第19話 希望

「ここまでの話はいっつも青磁にはしておったがの・・・」

黒鷹と並んで座りながら焚き火を見つめている翁の顔はこうこうとした炎に照らされヤマトにあるテングの面のように見える。黒鷹が心の中でつぶやいた。

(覚えている。その戦で赤姉と白虎は両親を失い俺たちと一緒に兄弟として育てられることになったんだ。翁はそれ以外に何かあるというのだろうか?)

黒鷹は胸の鼓動を押さえつつ左手にいる翁の顔をじっと見つめた。翁が続ける。

「“あなたは私。私はあなた”・・・これをどういう意味にとるかは勝手じゃがわしも若かったでな当時は美しい姉妹の行動にはついつい目が行ってしまってな。」

翁はゆっくりと黒鷹の炎で赤く照らされた瞳を見据えて言った。

「本当によく似た美しい姉妹であった。着物が同じだとどちらがどちらなのか誰も・・・両親でさえ見間違えることがあったほどじゃ。見分けることが出来たのは唯一人竜我だけだったと後に碧卯様から聞いたことがある。若かった頃わしは真夜中碧卯さまが平民の格好をして宮から出て行かれるのを何度か見たことがある。すぐその後同じ時刻にその格好で宮に入られるのもな。」

黒鷹は目を丸くしたままいぶかしげに翁を見つめながら言った。

「何が・・・おっしゃりたいのです?」

「姉妹は着物を入れ替えれば誰にもどちらがどちらなのか解らなかった筈じゃ。ましてやそれは竜我の病が解り余命いくばくという噂が流れておった頃の話じゃ。黒鷹ここからの話はあくまで推測じゃ。もし・・・もしそうだとするとの・・・緑尽さまはともかく紫音様は・・・もしかすると碧卯さまと竜我とのお子かも知れぬ・・・」

目前の焚き火の炎が一段と高く燃え上がり今にも天を突き抜けるのではないかと黒鷹には思えた。

「まさか・・・」

と黒鷹が息を呑む。黒鷹は炎の方へ視線を移し心の中でつぶやいた。

「もしそうだとすると・・・シオは赤姉と白虎の妹・・・」

炎が映し出された黒鷹の瞳を見つめて翁が続ける。

「黒鷹青磁よりもお前に先にこのことを伝えるのには訳がある。わしは長い間緑尽様と紫音様を小さな頃からおそばで見守ってきた。正直に言うがあの能力は緑尽様より紫音様の方が数段大きいものを持っておられると踏んでおる。しかし緑尽様がご長男ということもあり・・・ましてや紫音様は正統なお子ではないかも知れぬという疑いからミコの第一継承者には緑尽様が現在は付いておられる。 しかし・・・しかしじゃ。もはやこのような事態になってはいづれは紫音様の能力におすがりする日が近く来るやも知れぬ。黒鷹お前には酷な事かも知れぬが青磁よりもこちら側の方が荷が重い責務だということを知っておいて欲しくてな・・・」


黒鷹は理不尽な怒りがこみ上げてくるのを必死で抑えながら翁の方へ向き直り言った。黒鷹の拳は知らず知らずのうち強く握り締められていた。

「ですがシオ・・・紫音様は・・・いえ私は紫音様のそのような能力をあまり見たことがありません。なぜ翁はそのように言い切れるのでしょうか?」

翁は少しばかりつらそうな表情を顔に浮かべ黒鷹の肩を慰めるように両手で包んだ。

「黒鷹と紫音様を見ておるとわしは昔の竜我とあの双子の姉妹を見ているように錯覚するときがある。少女は思いを寄せる男子に嫌われとうないのじゃろう。必死に特殊な能力を隠そうと普通に振舞っておる。けなげなその態度とあの特殊な能力によって翻弄される運命に時代を経てもわしは同じ無常観を感じるのじゃ。黒鷹・・・残念じゃがわしは紫音様のその能力を何度もこの目で見ておる。」


はっきりと言い切った翁の眼差しにくってかかりたい衝動を黒鷹はこらえていた。

(なぜシオなんだ。)

心の中で黒鷹は叫んでいた。あの能力を見た日から納得させようとしていた自分自身だった。しかし(シオは第二継承者なんだ)という面を知らず知らずのうちに逃げ道にしていた自分にも同時に気が付く黒鷹であった。その気持ちを察するように翁が黒鷹の肩をさらに強く握り締める。

「のう黒鷹よ。我等ヤマトの民と言ってももはや百名に満たぬ数になってしもうた。かつては全世界の経済までも動かした民だという言い伝えも残っておるが本当のことかどうか・・・今となっては誰にも解らぬ・・・」

そこまで言うと翁は黒鷹の肩から手を離し自分の飲んでいた酒の杯を黒鷹に手渡した。黒鷹はちょっと驚く表情を見せたがすぐに受け取りグイッと杯を開けた。翁はその様子を目を細めて見つめながら言った。


「このようなことをわしが言うのも間違いかもしれぬが年寄りの独り言と思うて聞いて欲しい。残り少なくなったヤマトの民はいづれは淘汰される運命にあるのじゃろう。すでに生きすぎたわしなどはもはや思い残すことはない。しかし若いお前たちにこの民の存続を負う責務は果たしてあるのじゃろうか?」

いぶかしげに言葉を挟もうとする黒鷹を制して翁は言葉を続けた。

「わしは願うのじゃ。もしこの民が・・・万が一の危機に襲われた時・・・黒鷹お前にはヤマトの民のことより紫音様だけの身を案じて二人で生き延びる方法を選んでほしいのじゃ。」

黒鷹が驚きの表情を浮かべた。翁は黒鷹の顔をみて微笑んだ。そして少し弱くなった焚き火の炎をそばにあった木の枝でつつき再び火を起こした。

「黒鷹わしが言っていることは矛盾しておるよの。民の為の責務が重いと言って見たり二人だけで生き延びよと言って見たりと・・・ただ長いこと生きてくると変えられぬ定めというものも見えてくるのじゃ。そして若い希望の芽に未来を託したくなる気持ちも大きくなる。今言ったことはヤマトの翁としてではなく小さな頃からお前たちを見てきた身近な年寄りのたわごととして心に留めておいてくれ。もしくはお前にわしが果たせなかった夢・・・双子の姉妹の白酉を助けることが出来なかった夢をお前に託しておるのかも知れぬ・・・」


そう言うと黒鷹に渡した酒の杯を再び自分の手に取り翁は自分で酒を注ぎ始めた。その翁の横顔は何十年前の若かりし頃のような照れくさそうな微笑を浮かべていた。黒鷹はその翁の横顔をじっと見詰めながら心に誓っていた。

(シオも民も両方生き延びるんだ。いつか我等ともに安心して暮らせる時がくるまで・・・)


パチパチと音を立てて燃える焚き火は最初よりずいぶんと炎が小さくなり終わりを告げているようだった。翁の丸くなった背中と黒鷹のまっすぐに伸びた四肢が対照的に炎の前に並んでいた。ホローホローというふくろうの声が響いている。焚き火の光で照らされていない先は自分の手の先も見えないような暗闇としっとりと覆うような夜が二人の前にはひろがっていた。

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