発奮発揮



 アイズネクストの放った副砲ビームは、松風のルリアリウムフィールドを貫き、船体右舷の甲板を、補給を終えて再発進しようとしていたK.M.Xもろとも吹き飛ばした。



 !!!!!!!!



 被弾の衝撃に、松風の艦橋が揺れる。



「ヒィィィイ!?」



 青木が、艦長席にしがみつき、情けない悲鳴をあげた。





「やるじゃないか……!」



 背後で喚く青木を鬱陶しく払いながら、松井艦長は不敵に笑う。


 松風こちらの障壁を突破した、ということは……。


 イナワシロ特防隊あちらの精神力が、地球防衛軍こちらよりも上ということになる。



 ――窮鼠猫を噛む……いや、能ある鷹が爪を隠していたか……!?



 残党狩りに興味が無かった……だから、面白くなってきた松井艦長は、



「状況報せ!」



 声を弾ませてしまった。


 やはり戦いは、五分と五分……勝つか負けるかの緊張感スリルが無くてはならない。



「右舷第二甲板被弾、第四層まで融解!二番カタパルト使用不能!」

「ダメージコントロール!隔壁閉鎖!緊急冷却システム作動!」

「冷却システム通常作動を確認!航行に問題ありません!」



 ダメージを軽減させるための冷却により、松風の船体各所から蒸気が上がる。



「熱源、複数接近!」矢継ぎ早にオペレーターが叫ぶ。



 レーダーには高速飛翔する物体が、八つ。


 蒸気に曇る肉眼でも、陽光を反射して光る物体が、青空に弧を描きつつ迫り来るのを、松井艦長は視認する。


 ミサイルだ。おそらく、ルリアリウムエネルギーを充填したものだろう。



「フィールド全開!衝撃に備えろ!」



 松井艦長が叫ぶと、背後の青木が艦長席に、松井艦長の肩ごとしがみついた。


「ひいひい!」と、青木の荒い息が、気持ち悪い。



 !!!!!!!!



 ミサイルは、全て空中で爆発する。


 松風の前で、光の泡沫が次々と沸き上がり、松井艦長たちの視界を白く染めた。


 船体へのダメージ、皆無。



「やった!やりました!」



 先ほどの悲鳴はどうした。青木が歓喜の声をあげた。



「笑止なりイナワシロ特防隊!先ほどのビームは虚を突かれただけ!前もって対処すればミサイルなどいくらでも防げ――」



 そこまで独りでまくし立てて、青木は首を傾げた。


 視界が……回復しない。


 冷却の蒸気は、とっくに止まっている筈。


 松風の窓の外が曇って、一向に晴れない。


 これは……煙幕!



「しまった……!してやられた……!」



 松井艦長は舌打ちをする。


 先ほどのミサイルは、ただの煙幕発生装置。


 松風のフィールドに遮られて爆発したのではなく、煙幕を張るために、自ら爆発したのだ。



 ――また引っ掛かりやがッたな!馬~~鹿!!



 松井艦長の脳内に、若き日の、悪友の声が伝播した。





「レーダー使用不可!霧の中に、電波を遮断する粒子が含有されてます!」



 オペレーターが困惑する。


 その声が、立ち尽くす、青木の耳を通り過ぎていく……。



「…………」



 青木は、この状況に覚えがある。


 文字通り、煙に撒かれ、裏を斯かれるような、この状況。



「…………!?」



 似ている。


 自分が、イナワシロ特防隊を陥れた、状況ときと似ている!



「ヒィィィ~~~~!!」



 恐怖が再燃して、青木は尻餅を突いた。


 イナワシロ特防隊を攻撃した際は、通信妨害の混乱に乗じて、ブラックバスター隊で畳み掛けた。


 それと、同じことをされると思った青木は、震える口で、叫んだのだ。



「は、早く早く早く早く!この霧をなんとかしろォッ!

