第1話
「よ。ん~、いい香りだ」
オーブンから耐熱プレートを取り出すと、カラフルに彩られたクッキーがいい感じに焼きあがっていた。
これこれ、クッキーと言ったらやっぱりこれよ。出来立て、最高オブ最高。
それを綺麗に皿に盛りつける。側にはディップ用のチョコレートソース。ケーキスタンドには切ったバナナ、イチゴ、マスカットが並べられている。
「準備は万端っと」
あとは紅茶を入れるだけだ。
と、その時。
ピンポーン。
お、ナイスタイミング。流石俺、抜かりない。
ピンポーン。ピンポーン。……ピポピポピポピポピ――
「はいはいはいはい、今出るから」
だから連打は止めろっていつも言ってるだろ。
そっとため息をついてから、いつものように玄関を開く。
玄関が開いた瞬間、春風が外から入ってくると同時に俺の鼻をくすぐったのは、甘いミルクのような香り。
煌々と燃える西日が俺の目を焼く。
しかし玄関先に立っている女の子は、西日の中でも負けない存在感を醸し出していた。
見慣れたミドルヘアの銀髪。
切れ長の青い瞳。
神が造形したと言われても信じられる整った容姿。
ブレザー越しでも分かる圧倒的なプロポーション。
凛麗学園二年一組。学園の王子様こと、月宮鈴乃がそこに立っていた。
「よう、お帰り。お疲れ様」
「ただいま!」
俺の労いの言葉に、彼女は学園で見せる爽やかな微笑みとは違い天真爛漫な笑みを浮かべて返事をする。
そんな彼女が玄関先に鞄を置くと、そのまま何かをねだるように俺の方に両腕を突き出した。
いつものことだ。
「んっ!」
「はいはい。ほら」
俺が鈴乃に近づくと、ひょい。
肩と膝裏に手を回して持ち上げた。いわゆるお姫様抱っこだ。
俺の首に腕を回した鈴乃は、幸せそうに顔を破顔させた。
「えへへ~。正吾の抱っこ好きぃ~」
「知ってるよ。全く、お前はいつまで経っても変わらないな、鈴乃」
「私が変わらないのは正吾の前だけだよっ」
「それも知ってる。さ、もう準備は出来てる。お茶会にしゃれ込むとしようか、お姫様」
「はーい♪」
◆
リビングに入ると鈴乃は俺の淹れた紅茶で口を濡らし、出来立てのクッキーを食べて声にならない声を上げた。
「~~~~っ! やっぱり正吾の作るお菓子は最高だぁ~……!」
「そう言ってくれると、作ったかいがあったってもんだ」
「クッキーも色鮮やかで可愛いし、フルーツもハート型に切られてる! かわわぁ~」
学園の王子様はどこへやら。
今俺の目の前にいる月宮鈴乃は、お菓子と紅茶で子供のような笑みを浮かべる、ただの女の子になっている。
そう、これが月宮鈴乃の正体だ。
学園の王子と言うのは、月宮鈴乃が作り出したキャラクターに過ぎない。
本当は甘いものが大好物で、可愛いものに目がない、普通の女の子……いや、お姫様と言ってもいい。
勿論このことは凛麗学園の誰も知らない。
このことを知っているのは、物心がつく前から一緒にいる幼馴染の俺と、俺の家族、鈴乃の家族くらいだ。
俺はこの状態の鈴乃のことを、王子モードとは反対に姫モードと呼んでいる。
姫モードのときの鈴乃はとにかく甘えん坊だ。
昔はここまで甘えん坊じゃなかったが、今では王子モードの反動なのか、かなりの甘えん坊になっている。
あのお姫様抱っこも、ここ一年はずっとこんな感じだ。
まあ、こんな鈴乃も可愛くていいんだけどね。こんな所、学園の奴らには見せられないなぁ。
「ん? どうしたの正吾。私の顔に何か付いてる?」
「……いや、口がチョコレート塗れだぞ。あー動くな、とってやるから」
予め用意していた濡れタオルを使い、鈴乃の口周りを綺麗にしてやると……ふに。うっ、唇に触っちまった……!
「ん~っ。えへへ、ありがとう正吾」
「……おう……」
鈴乃は何もなかったかのように、再びクッキーを口に頬張った。
俺が唇に触れても全く意識されない……やっぱり、男として意識されてないんだなぁ、俺。ちょっと……いや大分ショック。
隠すこともないから言っておくが、俺は鈴乃のことが好きだ。
一緒に育ってきたから故の家族として、ではなく、異性として鈴乃を意識している。愛していると言ってもいい。
LIKEではなくLOVEだ。
皆の衆、よく考えてみてくれ。いや考えなくていい、感じてくれ。
普段外では凛々しく、そしてかっこよく振舞っている女の子が、自分の前だと甘えべたべたモードで優しく微笑みかけてきてボディタッチすら普通に許してくる、そんな超絶世の美少女の幼馴染。
そそるだろう? 俺は今まさに、そんな状態なのだ。
【あとがき】
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