第2話

 じゃあ告白すればいいだろうって?

 それも出来ない事情がある。


 実は鈴乃には好きな人がいる。……らしい。


 らしいというのは、鈴乃の口から好きな人がいるっていうのを聞かされているだけで、名前も顔も分からない。

 もし王子モードで好きになった人なら、もしかしたら相手は女の子なのかもしれない。


 ヒントとしては。



『えっと……とにかくかっこよくて、優しくて、私のわがままを聞いてくれて……時々可愛いんだけど、それがまた愛おしくて……私にとっては王子様みたいな存在、かな……?』



 これだけだ。

 なるほど、分からん。

 どこの誰だそんな完璧超人。


 この鈴乃をして王子様みたいな存在と言わしめるなんて、どんな奴なのか。ぶっちゃけこれを聞いた日には夜も眠れなかった。


 嘘、今でもたまに眠れない。

 あー、でもあの時の鈴乃の恋する乙女の顔、可愛かったなぁ、好き。

 あ、その恋する乙女の顔俺に向けられてないじゃん、しょぼん。


 話が逸れた。


 それに加え、なんとそいつは鈴乃の王子様としての師匠だと言う。

 直接の師匠というわけではなく、遠くから見て学んだらしい。

 今の鈴乃の王子モードは、そいつが元になっているのだとか。くそっ、余計気になるじゃねーか。


 まあそんな事情があり、俺は鈴乃に告白が出来ないでいるのだ。


 こんなガチで恋する乙女に告白しても、結果は火を見るよりも明らか。

 だけど……こいつが何でそんな王子キャラを作ってるのか分からない。


 小学校低学年の頃は、まだ外でも姫モードだった気がする。

 女の子受けはあまり良くなかったが、それでもいじめやケンカにはならない程度の交友関係も築けていた。


 鈴乃の心に変化があったのは、小学校高学年の頃からだろうか。


 その辺のタイミングで、鈴乃は王子キャラを演じるようになった。

 女の子故の早熟した気持ちなのか、それとも思春期というやつか、はたまた王子師匠への憧れか。最後だったら悲しすぎる。泣ける。



「はむっ。あぁ、うまぁ~……! 正吾のお嫁さんになる人は、毎日こんなお菓子が食べられて幸せだねぇ」



 くっ……! こいつ、人の気も知らないで……!



「毎日食ってたら太るだろ。まあ、鈴乃はちょっと太っても可愛いと思うけど」

「かわ……!?」



 ……何でこいつ、この程度で顔を真っ赤にしてるの? 可愛いとかかっこいいとか、普段から言われ慣れてるだろうに。

 何を考えているのか、鈴乃はぐぬぬと唸り声を上げて俺を睨んできた。何してんだか、こいつは。

 鈴乃の可愛い睨み顔にほっこりしてると、外から十七時を告げる町内放送が流れた。



「っと、もうこんな時間か。じゃ、鈴乃は好きに食ってろよ。俺は夕飯の準備もするから」

「! オムライス!」

「はいはい」



 エプロンを着て、予め切って冷蔵庫に入れておいた具材を取り出す。

 今日はシンプルにチキンライスのオムライスだ。


 フライパンを温め、バターを溶かしながらここ最近のことを思い出す。

 こうして、こいつがこの家で一緒に飯を食うようになって一年か。

 長いようで、一瞬にも満たないような感じがするな。


 凛麗学園に入学し、俺と鈴乃は揃って親元を離れて一人暮らしをすることになった。実家のある茨城からしたらかなり遠いからだ。そこはしょうがないだろう。


 だが、志望校に合格したら一人暮らしをすると両親に伝えた時、俺はともかくとして、鈴乃は両親から大反対されたらしい。


 こいつの甘えん坊は天下一品だ。今までろくに包丁を握ったこともなければ、家事をやった試しもない。

 そんな状態で一人暮らしはされられないと、親父さんとお袋さんからきつく反対されていた。


 そんなときに助け舟を出したのが、俺のお袋だ。



『なら、正吾の住むアパートの隣に住んだら? そうしたら正吾も鈴乃ちゃんのお世話を出来るし、鈴乃ちゃんも嬉しいわよね』



 この提案に、月宮家一同手放しで大賛成。

 まあ今更だが……思春期の男女がほぼ半同居状態ってまずくない? いや俺は嬉しいけどね。役得という意味で。


 ともかくそんな理由で鈴乃は朝晩はうちで飯を食い、昼の弁当も俺が作り、週一で鈴乃の部屋を掃除したりと大忙し。

 だけど、こんな生活も悪くない。いや、好きな人のために好きでやってることだから、むしろ嬉しい。超ハッピーだ。イエイ。まあ俺が好かれることはないけど。ぐすん。



「正吾、泣いてる!? だ、大丈夫? おっぱい揉む?」

「な、泣いてない。あとその言葉誰かれ構わず使うなよ。特に王子モードのときは」



 どこでそんな言葉覚えてきたのやら……お母さん悲しいわ。お母さんじゃないけど。

 だが俺の言葉が不満だったのか、鈴乃は頬を染めて抗議の目を向けてくる。



「べ、別に誰にも言う訳じゃ……わ、わ、私は……にしか……」



 言葉尻がすぼんでよく聞こえなかった。

 けど、ちょっとだけムッとしてるような。



「あ、悪い。別にお前を尻軽だって言う訳じゃないんだ。ただ、お前の言葉を一番よく聞いてるのはお前だ。自分で自分の品格を落とすような言葉は言わない方がいい」



 これは俺が常々言っていることだ。特に鈴乃には口を酸っぱくして言っている。

 油断するとすぐにこういうことを言うからな、こいつは。



「あの可愛い後輩ちゃんにも同じようなこと言ってたろ、お前が気を付けないとな」

「えっ! ききき聞いてたの!? どこから!?」

「最初から」

「い、言っておくけど、あれは私の言葉じゃないからね! 正吾が口を酸っぱくして私に言うもんだから、ついつい口を突いて出たというか……つまり正吾が悪い!」

「なんでだよ」



 言葉を口にしたが本人なら、自分の言葉に責任を持ちなさい。

 俺のせいにするとは、なんて奴だ。


【あとがき】

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