第三十章 再会

先の先





『トキオが……無事エクスレイガに乗ったワ』

「そう、ですか……」



 芽依子は、携帯端末を通したキャスリンの報告を耳にして、寂しく笑った。



「これで、勝ったも同然ですね」

『だから……メイコも帰って来テ……!』

「…………」

『メイコ……!』



 芽依子は何も応えない。応えられない。


 今更、イナワシロ特防隊に、どんな顔をして帰れば良いのか。


 真理子たちの……時緒を見殺しにするようなやり方が気に食わず、出奔してリガ・イナワシロを作り、やってきたのは防衛軍への、妨害行動。


 肝心の時緒救出も、最終的には後手の後手。



 ――私は結局、何がしたかったのかしら?



 自分への情けなさと共に、芽依子は、安堵も感じていた。


 時緒がエクスレイガに搭乗したということは、時緒が未だに闘志を失っていないということだ。



 ――本当に、強い子……。



 芽依子は自分の心の幼稚を忌々しく思う。


 時緒に会いたい。しかし、イナワシロ特防隊に帰りたくない自分がいる。


 合わせる顔が、無い。


 情けないから。恥ずかしいから。


 後ろめたさが、心のネガティブな箇所が、治まらない。



「私はしばらく単独行動を行います。リガ・イナワシロは解散。キャスリンさんたちはそのまま、アイズネクストでの仕事に従事してください」

『メイコ……!?そんな……!』

「何かありましたら伝えます。樋田さんにありがとうとお伝えください。では……」

『待って、メイ――』



 受話器の向こうでキャスリンが何か喋り続けていたが、芽依子は構わず通話を……端末の電源そのものを切った。



 ――時緒、皆、ごめんなさい……!



 芽依子は身を翻す。


 向かう先には、椿の花のエンブレムを両肩に冠した騎体マシンが鎮座している。


 芽依子専用のエムレイガだ。


 その無機質な頭部バイザーが、寂しげな芽依子パイロットを、見下ろしていた……。





 ※※※※




『お前たち!よく頑張ったな!』



 樋田の駆るパッチワークに率いられ、リタルダは遂に猪苗代の地を踏み締める。



「…………!」



 真琴は、目眩にも似た衝撃を受けた。





 眼鏡越しの純情な瞳に、巨人が映える。





 青と白の装甲、見知った鋼鉄巨人スーパーロボットが、帰って来た猪苗代の青空を、悠々と舞っていた。


 縛るものなど、何も無い。


 仇なすK.M.Xの群を、颯爽と、流麗に、斬り捨てるその姿。


 あれは、あの動きは――!



