第3話
ぷいっとそっぽを向いてマスカットを口に入れる鈴乃。
と、丁度その時玄関のチャイムが鳴り、鈴乃がとててーと玄関に向かった。
「はい? ……ああ、少々お待ちください」
今度はリビングの扉からひょこっと顔を出した。はいはい、可愛い可愛い。
「正吾ー、シロネコ急便だってー」
「ああ、そういや母さんが野菜とか米を送るっていってたっけ。出てもらえるか?」
「あーい」
再び玄関に戻り、ドアがちゃ。
「やあいらっしゃい。可愛い白猫ちゃん」
「……へ? ぁ、ぇ……?」
あ、この対応、相手は女性だな。
「道に迷っちゃったのかな? それとも、私に会いに来てくれたのかな?」
「ふぇ!? ち、ちが……!」
「何だ、違うんだ。私は君に出会えて、運命を感じているのに」
「う、運め……!?」
「ふふ、冗談だよ。可愛い白猫ちゃん。
「……あ、あの……今度お時間……」
「ごめんね。私は誰にも縛られたくないんだ。私も、心は君と同じ白猫。自由気ままさ」
「はぅ……」
「じゃあね。お疲れ様」
ばたん。とてとて。
「やっさいーやっさいーおっこっめ~♪」
「お前、いつか刺されるよ?」
「!?」
◆
見事にクッキーもオムライスも食べ終えた俺達は、皿洗いを終えると日課の勉強を行っていた。
学生の本分は勉強。ここははき違えてはいけない。
特に俺達は親元を離れて生活をしている身だ。成績だけは確保しないと。
本当なら社会経験も兼ねてバイトもしたいところ。
だけど鈴乃の両親から『バイト代も含めてお金を出すから、うちの娘の面倒を見てほしい』と念を押されてバイトが出来ない。
それどころか、高校生の俺達には過ぎた額の仕送りまでしてくれる始末。
こんなにあっても罪悪感で使えないんだが……。
まあ、俺達も趣味らしい趣味もないし(強いて言うなら鈴乃のお世話が趣味)、今は大人しく勉強だけしている。
つまんない学生生活だって? 鈴乃の顔を眺めていられるだけの学生生活とか最高オブ最高だからな、俺の鈴乃好きを舐めんなよ。
「で、ここで右辺にこれを代入して」
「ああ、なるほど。そうか」
因みに勉強になると俺より鈴乃の方に分がある。
授業を聞くだけでテストではいい点を取れる上に、普段こうして勉強までやっているのだ。学年一桁台の実力は伊達じゃない。
そんな俺も、鈴乃にこうして勉強を教えてもらってようやく学年二十位台。これが根っからの頭の出来の違いか。泣けてくるね。
時計の秒針が進む音と、ノートに書きこむシャーペンの音。そしてたまに俺の質問に答えてくれる鈴乃の声しか聞こえない。
いつものことだが、俺はこの時間が割と好きだ。
そんな勉強会も、気付けば二十時を超えている。そろそろ休憩に入るか。
「鈴乃、ちょっと休憩にしよう。いつものでいいよな?」
「ココア!」
「はいはい」
俺もかなり頭を使ったし、今日はコーヒーじゃなくてココアにするか。
二人分のココアを淹れようと立ち上がりキッチンに向かうと、鈴乃がテレビを点けた。
「あ、お母さん」
「ん?」
鈴乃の声に吊られてテレビを見る。
おお、ホントだ。散歩のバラエティ番組に出てる。
人妻だがもうすぐ十七歳の娘がいるとは思えないほどの肉体美。
しわが少しもない、二十台前半と言われても信じられる可憐な容姿。
美しいというより、可愛いという言葉が似合う鈴乃のお母さん、
お笑い芸人からの振りを的確に返す頭の回転の速さ。
山道を歩くスタッフへのさりげない気遣い。
たまに見せる天然のボケ。
そして一緒に映っているもう一人のゲストのアイドルを立てる言葉遣いと仕草。
どんな男でも虜にするであろう、完璧な美女がそこにいた。
