午前九時の挑戦状



『おおっと!お遊びはここまでじゃ!それでは御傾聴――』



 突如、画面に映る喜八郎のガキ大将めいた顔が歪み、立体ウインドウは砂嵐にまみれた。


 青木や松井艦長が唖然とする中、松風オペレーターが汗だくで報せる。



「さ、更に強力なハッキングです!」

「何だと!?」

「軍用回線だけじゃありません……!これは……民間のテレビやネット回線も……!ど、同時に掌握されていきます!!」



 ハッキング?防御対策はどうなっている!?


 青木が焦燥の目でオペレーターたちを見る。


 彼らは必死に液晶パネル上のキーボードを連打していたが――



「時間差の表示……!?もう既に感染していた……!?」



 やがて……キーボードの傍らに手を置いて、諦めた。


 青木は、更なる緊張に唾を飲み込む。


 民間の回線までもが、イナワシロ特防隊に掌握されている……?


 どくどくと、心臓が早鐘を打つ。


 胃が蝕まれる。


 嫌な予感が、悪寒になって、青木の背中を伝った。



「映像……出ます!」



 松風の艦橋の誰もが、メインモニターに釘付けとなる。


 十数秒続いた砂嵐画面が晴れて、映ったのは――



『ああ……主水クン?映ってるのかコレ?』

『映ってますし、流れてます』

『おっと、やっべえ』



 ショートボブの、鋭い目付きの、女……。


 青木が、捕まえようと、悪として祭り上げようと、ずっと探していた、女。


 しかし、混沌としている今の局面では、会いたくなかった、女!



『そして、この映像を観ている全ての人たち……。特に、猪苗代の奴ら。嫌な思いをさせちまって、ホントに済まねぇ。私が……イナワシロ特防隊司令の――』



 椎名 真理子――!





 ※※※※




「真理子さんだ!」

「真理ちゃんだ!?」

「何ナニ!?」

「真理子さんだって!?」

「テレビに真理子さんが映っているってよ!!」

「何で真理子さんが!?」



 日曜日、午前九時。


 猪苗代町、一般市民の驚きは、猪苗代湖上空で戦う戦艦から……テレビ画面へと移動する。



『この映像を観ている全ての人たち……。特に、猪苗代の奴ら、嫌な思いをさせちまって、ホントに済まねぇ』



 暇をもて余した休日のサラリーマンが。


 布団を干そうとしていた主婦が。


 日曜朝ニチアサの特撮ヒーロー番組を観終わった子どもたちが。


 和菓子屋の店員が。


 スーパーマーケットの店長が。


 レストラン【きむらや】の、伊織の両親が。


【丹野神社】の、律の両親が。


 焼肉屋【田淵】の、佳奈美の家族が。


 神宮寺邸の、真琴の家族が。


 テレビの中で、粛々と頭を下げる真理子に注視する。



『私が……イナワシロ特防隊司令の……椎名 真理子だ……!』



 そして皆……唖然とした――。



 椎名 真理子!椎名 真理子が――!?




『猪苗代の皆にはもっと早く公表するつもりだったが、防衛軍とのゴタゴタの所為で、こんなに遅れちまった。そのことに関しても、謝らせて欲しい……』



 画面の中で真理子は、再び頭を下げる。



『私たちイナワシロ特防隊は、来るべきルーリア銀河帝国の来訪に対して設立された組織だった。勿論、エクスレイガもルーリアの騎士たちとの戦いを前提に開発された決闘兵騎だ』



 真理子の瞳が細く、鋭い光が、放たれる。



『ルーリアとの戦い以外に、何の思惑も無い。ましてや……防衛軍を闇討ちするなんざもっての他だ。エクスレイガのパイロット……は、例え私が命令したとしても、そんな武士道に背くこたぁしねぇ!』



 猪苗代の人々の殆どが、更に驚く。


 或る者は飲んでいた茶を噴いた。


 或る者は椅子から滑り落ちた。


 子どもたちは、ワッと歓声をあげた。


 真理子の息子、時緒が――!


 町中ですれ違えば必ず挨拶をする、子どもたちの手本ヒーローだった時緒が――!


 車が見当たらない道路でも、歩行者信号が青になるまで待ち続ける時緒が――!


