第14話 防御
各地の祭事の後その地を移動することは村を襲撃されて以来ヤマトの生き残る手段だった。痕跡を残さぬよう土地を点々とする。長くて一年短くて数か月と移住する場所は意識して定めなくしかしあまり過疎の地域へ行かぬよう人ごみにまぎれられる地域を目指して移り住んでいた。
ヤマトもいまや総数百名余りとなっていた。あのアメリカのフレデリック皇太子と紫音が出会って以来翁の提案で一度の移動は目立つため、まずは楽部隊として黒鷹白虎紫音翁らが属する二十数名がトラックで移動移住する。青磁赤羽緑尽達約二十数名のグループは黒鷹たちと対極する方角への移動移住を行っていた。その他の二十名づつの二団体はその周りに日数をずらして二方向へ後から付いてくるという形をとっていた。移住といってもすでに小屋さえ建てられる状況ではなくなっていたので泊めたトラックの周りにテントを張っての生活となっていた。黒鷹のグループが踊りや歌占いなどの芸事を売るジプシーとなり青磁のグループは小型のレシーバーなどの電子機器を販売して回ることで生計を立てていた。二分すると言うことは万が一の時に全滅を防ぐという目的ではあったが戦力が半減すると言う点では同じ位の危険性を伴っていた。
あの森で紫音がフレデリック皇太子に出会った時から半年がたとうとしていた。何事も無いのが不思議なような不気味なような、得体の知れない静けさを黒鷹は感じていた。
カナダに近い国境のこの町には冬が少し早く来始めているようだった。トラックを止めている高台から平地にあるこのはじめての村を見下ろしている黒鷹に白虎が声をかけた。
「クロ兄さっき紫音様が腕に包帯をしておられたのですが・・・どこかお怪我でもされたのでしょうか?」
黒鷹は我に帰ったように白虎の方へ振りかえった。
「あっ?ああ・・・紫音の傷・・・打ち身なんだ。俺が加減を間違えてしまった。手当てはしたから大丈夫だと・・・」
その言葉をさえぎるように白虎が形相を変えて黒鷹に食って掛かった。
「クロ兄はもしかすると紫音様に稽古をつけておられるのですか!無茶な!私たちは紫音様をお守りするために存在しているのですよ。それを!」
今度は黒鷹が白虎の言葉をさえぎり向きなおり続けた。黒鷹の瞳は真剣で白虎は少し驚いた。
「そのために存在している?しかし四六時中いつでも一緒にいるわけには行かないことはお前もわかっているだろう!万が一の時その時俺たちが駆けつけるまで紫音様には持ちこたえてもらわねばならない。そのための訓練をしている。もう半年になる。」
「なっ・・・半年!?紫音様はお目が・・・」
白虎があまりの驚きに声が出ない様子を見て取ると黒鷹が白虎の目の前に人差し指をかざしてゆっくり左右にうごかした。白虎は面食らったような表情でその人差し指の動きを左右の目で追った。
「なんなのですか?クロ兄?」
黒鷹はその動きを続けながら白虎に語る。
「白虎そのまま目を閉じてみろ。」
白虎は恐る恐るまぶたを閉じる。白虎の目の前が真っ暗になったが指の動きは気配で感じられた。黒鷹は静かな口調で白虎に言った。
「指の動きはかすかだがお前も感じているな。その気配の何十倍もしくは何百倍で紫音は動きを感知している。色はともかく物体の大きさ近さもしくは対峙している相手の表面だけでなくその裏側までを立体的に感じ取っているらしい。これは何度も訓練中に感じたことだ。視覚が無い分その他の四感が補い合い対応しているのではないかと俺は思っている。訓練を増すにつれその感覚は鋭くなってきている。驚くべきことだが・・・」
目を開けた白虎は言葉を失っていた。
「では・・・」
黒鷹は白虎に背を向けると少し微笑んで言った。
「暗闇ではお前より紫音のほうが素早く動けるかも知れないぞ。明日の早朝の訓練にはお前も参加してみるといい。五時に裏手の滝のところへ集合だ。」
白虎は「はい・・・」と細く返事をするのが精一杯だった。
肌に痛さを感じるくらいの冷たさを含んだ朝の空気が吸い込むと白虎の鼻腔から胸へと流れ込んでくる。鳥も目覚めていないくらい開け切っていないまだ薄暗さを残した時間。白虎は約束の滝の所へと急いでいた。三メートルくらいの小さな滝を背に岩場が白虎のいる位置まで広がっている。左右にはゴツゴツした赤い砂地の山肌が現れ決して足場のいいところではない。小走りに走っていくと紫音と黒鷹は対峙しすでに訓練は始まっているようだった。
それは白虎が今までに見たことも無いような紫音の姿だった。白虎と黒鷹と同じような青い胴着に身を包み白虎よりは長いが黒鷹よりは短い中ぐらいの剣を右逆手に握り黒鷹に対峙している。腰には小型の銃も備え付けられている。低く構えた姿勢は明らかに訓練をつんだもののそれと解る体制になっている。黒鷹が前に出ると砂利で足場が悪いにもかかわらず紫音が飛んで後ろに下がり同じだけの距離を保つ。思わず白虎が紫音を助けようと走り出した。それを見て黒鷹がニヤリと笑うと声を上げた。
「紫音様後ろから白虎が襲ってきます!」
紫音は白虎の方へ振り向くと舞うように高く飛び上がり空中で一回転すると逆手の剣で白虎の左上から刀を振り下ろす体制になった。瞬時白虎が紙一重で身を引く。白虎も紫音の方へ飛び込む姿勢になっていたので引くテンポが少しずれたためきわどい位置での避け方になった。白虎の白い髪の毛が数本紫音の刀で切られパラパラと宙を舞った。白虎の右前方に片膝をついて着地した紫音はすぐに剣を眼前に構え戦う態勢をとった。
「そこまでっ!」
黒鷹が紫音の後ろから叫ぶと紫音はすっと腕を降ろし立ち上がり黒鷹の方を振り返り微笑みながら言った。
「うそばっかり。白虎は襲ってきたんじゃなかったわ。」
紫音の額にうっすらと滲んだ汗を近づいた黒鷹が左手ですっと拭うとそのまま紫音の肩を抱いて白虎のほうへ振り返らせ目を見開いたままの白虎の方へ二人で歩み寄った。
「どうだ白虎。紫音様は。」
白虎は言葉にならない様子で二人を前にへなへなとその場にしゃがみこんでしまった。その思っても見なかった白虎の態度に黒鷹と紫音は思わず噴出してしまった。
開けきった朝の光の中三人の明るい笑い声がこだましていた。
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