「ほえぇ……お母さん、やっぱ凄いなぁ。……何だか声聞きたくなっちゃった」
鈴乃はスマホを取り出し、電話を掛けた。しかもスピーカーをオンにして。
『もしもしスズ?』
「あ、お母さん」
……凄い。相変わらず、脳を痺れさせる甘い声だ。
姫モードの鈴乃とも違う。どこかエロスを感じるのも、やはり生きてきた年数の違いなのか。
鈴乃も将来こんな声を出すのかと思うと、今からちょっとワクワクする。
大人になった鈴乃のことを考えていると、スマホの向こう側から輝乃さんが声を掛けてきた。
『どうしたの、こんな時間に?』
「ううん。ただ、お母さんが出てるテレビ見てたら声が聞きたくなっちゃって」
『あらあら。お母さんが恋しくなっちゃった? おっぱい飲みに来る?』
「い、行かないよ! もう、変なこと言わないで!」
『ええー、でもスズもしょーちゃんも、三歳くらいまで私のおっぱい飲んでたのよ。逆に竜子さんのおっぱいも二人で飲んでたし。懐かしいわねぇ』
え、ちょ、マジ!? 俺にそんな過去があったの!?
あの月宮輝夜のおっぱいを吸ってた!? しかも三歳まで!?
うおおおおおおおっ! 思い出せ俺の灰色の脳細胞! こんな時に頭を使わないでいつ使うんだよおおお!!
「むぅ……ちょっと正吾」
「……な、何だよ」
「顔が気持ち悪い」
「シンプルにディス!」
い、いや、確かに今のは俺も気持ち悪いなーって思ったけど……だってあの月宮輝夜だよ? 甘やかしてほしいタレントランキング五年連続一位のあの月宮輝夜のおっぱいを飲んでたんだよ? そりゃこうもなりますよ、ええ。
……ごめん。本気で謝るから、そんな冷たい目をしないで。
『あら、しょーちゃんもいるの? こんばんはしょーちゃん』
「あ、うん。こんばんは、輝乃さん」
『大丈夫? スズの面倒を見るの疲れてない?』
「大丈夫だよ。俺も鈴乃の面倒をみるの好きだから」
『疲れたらいつでも帰って来なさいな。私のおっぱいで癒してあげるから』
「マジすか」
『冗談よ』
「ですよね」
冗談と分かっていても、この魅惑の誘いにはちょっと心ときめいてしまった。
でもこの人に手を出すと、マジでお父さんのエゴールさんに殺されかねない。天国と地獄は紙一重。気を付けよ。
「もうお母さん! 心配しなくても、正吾が疲れたら私のおっぱい揉ませるから大丈夫だよ!」
『あらあら。本当にこの子はしょーちゃんのことが好きねぇ』
「そそそそそそんなんじゃないから! お礼! いつものお礼なだけだから!」
いやお礼だとしてもおっぱいは揉まないからな!?
俺だってその辺の分別は付いてるから!
てかこの家族おっぱいネタ多すぎないですかね!? 鈴乃のおっぱいネタは母親譲りか!
美人二人のおっぱいネタに顔を赤らめていると、スマホの向こうから何やら大きな声が聞こえた。
『テルノ、ただいマ~!』
この独特のイントネーション、鈴乃のお父さんのエゴールさんだ。
『あら。あなたお帰りなさい。丁度良かった、今スズから電話が……』
『仕事疲れたヨ! おっぱい飲ム!』
『えっ。ちょっ、ま、待ってあなた……!』
『いただきまース♪』
『あっ……』
プツッ。ツー、ツー。
切れた……。
「…………」
「…………」
……絶望的空気。どうするよ、これ。
「……鈴乃。弟と妹どっちがいい?」
「怒るよ」
さーせん。
気を取り直してココアを二つ淹れ、俺達は輝乃さんの出ている番組を見ながら、少しの間休憩をするのだった。
【あとがき】
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