「エクスレイガだ~~!!」

「トキオうゆ~~!!」



 修二とティセリアの歓喜の叫びは、真琴の心境そのものだ。



「時緒くんが……時緒くんが帰って来た!」



 我慢できずに、真琴も叫んだ。


 ずっと堪えていた、様々な感情が溢れて、涙が止まらない。


 真琴は堪らず、傍にいたゆきえを抱き締めた。


 感極まった真琴の腕力が、ロボ酔いが治らないゆきえを襲う。



「ゆきえちゃん!時緒くんが帰って来たよ!!」

「~~~~~~!?!?」



 青ざめたゆきえの顔が、圧迫感に真っ赤になり――



「~~――……」



 ゆきえは真琴の腕の中で、血の気が失せた白い顔で崩れ落ちた。


 一部始終を見ていた修二が苦笑する。



「……恋する女の子って凄いね。座敷童子ゆきえちゃんを締め落とした……」




 ※



 真琴が歓喜する傍らで――



「何……?」



 身を翻しながら、周囲のK.M.Xを纏めて一刀両断するエクスレイガ……を見ていたリースンが、唖然と呟いた。



「本当に……あのトキオさんなの……!?」

「リースン?」



 後部座席のコーコがリースンをいぶかしむ。


 リースンは挫折したとはいえ、元々は騎士を目指していた。戦闘訓練経験があった。だから分かる。



「トキオさん……速い……!いいえ……トキオさんは前々から速かったけど……速度が更に……研ぎ澄まされてる……!迷いが無い……研ぎ澄まされ過ぎているっ!!」



 緊張の余り唾を飲むリースンの横で、ノブが首もとのネクタイを緩めながら同意の首肯をした。



「エクスレイガ……先の先を完全に制してやがる……!」

「せんのせん?」



 首を傾げるコーコに、ノブは額の冷や汗をハンカチで拭いながら、説いた。



「先の先というのは、剣道の用語で、相手の動作や思惑を把握し、先手を打つことです」



 ノブの説明はコーコにとってはちんぷんかんぷんだが、リースンは険しく、興味深そうな瞳でノブを見上げ、静かに二度頷いた。



「相手の動作を把握するには、相手に集中し、その一挙手一投足を見極めることが基本。しかし……」



 ノブは今一度、リタルダのコクピットスクリーンに映る、猪苗代の空を見上げた。


 エクスレイガが、前方のK.M.Xを袈裟懸けで斬り払い、直ぐ様後方のK.M.Xの胸を蹴り貫いていた。



「見極めには大なり小なり時間タイムラグが必要なんですが……エクスレイガはその時間タイムラグが恐ろしく短い。ガキのケンカしかしたことが無い俺の素人目ですが、相手が動き始めとほぼ同時に……いや、一寸先んじてエクスレイガが動いているようにも見える……!」



 ノブもまた、ゴクリと唾を飲み込んだ。



「相手の動きを見てるんじゃねぇ……まるで、動こうとしている相手の心を……気迫を前もって読み取っているみたいだ。まさか……『心眼』?いやいや……今平成だぞ?そんな……司馬 遼太郎や山田 風太郎じゃあるまいし――」

『お前たち!気を付けろッ!!』



 スピーカーから響く樋田の叫び。リタルダの面々に緊張が走った。


 川桁駅前をパッチワークとリタルダが通過した途端、住宅街や防風林の影から、次々とK.M.Xが姿を現し、二騎を包囲した。


 猪苗代に駐留していた部隊だ。総勢三十騎は下らない。



「くっ!?最後の最後で!!」



 リースンが悔しげに歯噛みする。


 臨戦態勢を取るリタルダを守るように、パッチワークがビームナイフを抜いた。



『ぐ、くそっ!』



 ナイフの光刃が頼りなく揺らめく。


 樋田の精神力エネルギーが、尽きようとしている。


 余りにも、多勢に無勢であった。




 ※




『貴様たち、イナワシロ特防隊の仲間だな!?』

『無力化する!!』



 包囲するK.M.X。彼らが持つ、簡易型ディゾルバーの銃口に、ルリアリウムエネルギーの光が集束する! 


 逃げられない!



「うわぁ~~~~!!」

「うゆぅ~~~~!!」



 絶対絶命のピンチに戸惑う修二とティセリアを、真琴は確と抱き締めた。


 あと少し、あと少しで、会えるのに……。


 悔恨の思いで、真琴は呟く。



「時緒くん……!」




 ※※※※





「むっ!?」



 時緒は聞いた。確かに聞こえた。


 鼓膜を通じて、ではない。


 脳裏に、直接。


 誰かが、僕を呼んでいる!


 この感じは――



「…………真琴ッ!?」



 瞬間、エクスレイガは猛スピードで急降下する!


 行く手を遮るK.M.Xを、頭部バルカンの斉射で、砕く!



「にゃおおおお!?おしっこチビるにゃああああ!!」



 超音速の急降下に、佳奈美が叫ぶ。



「我慢してくれッ!!」



 時緒は、佳奈美ソレどころでは、なかった。





 ※※※※




「「…………!!」」





 その光景に、リタルダ内の誰もが、度肝を抜かれた。





 K.M.Xの斬り裂かれた腕が……バラバラになったディゾルバーが、風に撒かれた花びらのように宙を舞う。




 いつの間に……?


 真琴たちの目の前に、エクスレイガが、立っていた。


 先刻まで、空高く戦っていたエクスレイガが、一瞬でリタルダとパッチワークの前に現れて……。


 包囲していた駐留部隊のK.M.Xを、瞬く間に斬滅していた!



『真琴!?そこにいるのか!?』



 真琴が、ずっと聞きたかった、声。


 エクスレイガから発せられた、時緒の声に……。


 真琴は再び、涙を流した。



「時緒くん……!」

『真琴ッ!!』





 続く

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