激光
『キャノンシーケンス、スタート!』
アイズネクストの艦首が、変形を開始する。
鳥の嘴めいた先端が左右に割れて、露わになった船体の断面から、鋭角的な船体には酷く不釣り合いな、武骨なスリット状のパーツが鈍色に輝いて現れた。
アイズネクストの虎の子、ハイパールリアリウムバスターキャノンの砲口だ。
『ルリアリウム・レヴ接続、エネルギー充填開始、圧力正常、フィールドブレーキ……力場固定!』
『エネルギー充填75パーセント!ラヴィー式安全弁……解放!』
『総員、対衝撃対閃光防御!りっちゃん、直撃はさせるな!掠める程度で良い!!』
『不本意ですが合点ッ!!』
アイズネクストの砲口に光の粒子が……猛る乗員の精神エネルギーが集束していく。
美しく、激しい光……
「タイミングは、バッチリだねぇ……!」
正直は、正直の駆るエムレイガ攻め掛かるK.M.Xたちを次々易々といなしながら、頭上の輝くアイズネクストを嬉々と見上げた。
【自爆装置作動まであと30秒】
【緊急脱出を推奨します】
エムレイガの装甲各所から、ルリアリウムエネルギーの光が漏れ始める。
アイズネクストの一撃必殺の
会津若松で行われるだろう新たな戦いに続く、
【自爆装置作動まであと20秒】
【緊急脱出を推奨します】
正直のエムレイガは、ゆっくりと歩を進める。
鋼の足で、猪苗代の大地を踏んで……相対する敵陣の、中心を目指す。
『う、撃てっ!撃てぇぇっ!!』
K.M.Xたちは幾重にも隊列を組んで、簡易型ディゾルバーのライフルモードを一斉射する。
しかし、降りしきるビームの雨は、エムレイガの数歩手前……装甲から漏れ出る光の霧に、綺麗にかき消された。
正直のエムレイガは、時緒のエクスレイガを助ける為に登場してからずっと、無傷のままだった。
『だ、駄目だっ……!こ、攻撃が通用しない!!』
『ひぃぃぃぃ!?』
『何なんだコイツは!?俺たちは一体何と戦っているんだ~~!?』
『ひ、怯むんじゃない!う、撃て!撃ちまくれ~~!!』
混線状態になった通信機から、そして、ルリアリウムの波動を通じて、防衛軍兵士の恐怖が、正直に伝わってくる……。
正直は、少々彼らを気の毒に感じた。
権力を翳して、無銭飲食だの恐喝だのしていた彼らだが……。
曲がりなりにも、自分の我が儘に付き合って貰う形になってしまい、正直は苦笑せざるを得なかった。
最も、そんな同情は、時緒たちに対する期待の前に、ものの数秒で消滅してしまったが……。
【自爆装置作動まであと10秒】
【緊急脱出を推奨します】
正直は、再びアイズネクストを見上げる。
希望の明日の為に、若者たちを乗せた、夢の方舟――!
「時緒……!しっかり頑張るんだよ……!フミちゃん、修二、ハルナちゃん、ナルミちゃんに、ゆきえちゃん……そして……正文!」
さぁ、最後の刻だ。
正直は満面の笑顔で、アイズネクストに向かって親指を立てた――。
「皆……グッドラック……!」
『ハイパールリアリウムバスターキャノン!
アイズネクストの艦首から光の奔流が――超極太の粒子ビームが――猪苗代の空を白く染める。
【3……2……1……自爆装置作動――】
同時に、正直のエムレイガが、その身の内から溢れた光に包まれた。
『な、何をしているのです!?よ、避け――』
『間に合いませんッ!!』
『お、おのれ神宮寺ィィィィ!!』
アイズネクストが放ったバスターキャノンが、松風の船底を焼いて、溶かし――。
『に、逃げ――うわぁぁぁぁっ!?』
『嫌だ!嫌だ――ぎゃ~~~~っ!!』
『お、お前ら!オ、
エムレイガの自爆の泡沫が、逃げ惑うK.M.Xを、一騎たりとも残すことなく、飲み込む――。
天と地で炸裂した二つの
そして……。
「何だ……?この光……?」
「凄い……暖かい……!」
「何だろ……体が軽い!」
「何か……ウキウキするぞ!」
余韻はルリアリウムエネルギーの粒子になって、猪苗代に住む人々を、その
※※※※
「…………!」
エクスレイガのコクピットの中で、時緒は急に顔を強張らせ、立ち上がる。
「何にゃ時緒?ウンコしたいん?てゆーかグミ持ってないん?」
「…………」
暇を持て余している佳奈美に、時緒は応えられない。
「時緒はウンコ味のカレーとカレー味のウンコ、どっちが――」
「カレー味のカレー……。佳奈美ゴメン……しばらくシャラップ」
「オゥ……」
確かに……感じた。
視力を失った代わりに鍛えられた、
――時緒、しっかり頑張るんだよ……!
