第13話 自我

アメリカの中心部ニューヨークーかつてそびえていたと言うタワーの跡地に今は滑稽なほどヨーロッパの古城を意識した城が建っている。一見古めかしいこの城だが中は最新鋭の軍事設備で固められていた。しかし各部屋の作りは歴史がめちゃくちゃで司令室は古代ローマ神殿のようなつくりになっているかと思えばフレデリックの部屋はまるでフランスのルネッサンス調のゴテゴテした装飾品で埋め尽くされていた。

いやと言うほどドレープが垂れ下がった天蓋の付いたベッドにフレデリックは横たわっていた。先ほど森で出会った少女のことが頭から離れなかった。

「シオン・・・」

と小さくつぶやくと横のテーブルにある白い大理石の蝋燭台に目をやった。そこにはシオンによく似た天子が羽を羽ばたかせながら蜀台を支えるようなデザインが大理石に施されていた。

(あの少女はなぜ・・・)

冷静になって考えてみれば自分の赤黒い反面を見てもたじろぎもせず美しい微笑を浮かべながら近づいてきた。多少ピントの合っていない眼差しはめしい特有のものなのか・・・それにしては舞の足捌きのみごとであったこと。しかし何より一番フレデリックの気を煩わすことは今まで持ったことの無い人恋しいという今の自分の感情だった。「会いたい」という求める気持ちを今まで持ったことのないフレデリックにとって理解できない自分の感情が湧き上がってくると言うことは苦しみ以外の何者でもなかった。ましてそれがすぐに手に入らない叶えられないものであればあるほど・・・

「アナタハコレマデズットヒトリボッチダッタノデスネ・・・」

少女の言葉がフレデリックの頭から離れることは無かった。

フレデリックが今の自分が持つ権力を使いジプシーの一座を探し出すことは容易であるかもしれない。しかしそれはあの黒髪の少年が言ったようにその後自分の知らぬところで少女も一座も抹殺され二度と会うことが出来ない結末は目に見えていた。軍事力が最高権力と化してしまった今のアメリカで自分はお飾りの権力者ではあるが何の実権も持っていないことを自分の父親を二十年間見てきたフレデリックには痛いほど理解できることであった。何より逆らってはならぬ人物は軍の全てを統括するサイモンであることも。


もちろんサイモン自信も大統領制の復権をのぞむハト派の勢力を押さえ込むためにあと何年かはフレデリックたち王族の血統を利用しなければならないことをよく解っているためフレデリック親子を丁重に扱っていた。何か政策を決定する際にはフレデリックの父親リチャード・フィリップに恭しく伺いを立てる。が当然反対する権限はフレデリック達側には無い。政策の許可証のお伺いはイコール許可であるという場面を父親の横に座ったフレデリックは幾度も目にしてきた。サインをする父親の前にひざまずいたサイモンはいつもフレデリックの方へ氷のような眼差しをおくりながら軽く会釈をする。フレデリックにはその眼差しが「オマエモコウスルンダヨ」と言っているように思えてならなかった。逃げ道の無い自分の人生に絶望することは幾度とあったがこうなりたいと希望持つことはかけらとしても許されなかったフレデリックにとって「少女に会いたい」という「望む」行為は初めての愛しくも狂おしい感情の始まりだった。

望む行為希望と言ってもいいのかもしれない。それは人間として生き続けるための必要最低限の種火がフレデリックにともった瞬間であった。

「“みせかけの権力”を“実権”へ・・・」何年かかってもいい権力が手に入ればそれを使い少女もまた手に入れることが出来る。他の誰よりその一番近い位置に自分はいるのではないか。あせらずゆっくりと事を進めればできないことでは無い。フレデリックは自分の運命を呪うのではなく利用しようと考え始めていた。


嵐が来る前の生暖かい風がフレデリックの部屋のカーテンを勢いよくなびかせ部屋に入り込んでいた。

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