 早くしないと……!エ、エックスレイガがやって来るッ!エックスレイガが復讐にやって来るゥゥゥゥッッ!!」





 ※※※※





 快晴であった筈のイナワシロの空に、雲が出来ていた。


 アイズネクストのアルミ粒子入り煙幕ミサイルが、上手く作動してくれた。


 正直はしたりと笑う。


 決行するなら、今日いまだ。



「さあ、ここは僕に任せて、時緒たちはアイズネクストへ」

『師匠……!?』



 エクスレイガの鋭い双眸が、正直を見ている。


 時緒。息子たちと同じくらいに愛おしい、正直の一番弟子。


 いや、今は……。


 失敗、逆境、孤独を耐え、学び、不死鳥のように強靭に甦る、格好の好敵手ライバル


 先刻の闘い。エクスレイガの、更に……更に研ぎ澄まされた、美しく、強靭な剣戟!


 正直は興奮を抑えきるのに、些か苦労した。



「時緒……君は――」



 言おうとして、正直は、止めた。


 今の時緒は、気迫の濃さが違う、と、正直は感じたからだ。


 普通、目から発せられる視線が、気迫の大半を示すが……。


 今の時緒からは、視線が感じられない……。


 もしや、目が――と、正直は推測する……。


 それでも、尚、時緒は強靭に戦い抜いた。戦って魅せた。



 ――時緒!君は……もうその域までに……!?



 正直は、嬉しかった!



「フミちゃん、時緒たちの案内、宜しく」

『え~~っ!?』



 即座に、正直の居るエムレイガのコクピットに、不満顔の文子の映像が投影された。



『ちょ~~いちょいナオさん!?私未だり足りないわよ!?』



 白い歯を剥いて抗議を垂れる文子に、正直は苦笑して、



「……フミちゃん、僕の書斎にノートがあるから……暇な時で良い……時緒を仕上げてやって欲しい」

『……ナオさん?』



 正直は、眼鏡を外す。



「悪いな……フミちゃん。今日……行ってみようかと思う……」

『…………!』



 正直の、鋭くぎらついた、瞳。


 何時もの、穏和な優男然とした雰囲気は完全に掻き消され、獰猛な気迫を発する夫に、文子は呆れ笑いを浮かべた。



『はは~~ん……なるへそ。ね。御~~意御意』



 文子の乗るエムレイガは気怠げに動き、その腕で、樋田のパッチワークを軽々と担ぎ上げた。



『時緒ちゃんはお姫ちゃんたちのロボ持って!行くわよ~~!』

『ふ、文子おばさん……!?』

『はいはい!時間押してるから!キリキリ動く!大丈夫!ナオさんの言うこと聞かないと後がおっかないわよ!!』

『は、はい……っ!』



 エクスレイガは、一瞬たじろぐ仕草を見せつつも、文子の指示通り、両腕でリタルダを持ち上げ、フワリと浮かんだ。



『し、師匠……』

「早く行きなさい。大丈夫、僕を誰だと思ってるんだい?君の師匠だよ?」

『は、はい……っ!』



 パッチワークを肩に担いだ文子のエムレイガも、浮遊を開始する。



『……じゃ、センセに宜しく』

「……割り食わせて、悪いね」

『お互い様でしょ。お土産、大期待よ』



 そして……。


 文子のエムレイガに導かれて、エクスレイガはアイズネクストへ向けて飛翔した。



『師匠、また会えますよね……!?』

「勿論、で」



 小さくなる、妻と弟子たちの背中を見送って……。



「さて、我が儘を通す手前、後掃除はしておかないと」



 正直は改めて、自身を取り巻くK.M.X群と相対する。


 川桁駅前を、埋め尽くさんばかりの、敵、敵、敵。どれだけ居るんだ駐留部隊。百騎は下らない。


 まさに、多勢に無勢である。


 ……だが。



「……う~~ん、足りるかな?」



 時緒の更なる成長に発奮した正直は、目尻を歪めて、余裕の狂笑スマイルを浮かべる。



 猛る精神力に、正直のエムレイガの……ルリアリウム日本刀サムライソードが、更に輝きを増した。




 続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る