 健康優良、夏休みラジオ体操無遅刻無欠席の時緒が――!


 嗚呼!しかし、考えてみると、動きに合点がいってしまう!


 宇宙人だって存在するし、中ノ沢の温泉街には座敷童子だっているらしいし、ならば……ご町内の純朴真面目な少年が、巨大ロボットのパイロットをしていたって、何らおかしくはない!


 町民たちは、自然に納得してしまった!


 時緒が……時緒こそが!


 エクスレイガのパイロット!





 ※※※※




 松風の艦橋では、誰も、言葉を発しない。



『防衛軍施設の襲撃事件……アレには私は何も関わっていねぇ……!強制捜査の事前申告も無ぇ……!私たちイナワシロ特防隊は……完全にに嵌められちまったァ……!』



 皆、真理子を観ていた。



『……私たちを信じる信じないかは……皆の自由だ。ただ、私たちの仲間が後ろ指を指され……猪苗代の奴らが肩身の狭い思いをする……それだけは……どうにも我慢ならねえ……!知って欲しかった……だからこうして、回線を拝借した……!』



 皆、真理子の熱弁に、聞き入っていた。



「馬ッ鹿馬鹿しい!」



 そんな、凛とした艦橋の雰囲気を、青木のやや裏返った叫びが台無しにする。



「自ら正体を晒すとは愚の骨頂此処に極まれり!皆さん、騙されてはいけませんよ!あの女はテロリストの首魁!民衆の感情を利用するのはテロリストの常套手段!真の正義は私……いや!貴方たち防衛軍にあるのです!!」



 真の正義。青木のその一喝に、兵士たちが粟立った。


 額を脂汗で濡らして、青木は思考する。


 早く、椎名 真理子を捕縛しなければ。


 まさか、こんな放送をしでかすとは――!


 世論が、イナワシロ特防隊に再び関心を持つ前に……何としても……奴らを完全に消滅させなければ――!


 青木の、そんな願いは……その好機チャンスは、予期せぬ形で訪れる。



『しかし、まぁ……ここまでされておいて……お願いです止めて下さい……だけじゃ、カッコつかねぇわな』



 不意に、真理子は挑発的な顔で、ニヤリと笑った。



『防衛軍も拳振り上げた手前、全力で下ろさなきゃ締まりが着かんだろう?』



 真理子の背後で、学生服学ランの二人の少年が……地球人に擬態したカウナとラヴィーが、垂れ幕の両端を持ち上げる。


 真理子が宣った。



るならトコトンろうぜ!ド派手になアッッ!!』



 垂れ幕には、凄まじい達筆で――




【待ち受ける!第二次会津戦争!!】




 ※※※※




「よしッ!通過儀礼は済んだ!猪苗代……会津の皆と今回のテレビ視聴者が生き証人になってくれるッ!!」



 真理子の放送が終わると、喜八郎はパチリと指を鳴らし、回線が復旧した立体ウインドウに映る、腐れ縁の松井艦長を楽しげに眺めた。



「そういう訳じゃ松井、我々の座標は後で送っておくから、今日はここまでじゃ」

『何だと!?』

「後は明日のお楽しみ。お前も早朝から戦闘で疲れたじゃろ?儂も久しぶりで疲れた。昼風呂入ってビール飲みたい」



 草臥れた顔を繕う喜八郎に対して、松井艦長は鼻の穴を膨らませ、がなり立てる。



『ぬかせ!俺ァ早朝の方が元気なんだ!それにこのまま貴様らを逃がすと思うか!?』

「一回撤退して体勢を整えよと言ってるんよ」

『断る!今すぐ貴様らを拿捕してやる!!』



 松風の砲撃が、再開される。


 再び襲い来るビームの雨。


 しかし、アイズネクストは最低限出力のフィールドと最低限の回避運動でそれらを難なく防ぐ。


 喜八郎は至極リラックスした、やれやれとした表情で、欠伸を一つこぼす。



「ならば仕方がない。撤退理由をくれてやろう」



 そして喜八郎は、律に命令――いや、頼んだ。



「へいリッちゃん、虎の子のハイパールリアリウムバスターキャノン……景気よく行ってみようか!」



 律は、艶黒のポニーテールを揺らし、意気揚々と首肯した。



「フ……!待ってましたッ……!!」





 続く

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