アイズネクスト艦内実情
時緒と真琴たちが再会していた、丁度その頃――
『脱走兵の方々、こちらへどうぞ~~!』
立体ウインドーに映る……黒髪、黒眼鏡、和服の女……薫に案内されて、大竹と渡辺の
アイズネクストの格納庫は、鋭利なイメージの船体と裏腹に広大であった。
大竹が見上げる銀色の壁には収納式のメンテナンスハンガーや、ライフルやバズーカのラックが並んでいる。
それだけではない。
何故かは分からないが、キャットウォークには様々な種類の自販機があった。
ドリンク類は勿論、昨今では珍しくなった焼おにぎりやタコ焼、唐揚げ、ホッドドックの自販機まである。
新造艦らしく小綺麗ではあるが、まるで、昭和のドライブインか、地方都市の免許更新センターだ。
心地よいノスタルジー、行き届いたサービス性、防衛軍の殺伐とした雰囲気とは大違いだ。
「あれは……!」
大竹は、キャットウォークの片隅に豚汁の自販機を発見した。空腹に腹が鳴った。
そういえば、朝飯を食べていなかったのを、大竹は思い出した。
しかし……腹ごしらえは、後でで良い。
今は――
「直ぐ様、艦長とのお目通しをお願いしたい!」
大竹はコクピットから、接続される前の伸縮型キャットウォークへ跳び移った。時間が惜しい。
「その前に
大竹と、キャットウォークが接続されてから降りた渡辺を、皺だらけの白衣を纏った圭院が出迎える。その手には、大竹にとって待望の豚汁缶が、携えられていた。
圭院の外見から、大竹は圭院を同年代と見た。
「本当なら、うちらの
「いや……!助かる……!」
大竹はタメ口で、圭院から豚汁缶を二缶受け取り、その内一つを渡辺に投げ渡した。
渡辺は「待っていました」と、缶のタブを引く。大竹もそうする。
精神力枯渇時に接種する豚汁ほど、美味いものは無い。大竹は豚汁を信奉した。
「……付いて来てくれ」
手招きをする圭院の後を、大竹と渡辺は続いて歩く。
「……あのぉ」
途中、背後から呼び止められて、大竹と渡辺は揃って振り返った。
メモ帳を手にした薫が、瞳を輝かせて、大竹と渡辺を見比べていた。
「お二人はどういった
「……………………ハァ?」
※※※※
格納庫と艦橋を繋ぐエレベーターの中――
「時緒君を助けてくれたコトには感謝してます!ですが、それだけではないと、私のBL魂が訴えているんです!」
薫が熱弁を振るう。
――ビーエルって何だ?
大竹は薫の言っていることが理解出来ず、気圧されて、至極げんなりしていた。
「ですから!お二人のカンケイは!?」
「……ただの上官と下士官のカンケイです……」
疲れきった口調で大竹が応える。
外では、時緒少年が戦っているというのに……。
ふと、大竹が視線を移す。渡辺が面白そうにニヤニヤとほくそ笑んでいた。
甘いマスクではあるが、腹が立つ笑顔だ。
鼻息を荒くした薫の興味が、大竹から渡辺に移る。
「ね!?ね!?脱走に協力するなんて、ただの上下カンケイでは出来ないワケで!!」
薫の圧迫的な質問に、渡辺は、しれっと肩を竦ませて見せた。
「その豊かな想像力にお任せしましょう。お嬢さん」
「やっぱり!上官と部下の禁断の脱走劇!愛の逃避行!キャア~~~~!!」
狭いエレベーター内で、薫の黄色い絶叫が反響し、疲れきった大竹の鼓膜を蝕む。
大竹は耳を抑えた。勘弁して欲しかった。
エレベーターの扉が開いた。艦橋に着いたのだ。
移動時間は三十秒ほどだったが、薫に翻弄された大竹には、更に更に長く感じた。
すると、今の今まで黙っていた圭院が目を見開き、勢い良く薫の首根を掴み上げた。
「何するんですか先生!大事な取材なのに!キィ~~ッ!!」
圭院は薫の抗議を無視して、大股でエレベーターから出る。
大竹と渡辺も続く。
アイズネクストの広々とした艦橋が、大竹の視界に広がった。
前方スクリーンの照明だけでなく、天窓からも自然光を取り入れた其所は、戦艦の艦橋というより、高層ビルのオフィスといった印象を受ける。
「嘉男!嘉男何処だ!?またお前の嫁が変態かましてたぞ!ちゃんと見張っとけ!!」
「変態って何ですか変態って!女性の首根っこ掴んでる圭院先生の方が変態でしょ!そんなだから結婚出来ないんですよ!!」
「結婚出来ないんじゃねぇ!今はまだ結婚したくねぇだけだ!!」
「……結婚出来ない男は皆そう言う」
「何だとォ……!?」
「
二週間余りの潜伏生活の所為で、圭院も薫も、ストレスが溜まっていた。
血走った眼で睨み合う圭院と薫を尻目に、大竹と渡辺は、艦橋内の、一番高い場所に在る座席を……艦長席を目指す。
「……来たか」
艦長席がクルリと横に半回転して、座する喜八郎が大竹たちの方を向いた。
鋭いが、人としての熱のこもった喜八郎の視線に、大竹は半ば反射的に敬礼をした。
「敬礼はもう不要だろう?儂も、君たちも」
「長年、染み付いたモノですから……」
「そう、だなぁ……」
喜八郎は笑って、敬礼を大竹たちに返す。
「時緒坊、返してくれて感謝する」
「……大人として当然のことをしたまでです。ですが……」
大竹は、艦橋のスクリーンを観る。
時折、閃光が走って、アイズネクストの船体が僅かに揺れた。
防衛軍との戦いは続いている。
先ほどの閃光と揺れは、戦闘空母松風からの砲撃だ。
スクリーンには、猪苗代の青空と、川桁山を背にした松風の巨体が相対している。その周囲には、多数のK.M.Xの群れ。
大竹は先ほどの格納庫の光景を思い出す。
設備、武装の類いは潤沢ではあったが、イナワシロ特防隊の量産主力騎であるエムレイガが一騎も見当たらなかった。
イナワシロ特防隊の戦闘力は、万全ではないということだ。
「……再び出撃をします。
「それには及ばんよ。君たちは充分過ぎるほど戦った。休んでいなさい」
「ですが……!?」
「言っとくが、時緒坊を放っておくつもりではないぞ?」
その時、大竹たちの傍らに恰幅の良い人影が現れる。
麻生だ。
「御心配には及びません」
目頭を熱くした麻生が、大竹に頷いて見せた。
「時緒の所には今、助っ人が向かっております。猪苗代最強の二人がね……!」
「猪苗代最強……!?」
麻生の言葉に、大竹は呆気にとられる。
「しかし、まぁ、このままダンマリも癪だわな?」
麻生が、パチリと指を鳴らした。
「アイズネクスト、反撃に移る。回頭右15度、副砲1番から6番、エネルギー充填開始」
「「合点!!」」
喜八郎の命令に、操舵士と砲術士が威勢の良い返答をした。
大竹は驚いた。
「伊織坊、上手いぞ」
「頭に思い浮かべれば動きますからね!出前のバイクより簡単っスわ!」
操舵を勤めるのは、日焼けた肌の少年。
「律嬢ちゃん、火器管制システムの誤差はどうか?」
「肉眼で余裕で修正出来ますよ」
砲術を勤めるのは、巫女装束姿の、ポニーテールの少女。
アイズネクストの、この戦艦の重要ポジションを務めるのは、時緒と同年代に見える、子どもだったからだ。
続く
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