会津のサムライ
「猪苗代からの暗号通信でございますわ!」
そう言って、海老名 美香……生徒会副会長が生徒会室へと入って来たのは、時計が午前九時を指した、その丁度だった。
室内にいた者全てが、美香を注視する。
フォックステールの金髪を弄っていた生徒会会長……松平 主水。
薬湯を啜る……椎名 真理子。
そして、護衛するように真理子の背後に立つ、『特別風紀委員』の腕章を、身に纏った学生服に取り付けた、少年が三人……。
「美香、読め」
「は、はい!」
鋭い気迫の主水に命じられ、美香は自身の携帯端末を睨んで、画面に並ぶ文字を、はっきりと宣った。
一字一句、決して、間違えないように。
「野口英世ハ帰還セリ。野口英世ハ帰還セリ。宴ノ準備ハ万端カ?」
美香が言い終えるや否や、真理子は勢い良く立ち上がった。座っていたパイプ椅子が真理子の踵に蹴飛ばされ、騒々しい金属音が生徒会室に響き渡る。
「っ……!あ、ああワリい……!」
真理子は、バツが悪そうに倒れたパイプ椅子を起こして座り直し、薬湯を仰って飲み干した。
暗号の内容はよく分かる。
時緒が、帰って来た……!
「私の勝手なよ……!行き当たりばったりの計画で……よく……!」
真理子が引き絞るように、呟いた。
今まで病人のように白かった真理子の顔が、みるみる血色が良くなって、頬に朱を帯びていく。
その様を、主水たちは確と見た。
親とは、そういうものか。
どれだけ、崇高な理想を掲げ、重要な使命を帯びようとも、子を心底慈しまない親などいない。千尋の谷に突き落としておいて安穏としている親などいない。いて堪るか。
言葉ではない。振る舞いでもない。
時に厳しく、時に優しく、自分勝手でもあり、自制的でもある。
子を愛し、子を信じ、子を律し、子を憂い。
主水たちは、真理子そのものに、母としての深愛を知った気がした。
「……自慢の後輩です」
はっきりと言う主水に、真理子は苦笑して応える。
「……自慢の息子だぜ」
生徒会室の扉が再び開いた。
今度入室して来たのは、眼鏡を掛けた風紀委員だ。
「放送ネットワークの掌握に成功しました!」
興奮気味の風紀委員の報告に、主水と真理子は同時に立ち上がる。
美香が扉を全開放させて、長く伸びる学園の廊下を掌で指した。
「放送室の準備も出来ていますわ!こちらへ!」
真理子と主水が、同時に生徒会室を退室する。
二人の三歩後方を、美香、眼鏡の風紀委員、三人の特別風紀委員が続く。
「それにしても、思ったより早く掌握出来たな?」
主水が眼鏡の風紀委員を称賛すると、彼は頷きながら、制服の胸ポケットに手を入れる。
「コレが無かったら……我々パソコン部を総動員しても……今日の夕方まで掛かっていたでしょう……」
胸ポケットから取り出したのは、親指の爪ほどの大きさの、黒光りするマイクロチップだった。
「平沢 正文……全く恐ろしい男です……!」
感嘆と畏怖を混ぜ込んた声を発する眼鏡の風紀委員に、主水は同意の首肯をする。
正文が、学園中の無防備な女子生徒を録画、撮影するために、防犯カメラのシステム掌握を目論んだのは、七月初めのことだった……。
時緒と伊織の
学園内の
放送ネットワーク掌握に使った件のマイクロチップは、この事件の際に正文から強制没収したものだ。正文手製のハッキングプログラムが内包されている。
「完璧な……完全なプログラムです……!」
眼鏡の風紀委員は興奮気味に、指先で眼鏡をクイと持ち上げた。
「軍人はおろか、テレビ局のプロですら掌握されたことに気付いておりません!平沢 正文がその気になれば、世界中のネットワークですら支配出来るでしょう……!」
「馬鹿なことを言うのはお止めなさい!冗談じゃない!平沢 正文が世界の支配者なんて……想像するだけで気が滅入りますわ!」
美香に窘められて、「も、申し訳ありません美香様!」と、眼鏡の風紀委員は項垂れる。
「既に世界のシステムは正文の手中かもしれねえぜ?ヤツに興味が無いだけで……」
真理子はクツクツ笑う。
「平沢 正文はどちらかと言えば、世界の破壊者ですわ!」
美香の顔が青ざめる。
「平沢一年生のスケベ
主水が呆れ笑って、思い出す。
『……フッ、まんまとしてやられたぜ……。だがな会長さんよ、努々忘れるんじゃねぇぜ……。俺様も……アンタらも……衣替えの魔力に振り回された……哀れな
芽依子と真琴と律に、潰れたゴキブリを見るような目で見送られながら、生徒指導室へと連行される正文……。その今際の哀しげな言葉が、今も主水の耳朶にこびりついている……。
――椎名一年生、斎藤一年生……!
あの、後輩たちと繰り広げた、騒々しくも……充実していた愛しい日々。
彼らが、異星人と分かり合い――そして今は、防衛軍と戦っている!
――必ず、取り戻す!
主水はマイクロチップを指先で弄びながら、廊下の窓から見える鶴ヶ城を眺める。
城内には、主水の実家が経営する【松平重工】のクレーンが、幾つもそびえ立っていた。
アイズネクストを迎える準備は、万端だ。
――勝てば官軍、負ければ賊軍。まるで120年前の再現じゃねぇか!
主水の血が沸く!肉が踊る!
会津に生まれて、十八年!
幼い頃から周囲の大人たちに聞かされてきた、戊辰敗戦の悔恨!
しかし、今回は……負ける気が、しない!
「……アンタたちにも、随分我慢させたな……!」
主水は、列の最後尾に目を向けた。特別風紀委員の三人がいた。
「いえ、大丈夫です……」
「と、言いたい所ですが……!」
「待ちわびたッ!美しいほどにッ!」
三人が、同時に左手を掲げる。
三人の左腕に嵌められた……擬態装置が光を放つ!
少年たちに、獣めいた耳が、尻尾が生えてくる!
「トキオに……やっと会えるのですね……!」
何時もの騎士装束に非ず、学ラン姿のルーリア騎士、シーヴァン・ワゥン・ドーグスの問いに、主水は力強く「ああ!」と、肯定した。
「いきなり真夜中に家来た時は驚いたが、アンタらとの生活……楽しかったぜ!」
「感謝します……!マツダイラ・モンド!」
シーヴァンは、傍らのカウナ・モ・カンクーザ、ラヴィー・ヒィ・カロトと共に、主水に向かって頭を下げた。
※※※※
『お前たちは此処へ向かいなさい。必ず力になるだろう』
何故、ダイガ・ガウ・リーオ総騎士団長が、主水の住所を知っていたのか、シーヴァンには分からない。
『エクスレイガの操者を、宜しく頼む』
何故、団長が時緒を気に掛けるのか、それも分からない。
分からないことだらけだが……今は……シーヴァンはどうでも良いこととして、頭の中から雑念を吹き飛ばした。
――もうすぐ、会えるぞ……トキオ!
時緒の笑顔を思い出すだけで、シーヴァンの目頭が熱くなる。
ルーリア騎士が、他惑星での内乱に介入するなど、本来ならばあってはならないことだ。
――知ったことか!
シーヴァンは開き直り、笑顔で歩を進める。
身に纏った、学ランの着心地は、この上なく快適だった。
「今の俺はサムライだ……!ルーリア騎士ではない!
続く
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