第11話 主従

アメリカの城ではフレデリックがいなくなった事に気がついた近衛部隊がザワつき始めていた。

齢二十一歳にして軍の少尉である自由人じゆうどは二メートルはあろうかと思われる長身に各戦線で鍛え抜かれたと思われる太い腕引き締まった腹筋と高く盛り上がった腿の筋肉をウエットスーツのようなぴったりとした衣の下で誇らしげに揺らしながら宴会の会場を横切り城の内部にある司令室へ入ってきた。古代ローマの兵士のようなデザインのしかし最新鋭の材質を使ったよろいを身につけている。黄色い肌に切れ長の黒い瞳白い毛髪を赤い組みひもでくくっている。体格はがっしりしているが顔つきだけをみるとアジア系の民のように見える。

司令室はまるで古代ローマの神殿のような作りで高いドーム型の天井にはモザイクタイルで聖人たちの顔が描かれていた。天井の一番高いところにはモザイクタイルで作られた金色のバックにアメリカの神キリストが描き出されている。それをとり囲むようにヨハネペテロなどの顔が描かれていた。壁面は大理石で作られ太い柱の節々には掘り込んだ凝った装飾が施されていた。

その司令室には五名の兵士が集め並べられていた。どの兵士もおびえきった表情で顔には流れるように汗をかいている。自由人はその兵士たちの方へに一瞥をくれると低い声で告げた。

「今夜のフレデリック様の周辺を警備する担当のものはお前たち全員か?」

右端の兵士がぎゅっと目を瞑り敬礼をすると大きな声で自由人に返事をする。

「そうであります!この五名が担当でありました。申し訳ございません!」

自由人はニヤリと不敵に片頬だけで微笑むと

「そうか謝ると言うことはこれからどうなるか解っているということだな。」

そう言うと素早い身のこなしで横並びの五人の兵士を順に殴り倒していった。腹にあごに次々の繰り出されるパンチをくらった兵士は「ぐうっ!」という悲鳴とも嗚咽とも付かない声と共に次々と膝を付き口や鼻から血を流しながら倒れこんだ。自由人は「ふうっ」と息をはくと同時に両足でポンポンとジャンプしボクシングのジャブを繰り出す体制を整えた。その時奥の扉から両扉を勢いよく開け放って元師のサイモンが部屋へ入ってきた。サイモンの後に兵士が数十名一斉に室内に入りサイモンを中心に扇形に陣形を取り居並ぶ。自由人に倒された兵五名がよろけながらもあわてて立ち上がり敬礼の姿勢をとる。

「そこまでにしてもらおう!ジュード少尉。彼らも私の大切な兵力なのでな。」

プラチナブロンドの長いストレートヘアーをなびかせ薄く青い目をしたこの細身の元師は自由人とは対照的に黒いアメリカ軍の正装の軍服に襟元までぴっちりと身を包んでいた。肩には金色の装飾で飾られた房が揺れている。白地に金糸銀糸で飾られた太いサッシュベルトには最新鋭の銃が差し込まれている。何より他の兵士と一線を画するのはその胸を数々の輝く勲章が飾っている事であろう。身の丈は自由人には及ばないものの有に百九十センチはあり数々の戦を勝ち残って来たにふさわしいその鋭い眼光と体格は二十八歳の若さですでに周りの兵士に圧を与えるには充分な風格を保っている。細面の顔立ちと高すぎる鼻薄い唇からどちらかと言うと冷たい印象を受ける。実践で培われた実力に加え代々の軍人家系に生まれ育ったというサイモンのプライドはその一層の重厚感に一役買っていた。

サイモンは自由人の前に立ちはだかった。その威厳と眼光の鋭さは自由人を威圧するオーラを放っていた。サイモンは右手に持っていた月光石が埋め込まれた杖で自由人のあごをぐっと押し上げると左眉を高く上げ左頬だけでニヤリと笑った。たまらず自由人が目をそらす。

「ほうっ立場をわきまえておるようじゃ。私に対する挨拶の仕方は教えたはずだが。」

「くっ」

と小さく声にならない息を吐くと自由人はサイモンに対し最敬礼の体制をとった。右手をくの字に曲げ右のこめかみにぴたりと当てるとぴんとまっすぐに伸びた姿勢で片足を地面にドンと打ち鳴らした。視線はサイモンのはるか上方を見つめている。

「YES SER!」

と半ばやけにも聞こえる大声で敬礼をするとそのままの姿勢で微動だにせず立っている。

「ふふん。」

とサイモンがせせら笑いながら自由人のあごから杖をはずした。黒いマントをひるがえしながら自由人に背を向けると高座になっている真紅の司令官席にゆっくりと近づき腰を下ろした。周りの兵士に片手で部屋から出るように合図すると取り巻いていた兵士たちが「はっ!」と一斉に敬礼し部屋から出て行った。部屋の中には自由人とサイモンの二人が対峙する形になった。

サイモンはゆっくりと葉巻に火をつけながら一段下に立っている自由人を見下ろした。さらに一口煙をゆっくりと吐き出し自由人に告げた。

「フレデリック様は帰っておられる。安心するがいい。もっともお前が本気でフレデリック様の心配をしておるとは思っておらぬが・・・」

そう言いよどむとサイモンは葉巻の火を消し自由人のこめかみの辺りを見据えながら左眉だけを高く上げてゆっくりと話し始めた。

「お前が我がアメリカの軍に自分の民であったヤマトのミコについての情報をもたらした時我が軍部のほとんどの幹部はその情報を聞き出した後お前を処刑するよう目論んでおったのは知っておろう。そしてそれを食い止め、お前を特別に我が部隊の少尉の地位を与えたのも唯一人私の独断であったのもな。それはお前の個人的な戦力だけを見込んだ訳ではない。ヤマト・・・あの民のことはその民自信でないと探すこともその能力を今以上に知ることも出来ぬと踏んだからだ。私の目的はあの民の“ミコ“の能力を我が軍の戦力に加えること。お前の目指すものが私と異なっていようがそこに行き着くまでの手段は同じだ。一時も早くあれらを捉えるために互いの力を利用し合う。そうであろう。自由人。」

「ははっ!」

自由人は跪き頭をたれる。サイモンはその凍りついた湖の底のような瞳で自由人を見据えながら続ける。

「私は軍人だ。政治家ともましてやフレデリック様のような貴族とも考え方を異にする。結果を得るための手法はどんなものでも利用する。特に最短で最大の効果を上げるものは珍重する。」

サイモンは薄く笑みを浮かべ椅子から深く乗り出すと自由人のあごを再び杖で押し上げ自分の顔と対峙させた。サイモンの左眉だけが高く上がっていた。

「お前も自分の求めるものを早く探し出せ。ルビーの瞳を持ったクロコ“アコウ”をな。」

その言葉に自由人の瞳が一瞬かっと燃え上がる。その瞳を見てサイモンがうれしそうに微笑み自由人から杖をはずし椅子に背中を預けた。

「下がってよい。」

そう言うと葉巻に再び火をつけゆっくりと煙をくゆらせた。自由人は立ち上がり再度敬礼をすると足早に退出した。細く煙をくゆらしながら遠くを見つめてサイモンがつぶやいた。

「ヤマトの言葉で“自由人”と書いてジュードと読む。“自由人”・・・FREEDOMという意味か・・・“自由人”我がアメリカの読み方では“JUDE”“ユダ”・・・皮肉なものよ・・・」

部屋のドーム型になっている天井の一番高いところにあるキリストの絵がじっとサイモンを見下ろしていた。

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