第三十一章 宣戦布告

木村 伊織は動じない


「エクスレイガ、収容確認しました……。文子さんや真琴ちゃんたちも一緒です……」



 オペレーター席の、ぼさぼさ髪の薫が、仏頂面で報せる。



「チッ……!」

「ケッ……!」



 そして薫は隣の席に座る、顔面引っ掻き傷だらけの圭院と舌打ちを投げ合った。先ほどの喧嘩の余韻を引き摺る、険悪な雰囲気が艦橋の一区画を支配している。



「二人とも、お願いだから戦いに集中してよ……!」



 うんざり顔で二人を宥める嘉男には申し訳ないと思いつつ……喜八郎は孫の名前を聞いて、安堵に表情筋を柔くした。


 時緒の帰還と合わさり、心配ごとはこれで無くなった。


 ではあるが、心おきなく戦える!



「諸君!もう出し惜しみは無しだ!」



 喜八郎は、声高く号令を下す。



「アイズネクスト、全速前進!進路、敵艦右舷側面……潜り混むように!ランチャー、ミサイル、全砲門開け!合図と同時に発射!」



 伊織と律は視線を合わせ、互いに首肯を交した。


 格納庫にいる時緒たちに会いに行きたい衝動を懸命に堪え、今、二人は目の前のこと……相対する防衛軍の戦艦に集中する。


 二人の周囲に、アイズネクストの運用データを示す立体ウインドーが、幾重に浮かび上がる。


 風向き、風速、気温、進行ルート、砲撃発射タイミング。喜八郎が提案した戦術を、二人は瞬時に脳内へと叩き込む。



「突っ込みまっせーーッ!!」



 伊織が威勢良く叫んで、操舵ハンドルを引いた。



「木村!ぶちかませ!!」と、律が笑顔で吠えた。



 アイズネクスト、ルリアリウムエンジン点火!


 全長三五〇メートルの巨体が瞬間的に加速し、搭乗クルーたちの身体を強烈なGで抑え付ける。


 矢じり型の船体が、ルリアリウムエネルギーの帆を広げ、上手く風を拾って、そらの海原に舞い上がる。


 クルーたちに、恐れは無い。


 恐れる必要などない。


 時緒たちが、帰って来たのだから。


 だから、今こそ、目にもの見せる時なのだ!




 ※※※※




「敵戦艦、速度を早めました!つっ突っ込んで来ます!!」



 オペレーターの張り詰めた叫びが、松風の艦橋を駆け抜ける。


 迫るアイズネクスト、その巨体を目の当たりにして、松風クルーの誰もが戦慄した。



「あっ……ああ~~~~!?」



 青木に至っては、全身が震えていて、まるで生まれたての小鹿のようだ。たたでさえ青白い顔が、恐怖で更に白い。



「か、かかっ艦長ォ!は、はやっ早く攻撃をォォ!?」



 青木に言われるまでもない。


 松井艦長はクルーに、その野太い声を張って号令を下す。



「ランチャー1からランチャー4!ーーッ!!」



 松風の砲列が一様に可動し、正面のアイズネクストを捉え、斉射。


 !!!!!!


 炸裂音と共に、ルリアリウムエネルギーのビームが、まばゆい光の槍となって宙を駆け抜け、アイズネクストに襲い掛かる。



「撃て!撃ちまくるのです!!」



 青木も松井艦長に便乗して命じる。


 松風の砲門は絶え間なくビームを噴き続けた。


 止め処ない、集中砲火!


 この業火でなら!青木も、松風クルーの誰もが、アイズネクストの撃沈を信じて疑わない。



「…………」



 ただ一人、松井艦長を除いて……。




 ※※※※




「高エネルギー、多数接近!」



 薫のオペレートが、迸る。


 艦橋スクリーンを埋め尽くす、光の槍の雨。


 しかし、アイズネクストの足は、止まらない。


 仲良し倶楽部の纏め役、木村 伊織は動じない。



「あらよっと」



 伊織は、口笛を吹きながらハンドルを捻る。


 瞬間、アイズネクストの船体が、クルリと軽快に旋回して、襲い来るビームを――そのことごとくを回避した!


 突き進む!


 アイズネクストは、バレルロールを繰り返し、ビームの雨の中を、淀むことなく真っ直ぐに突き進む!



