの赤ワインをついだグラスを片手に窓の外へ視線を送りながら言った。

「この専用機は太古の昔は大統領専用のものだったそうですよ。大統領がそこまでの権限を持つとはいやはやいったいどんな統治をしていた時代なのやら。」

本当に関心のある話題にはすぐに触れないのはサイモンの癖であることをフレデリックは熟知していた。それが重大でかつサイモンの意にそぐわない方向へ進んでいることであればあるほどその傾向は強かった。サイモンの切り出した話題に乗りつつまずは気をほぐすことから始めるのがいつもの心得た話法だった。フレデリックは言った。

「おざなりの建前論で牽制できた陳腐な時代もあったと歴史の資料で見聞きしたこともありますよ。」

さりげない会話の中に武力の威厳と絶対さを秘めることをフレデリックは忘れなかった。サイモンは少し機嫌を取り直したようだった。サイモンはおもむろにフレデリックに対し自由人という存在とこれまでのミコの捜索そして昨夜自由人から報告が入ったことを手短に告げた。自由人の報告はこうだった。


 ヤマトのミコ緑尽を追い次の地でやっと合流かと思っていたところがひとつ手前で遭遇することが出来た。体制を建て直し襲撃体制に入ろうと思っていたところ緑尽の予知能力なのかヤマトから先制攻撃を受けてしまう。たいした準備も出来ていなかった自由人の部隊は緑尽の戦闘能力も加わり予想以上の打撃を受けてしまう。やっとのことで緑尽を生け捕りにできる、すんでのところで緑尽が自由人の剣を掴み取り自決してしまう。ヤマトもアメリカも全滅という結果で最後に一人赤羽だけがかろうじて助かり自由人自身も重症を負っている。

さらにサイモンはフレデリックに対し自由人という人間の説明も付け加えた。


そこまでを一気にフレデリックに語るとサイモンは機内から見渡せる雲海をそれと同じ位薄い青い瞳で見つめながら目を細めた。次にサイモンの口の左端が少し上に上がったように見えそれと同時にフレデリックの方へ少しだけ顔を向けて言った。

 「あれほど襲撃の際はVTRに記録するように申し伝えておったのに・・・突然のことだったゆえ記録は何も残っていないそうですよ。何故でしょうな?太子はいかが思われますか?」

フレデリックの答えなど期待していないとばかりにサイモンの左眉だけがまた高く上がった。続けてサイモンは話す。

「我が師団の一部をすでに現地へ送ってあるのです。現地の写真とそれぞれの死体の銃弾や傷口を調べればおのずとジュードの話とのつじつまが合わない箇所は出てくることでしょうな。まあ民間人の犠牲が出ていないことが不幸中の幸いでした。それはともかくとして先にも太子にお話したように、これでジュードには次なる目標物を追跡してもらわねばならなくなったのです。そのためにはあいつの一番欲しがっていたものをまだあっさりとは手渡すわけにはいかんのですがね。私はその点に頭を痛めているのですよ。」


 サイモンはワイングラスを置くと手元に置かれた葉巻に火をつけ一口吸うとフレデリックをよけて自分の右脇へ煙を吐いた。フレデリックには先ほどのサイモンの説明から自由人の欲しがっていたものは赤羽というかつて同じヤマトだった女性ということは理解できた。そしてそれを手に入れさせては次の働きをしないかも知れないというサイモンの危惧も。

(何が民間人の犠牲が出ていなかったことが幸いだ!犠牲が出ていたにしろまたでっち上げの情報を自分に流させ国民を欺くなどということは朝飯前の仕事ではないか。ジュードという人間の報告が事実と異なるとしてもジュード自信もそれと同じ事をサイモンに対して行っているのに過ぎないことだ。)

フレデリックはサイモンの言葉に矛盾を感じながら心の底で考えていた。

(しかしながら次なる目標とは・・・)

予想は出来たがそれを思うとフレデリックの胸の鼓動は早くなるのだった。状況を全て理解しているが少し解っていない振りをしながらフレデリックはサイモンの言葉を引き出そうと質問をする。

「しかしそのアコオという女性はすでにジュードというものが見つけ出しておりますでしょう?」

サイモンは葉巻を右手に左手で頬杖をつきながらフレデリックを正面から見つめている。ふっと笑いを漏らすと面白そうに言った。

「そのアコオという女なぜか麻酔銃で撃たれているのですがこれが・・・大熱を出しうなされ続けて目覚めないそうですよ。普通ならとっくの昔に目を覚ましていてもいい頃です。ジュードも仕方なく医療班にその女を預けているそうで、つまり彼の手元に今ご褒美は無いのですよ。」

楽しそうに笑いを浮かべる冷徹なサイモンの表情は見慣れているもののフレデリックは直視できず窓の方へ視線を移した。サイモンは葉巻の火を消すと独り言のように口にした。

「ミコのリョクジン亡き後、我々の次なる目標は妹のシオンに移りました。」

フレデリックの中で何かが砕けるような気がした。(あの少女が!)フレデリックは言葉にならない感情がわきあがってくるのを感じていた。熱望であり思慕であり焦りであり無力感であり衝動的なこれら全ての感情が自分の中に一気にわき上がり、お互いに戦っているような苦しい内面をサイモンに知られないよう勤めて冷静な仮面を必死で作っていた。と同時にあの実験室で見たパイプにつながれたシオンと面影が似ている女性の姿もまぶたに浮かんでは消えた。

(いやだ!絶対にあんな姿にはさせない!)

フレデリックは何事も無かったかのようにサイモンの方へ振り向くと自分のグラスにもワインを注ぐようそばにいた兵士に手で合図した。フレデリックの透明なグラスに血の様に赤いワインが注がれていく。そのグラス越しにサイモンの冷徹な眼差しを感じている。フレデリックはグラスをサイモンに対して掲げて軽く会釈をして言った。

「神のお慈悲がありますように。」

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