「…………師匠?」
正直の研ぎ清まされた気配が……一気に膨らんで……そして――
「師匠の気が……消えた……?」
時緒の肌が、粟立つ。
師匠が、いなくなった……?
一抹の寂しさが、微かな悪寒になって時緒の背中を駆け抜けた。
『通達!』
不意に、通信機から嘉男の声が響く……。
『防衛軍の戦艦、撤退!防衛軍の戦艦は撤退しました!戦闘状況を終了します!時緒君や文子さんたち!コクピットから出て来て大丈夫ですよ!!』
嘉男の通達に、時緒は安堵して溜め息を吐いた。
時緒は逸る気を懸命き抑えて、エクスレイガの背部コクピットハッチを開き、格納庫のキャットウォークへと飛び降りる。
真新しい金属の匂いが時緒の鼻を擽る。
「時緒!」
「「時緒~~っ!!」」
広い空間のあちらこちらから、人の気配が駆け寄って来るのを、時緒はしっかりと察知した。
茂人に、整備班の人たち……!
「時緒くんっっ!!」
少女の、一際甲高い声が、時緒の澄まされた鼓膜を震わす。
時緒は、顔を綻ばせた。
ずっと、会いたかった……その内の一人の気配を、時緒は痛い程に察知した。
だから時緒は、声のする方向に顔を向け、頭を下げた。
「ただいま……真琴……!」
「……お、おか……おが……おがえり……どぎおぐん!!」
※※※※
ほぼ、同時刻。
郡山駅前ビル、【ビッグアイ】、展望台――。
「…………」
バスター5、熊谷 克己は、恐々としていた。
「あの……」
熊谷は思いきって声を掛けてみる……。
「…………」
だが、目の前の男……バスター2、久富 俊樹は熊谷に応えることは無く……。
「隊長……何故です……隊長……何故です……隊長……何故です……隊長……隊長……」
ぶつぶつと呟きながら、眼下に広がる郡山の市街地を眺めていた。
娯楽と音楽、東北の人情に溢れた情報発信都市……だが、今の久富の虚ろな目には、ただの雑多な鉄筋コンクリートとアスファルトの集合体にしか見えない。
フロアが微かに揺れる。
防衛軍の輸送ヘリが二機、飛んでいく。
ヘリの下には、中破した久富のK.M.X二号騎が牽引ワイヤーで、磔刑のような格好で吊り下がっていた……。
「と、樋田先輩は……何故あんなことを……」
場の雰囲気に耐えられなかった熊谷は、つい樋田の名を口にした。口にしてしまった。
「…………!」
久富が、ピクリと肩を震わせ、熊谷を見た。
「ヒッ……!?」
熊谷は恐怖に後ずさる。
久富の、ひび割れた眼鏡……その奥の瞳が、どす黒い怒りをはらんで、爛々とぎらついていた。
「そうだ……樋田……!奴の所為だ……!何もかも奴の所為だ……!樋田……樋田樋田樋田ァァァ……ッ!!」
怒りの唸りをあげる、久富。
――僕には荷が重過ぎますよぉ……渡辺先輩ぃ……!
熊谷は涙目になりながら、つい先ほど、離反した渡辺から受けた通信を思い出していた。
『熊谷さん、私のスパイになってくれませんか?取り敢えず久富さんから離れないよう……。悪いようにはしません。……断ったら……熊谷さんアナタ地獄に堕ちますよ?』
続く
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