第12話 親愛

森の中を紫音を抱え空中を走る二輪車・バイカーを黒鷹は必死に走らせていた。いきなり出口には向かわず万が一追っ手に近づかれたとしても木立を利用して戦い逃げ切れる位置を確認しながら走っていた。どれくらい行った所だろう紫音が小さくささやく。

「クロ・・・クロウもう大丈夫。追ってこない。解るの・・・」

黒鷹はスピードを緩めた助走のスピードに落とすと胸元に抱えるようにしていた紫音が両手を黒鷹の首に回して抱きついて言った。

「ほんとよ。もう追ってこないわ。解るの。大丈夫。・・・クロ。ごめんなさい。勝手に離れてしまって・・・」

黒鷹はバイカーを止め紫音の両肩をつかみ自分から離してじっと顔を見つめた。紫音の大きな紫色の瞳からは大粒の涙が溢れていた。黒鷹はその涙を左手で拭ってやるとふと昔の幼かった頃の紫音と重なるのを感じていた。まだミコでもクロコでもなかった頃の二人。白虎と三人で日が暮れるまで一緒に野原を駆け回り遊んでいた頃の泣き虫紫音。出来もしないのにいつも後を突いてきては転んでベソをかく。帰りはいつも黒鷹が紫音を背負って家路に着いた。小さくてか弱い紫音。いつもいつも黒鷹が守ってきた紫音。黒鷹は紫音の能力を翁から聞いてはいたが緑尽の治癒を行った能力をまじかに見たときにいつもの紫音がどこか遠くへ行ってしまったように感じていた。その自分を今はっきりとバカらしく感じていた。

(その巨大な能力をこの小さな少女がひとりで抱えているのだ。不憫にこそ感じ何を不足に思っていたんだ・・・紫音は紫音で変わりは無い。)

胸の中でしっかりとそう感じた黒鷹は「ふうっ」とひとつ息を吐くと紫音に向かって告げた。

「どこもお怪我はありませんね。心配しました。」

紫音の涙でいっぱいになった瞳は黒鷹のその言葉に不服そうな眼差しに変わった。

「クロ・・・どうして・・・シオとよんで昔はいつも・・・」

そこまでいうと紫音の目からはまた大粒の涙がこぼれてくるのだった。紫音の言いたいことは黒鷹にも痛いほどよく解っていた。四年前のあの日。アメリカ軍の特殊部隊が自分たちの村を襲い紫音の両親と白虎の両親も亡くなったあの日を境に紫音はミコへ黒鷹と白虎はクロコへと変貌した。紫音が八歳、黒鷹が十歳の時のことである。それは村の掟だけではなく自分の意思も含めて決めたことだった。しかしそれと同時にそれまでの幼馴染という関係や言葉遣い、何もかも一切が一瞬にして過去へと消えうせてしまったのも事実だった。黒鷹は自分にも沸きあがってくるこの決め事による主従関係に対する怒りを振り払うかのように紫音を立たせて膝に付いた土を払ってやると紫音の両肩を黒鷹の両手でつかんで勇気付けるように紫音に言った。

「紫音様をお守りするのが俺の役目です。昔と何も変わってはいません。」

そう言って紫音に微笑む黒鷹の漆黒の瞳をハッキリと見ることの出来ない紫音の瞳がおぼろげに捉えていた。紫音には見えなくとも黒鷹の気持ちが手に取るように解っていた。ただこのところ少し自分のことを異なるものと見られているのではないかと不安に感じていたのだった。黒鷹の言葉を聴いてまた黒鷹に触れて紫音は安心した。

「わかり・・ました。」

紫音は小さくうなずくと黒鷹に促され今度は黒鷹の前でバイカーに腰掛けた。後方を気にしながら静かに黒鷹が発信させた。

二人が去った後にはホーッホーッというフクロの泣き声と木立を揺らす夜の風だけが残っていた。


十時もまわろうかという時刻祭りの後。白虎とその周りの数人は祭りの後片付けをテキパキとこなしていた。踊りの簡易舞台や薄紫色のテントを取り払ったりと数十名ががやがやと忙しく駆け回っている。広場の中心には大きな焚き火がたかれ地元の人たちもまだワイワイと賑わっていた。他の土地の大道芸人はまだまだ芸を繰り出している。ピエロの格好をした数名がカラフルなボールの上で逆立ちをしたりおどけた格好で風船で動物を作っては割って子供たちを楽しませている。その祭りの場所に黒鷹と紫音が戻ると白虎が心配そうに駆け寄ってきた。