「花丸ばっちぐ~じゃ、伊織坊!」



 逆さまになった喜八郎のサムズアップに、伊織は同じくサムズアップで返した。



「素晴らしいマニューバだ……!」



 感嘆する大竹に、伊織は照れ臭くもなる。


 初めてやってみて分かった。


 戦艦のビームを、戦艦で避けるなんて、伊織にとってはどうと言うことは無かった。


 猪苗代のいりくんだ小路、山道を出前デリバリーで駆け抜ける方が相当難しい。


 それに――



『時緒、遠足先でも鍛練するな!正文は律を泣かすな!律は正文を泣かすな!……佳奈美はさっさと木の上から降りて来い!!』



 ビームの乱舞なんて、時緒アイツらの喧騒に比べたら……おとなしいものだった。



「攻撃は任せたぞ!律!」

「あいよ……!!」



 漢を見せた伊織のエールに、律はパチリと指を鳴らして応えた。





 ※※※※





「「…………」」



 松風クルーの殆どが、目の前で起きたことに、口を開けて絶句した。



「な…が……!?」

「むぅ……!」



 青木は勿論、松井艦長ですら唖然とした。


 戦艦が、ビームを、避けた――!?


 松風よりも一回り小さいとはいえ、三百メートルクラスの巨大戦艦が、旋回飛行でビームを避けたのだ!


 なんという規格外の機動力!もはや戦艦と呼ぶより、と呼ぶ方がしっくり来てしまう。



「て、敵艦、ぶつかりますッ!?」



 オペレーターの叫びに、皆が我に返る。


 アイズネクストが、その蒼い巨体が!松風艦橋の直ぐ先にまで迫り来ている!


 このまま、衝突でもする気か!?



「総員衝撃に備えろォ!!」



 松井艦長が叫ぶと、クルーたちは一斉に目前のディスプレイにしがみついた。


 松井艦長も座席に身を深く沈め、ひぃひぃ喚いて脚にしがみついてきた青木の頭を爪先で小突く。


 クルーたちが衝突を覚悟した……。


 しかし、アイズネクストは瞬時その船体を傾け、松風の右舷側を滑るように、艦首を松風に向けたままドリフトしていく。


 衝突に見せ掛けた、猫騙しフェイント……!?



「おのれ……っ!」



 小馬鹿にされた気がして、松井艦長は奥歯を噛み締めた。


 アイズネクストの砲口が閃く。放たれたビームが、松風のフィールド上で砕け散る。フィールドを突き抜けた数発が、松風の船体を焼き、砲塔二つを潰した。



「ランチャー2、ランチャー6大破!」

「その程度くれてやれ!回頭右90度!ヤツを視界から逃す――」



 !!!!!!!!



 不意に爆音が轟き、松風の船体が大きく揺れた。被弾の衝撃だ!



「ダメージコントロール!何が起きた!?」

「左舷側面に被弾!ミサイル攻撃です!」



 松井艦長が、更なる驚きに息を飲んだ。


 アイズネクストの現在位置から、逆の方向からのミサイル攻撃!?


 伏兵が……アイズネクストとはまた別の戦艦が在るか、と、松井艦長は思考した。



 ――いや、違う!



 アイズネクストに味方戦艦がいるわけではない。


 松井艦長は艦橋スクリーンの左端を睨む。


 直方体型の物体が宙に浮遊している。ルリアリウムスラスターが取り付けられた、ミサイルポッドだ!


 アイズネクストが突撃する間際、空中に投下して……アイズネクストがドリフトする際を狙って遠隔発射された……文字通りの置き土産だ!



「…………ッ!!」



 松井艦長のこめかみに血管が浮かぶ。


 怒りに、拳が震えた。


 この、相手の虚を突く、腹立たしい戦法!


 松井艦長は、知っている。


 この戦法の発案者を、半世紀以上前から知っている!



「艦長!?外部から通信……!?き、強制介入されてます!?」



 突如、艦橋の立体ウインドーにノイズが走る。



【MASAFUMI MASAFUMI MASAFUMI MASAFUMI MASAFUMI MASAFUMI MASAFUMI ……】



 意味不明の文字の羅列が、画面を占拠する。


 十秒ほど経過したか、画面からノイズが消えて――



『ムホホホホ!相変わらずバカ正直な動きじゃのう!オマヌケ松井く~~ん!!』



 ウインドーいっぱいに、細身の老人が両手ダブルピースで、満面の笑みを浮かべていた。


 松井艦長の怒りが、頂点に達する。


 あの、気障ったらしい鼻下のカイゼル髭――!




「やはり貴様か!神宮寺ィィ!!」




 続く

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