第18話 ことのつづき

ヤマトの民がまだ移民としてアメリカでの土地を持ちかろうじて国家もどきの約束事を踏まえて生活を営んでいたころBC、ADその後NC(NEW CHRIST)と年号を打ち始めて百年目のことだった。ヤマトの民の中では遺伝子の変化が少しづつ進行していた。それは放射能により発生した劣性遺伝子を補うための進化であるのか退化であるのか・・・いずれにせよゆっくりと確実にその種は生まれ始めていた。


最初は病弱であったり体の一部が結合して生まれてくる双子だったり劣性の部分のみをクローズアップされ原因は太古の昔自国で起こったとされる放射能の影響と考えられていた。そんな子供たちを持つ親たちはわが子の特殊な能力を薄々は気が付いていた。ある子供は物が落ちてくる前に手を差し出す予知能力、あるものは転んだ傷口が普通以上に早く治る治癒能力など、はじめは偶然と片付けられていたものが人数が増えまた世代を経るごとに増大する能力にとうとう民全体での認識へと変貌していった。と同時に他民族からの差別や特殊能力としての軍事利用を恐れた民はおのずと自分たちだけの秘め事として村の中へ丁重に収められたのであった。ミコという制度も徐々に民の中でのカモフラージュの儀式として確立して言った。


NC七百五十一年目村に双子の姉妹が生まれる。碧卯せきうと白酉はくみと名づけられたこの二人の少女はこれまでのどの子供よりも強い能力を持って生まれてきた。両親は二人の能力に早くから気が付いていたがミコにするのは忍びなく小さな頃から人前で能力を使うことを禁じていた。出来ることならば普通の人間としての人生を歩ませたい・・・当たり前の親心からだった。


少しおてんばな姉の碧卯とおとなし白酉は両親の言いつけを守り同じ年頃の友達と遊ぶより二人で裏の丘へ行き時々は能力を使いあって遊んでいた。そんな二人と時々一緒に遊んでくれるのは近所の幼馴染で二つ年上の竜我という男の子だった。竜我ははっきりとものを言う少しやんちゃな男の子だった。ある日竜我は両親からミコの存在を知らされる。その日の午後碧卯と白酉姉妹に会ったときに竜我は言った。

「おれミコってなんかいやだな。勝手に物とか動かされちゃ気味悪いよ。」

碧卯と白酉姉妹が幼い頃から能力を決して人前で出さないですんだのはこの少年の一言があったからかもしれない。


幼い三人も少し成長するとお互いを想い合うようになった。竜我はおとなしい白酉より元気な碧卯の方に恋をしているようだった。姉妹はどちらも竜我に恋をしていた。しかしおとなしい白酉は二人が思いあっていることを理解しており決して自分の気持ちを表に表すことはなかった。


そんなある風の強い日だった。久しぶりに裏の丘に行った姉妹は昔のよく登った桜の木の近くに来ていた。すんだ青空には昼間の白い月が浮かび春の緑輝く丘の上に咲き誇る薄桃色の桜の花は風にあおられて白い花吹雪を粉雪のように舞い散らせていた。そんな大木に育った桜の木を見上げながら散り始めた花びらの元で楽しげにおしゃべりをする美しい姉妹の姿はまるでシャガールの絵のように幸福そうだった。いたずらな風が碧卯の肩にかけていた薄地のショールをふわりと巻き上げる。ショールはそのまま風にのり桜の木の中ほどへ引っかかった。妹の白酉はそれが竜我からのプレゼントであったことを知っていた。止める碧卯を振りほどいて白酉はあっという間に木に登りひっかかっていたショールをつかんだ。その時白酉の乗っていた木の幹が音を立てて折れ白酉がまっさかさまに地面に落ちる。一瞬のことであった。姉妹は双方の力を使い落ちていく白酉を空中で止めたのだった。そのままゆっくりと枝ごと地面に降りる白酉。その様子は運悪く村の民に目撃されてしまった。


その夜ミコの就任の話に姉妹の家に翁が現れることになった。「めでたい」と浮かれる村とは裏腹に姉妹の家は暗く沈んでいた。碧卯と白酉は別の自分たちの部屋で向かい合って座っていた。姉の碧卯は妹の白酉をまっすぐに見つめて言った。

「あなたを空中で止めたのは私一人の力です。ですからミコには私が・・・私だけがなります。」

一瞬見つめあう互いの顔は瓜二つでまるで鏡を見ているかのようだった。が次の瞬間白酉の顔が涙で崩れる。

「どうしてお姉さまは・・・」

白酉の言葉をさえぎって碧卯が続ける。

「解っているはずです。あなたと私は太陽と月、光と影あのヤマトに伝わる白と黒の勾玉形が合わさった太陰対極図そのものなのです。言い換えればあなたは私で私はあなた。・・・考えていることは解っていた筈です。私はこれまで竜我と十分に楽しいときを過ごすことが出来ました。あなたも同じように竜我を愛していたこともよく知りながら。これからはあなたが竜我と時を刻んで歩む番です。」

「そのようなことで竜我が喜ぶとでも・・・」

白酉の涙で濡れた唇を碧卯が人差し指でそっと触れて言葉をさえぎった。

「何も二人ともにこの役目に付くことはありません。それにミコという役割を大半に渡り演じきれるのは陰と陽で言えば陽の私の役割でしょう・・・白酉あなたの気持ちは誰よりも私がわかっているし私の気持ちは・・・」

碧卯がそこまで言うと今度は白酉が碧卯の唇に人差し指を当てた。

「あなたは私。私はあなた。・・・」

月明かりが高窓から部屋へ差し込み影絵のように二人の姉妹のシルエットを映し出していた。


やがて碧卯だけがミコになり白酉は竜我と夫婦になり後に二人の子供を授かる。この二人が赤羽と白虎である。

一方碧卯はその後ミコになった二つ年下の赤午せきごと夫婦になり二人の子供を授かった。この二人が後の緑尽と紫音である。碧卯はミコとしての役割をその代々の誰よりもよくこなし天変地異などの災害を予言したびたびにわたり村を救った。


晩年病にふした竜我は白酉に言ったという。

「幼い頃自分は“ミコの能力が気味が悪い”とあなたたち姉妹に言ったことがある。覚えているかな?あれは本心ではなかったんだ。あなたたちが裏の丘でその能力を使いいつも遊んでいるのを影からみて早くから二人はミコになるものと思っていた。しかしいつか手の届かないところへ行ってしまうのがいやでわざとあのようなことをあなたたちに言ってしまった。申し訳ないことをしたと今は思っているよ。」

白酉は薄く微笑みながらかぶりを振った。


その後のアメリカによる襲撃でヤマトの村は襲われ碧卯か白酉どちらかが捕らえられどちらかが殺される。赤午も竜我も死んでしまった。NC七七九年のことであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る