「紫音様心配いたしました。ああもう。クロ兄私も一緒にお連れください!いつも一人で飛び出していかれて!」

黒鷹が白虎の素直な態度に微笑む。紫音は少し元気が無いように見える。

「白虎ごめんなさい。心配をかけました。」

紫音が下を向いたまま白虎に答える。白虎が紫音の顔を覗き込むようにして怪訝な表情を浮かべた。

「紫音様何か大事があったのですか?」

白虎の素直な心配に紫音は面を上げ肩をすぼめて微笑を作った。

「ええ本当に大丈夫よ。お客様に頂いたウサギは逃げてしまったけど・・・」

白虎は大きな目をさらに大きくして紫音を見つめた。

「ああやっぱり!あのウサギを追っかけていかれたのですね!紫音様らしいけど紫音様に捕まえられるわけないじゃないですか!私に言ってくだされば・・・」

白虎の的が外れた返答を黒鷹が笑いながらさえぎると

「白虎いいから。俺はこれからちょっと翁と話をしてくる。白虎。俺が戻るまで紫音様から離れるんじゃないぞ。それから俺ら楽部隊だけ先に移動するようになると思う。紫音様の分も含めて早く準備にかかるんだ。」

そこまで一気にしゃべると紫音の方へ視線を落とした。舞の衣装のままの紫音を見つめると黒鷹は少し考え白虎に告げた。

「紫音様の衣装を早く変えるんだ。髪の色もめだたないようフードつきのものにしてサングラスかゴーグルで瞳の色も目立たなくするんだ。何かあったらそう白虎お前と変われる様お前は紫音様と同じ出で立ちがいい。たのんだぞ。」

まだ事の自体が飲み込めていない白虎は目を見開いたままで黒鷹を見つめひとつひとつの指示にうなずいていた。




黒鷹は近くで幹部数名と酒を交わしていた翁へ報告に向かった。

道々紫音がいなくなってからのことを思い出していた。

祭りの最中ちょっと目を放した隙に紫音がいなくなった事に気が付いた黒鷹は白虎にたずねるが埒が明かない。祭りに集まった人づてに少女がウサギを追って森の中へ入っていったことを知る。黒鷹はあわててバイカーにまたがると森の中へ飛び込んだ。森の中を少し進むと紫音の歌声が聞こえてきた。黒鷹はバイカーを止め音を立てぬよう歩いてその歌声の方へ近づいていく。木立の間から様子を伺うと逆光で顔は見えないが貴族と思われる格好の青年が湖を右手に腰を下ろし紫音の舞を見つめている。紫音の歌声が月明かりに照らされた湖の中心へ吸い込まれ天高く立ち上っていくようにやさしく響くなか青年はじっと紫音の舞を見つめている。

(危害を加える気はなさそうだ。)

黒鷹は自分の背中に流れる冷たい汗を感じながら息を殺しじっと二人の様子を伺っていた。舞が終わると青年は紫音に近づき握手を求めた。二人が手をつないだ瞬間紫音がぱっと青年の手を振り解く。二言三言言葉が交わされているようだが青年が一歩紫音に手を差し出し近づいた瞬間紫音が後ずさった。黒鷹は咄嗟に飛び出していた。

(あれがアメリカのフレデリック皇太子なのか・・・)

黒鷹は一人事の重さと不安に心をさいなまれながら翁のいる場所まで足を運んでいた。

(“シオン“と自分は叫んでしまった。うかつだった。救われるのはフレデリック皇太子が紫音にも自ら名乗っていなかったことかもしれない・・・)

黒鷹が翁のいる場所へ向かうため祭りの場所から離れるごとに人の声もなくなり闇がどんどん深まっていくように感じられた。これからの自分たちの行く末を阻むかのように黒鷹の頬を風が少し強く打ち付けていた。

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