エクスレイガ、復活!



「何だ……あの艦は!?」



 松風の艦橋で、青木は困惑に後ずさった。


 この松風に相対する、矢尻のような型の……艦……?


 モニターに映る、識別信号は【 UNKNOWN 】。



「一体……一体何なんだッ!?あの艦はッ!?」



 艦橋のクルーのクルーたちは皆一同に青木の問いを無視して、突如猪苗代の湖面を割って現れた謎の艦に目を奪われた。



「まさか……!?」



 青木にとって最悪の予想は、かくして的中して、現実のものとなる。



『こちらは、特装戦艦アイズネクスト』



 全回線オープンチャンネルで割り込んで来た、老成された男の声に、青木の全身の産毛が逆立つ。


 イナワシロ特防隊。


 潰した筈の……。


 椎名 真理子を捕縛するまでは、油断しないとしていたつもりの……。



 まさか、何処に?そんな余力が?



「あ、あの艦を……お、轟沈とせえぇぇッ!!」



 この先の展開を思考するより先に、青木は叫んでいた。


 それ程までに、慌てていた。



「残存K.M.X隊は陣形を立て直せ。砲撃手、主砲1番から5番まで、発射用意」



 青木の傍らの、松井艦長が淡々と命を下す。


 あの、老成された男の声を聞いてから、松風艦長の声音が……気迫が変わった……ことに、青木は気付かない。



「あ、あれは……ッ!」



 アイズネクストの右舷ブロックのハッチが開き、その奥に在る、忌々しい青と白の巨人エクスレイガを青木は見てしまったからだ。


 確信する。間違いない。イナワシロ特防隊だ。



「彼奴らは逆賊だッ!な、何としても破壊しろッッ!!」



 青木の中で、困惑が恐怖へと変わる。


 足下がぐらつく。


 敵も味方もだまくらかしてまで築き上げてきた権威ものが崩れようとしている……嫌な感覚がした。



「何をボサッとしているのです!破壊……破壊するのですよッ!!」



 言い方は高圧的だが。


 これは青木の、懇願であった。





 ※※※※





 大竹は、喜八郎の言葉を、頭の中で二度三度、反芻する。


 納得出来ることではないからだ。


 時緒少年が、戦う?今?



「無茶だ……!」




 イナワシロ特防隊の人々は、今の時緒少年が視力を失っていることを知らないのだ。


 駄目だ。


 目の見えない子どもを敵前に出すなど、正気の沙汰ではない。


 大丈夫、身体は精神力枯渇で鉛のように重いが、未だ未だ、戦えない訳じゃない。


 だから、大竹は時緒の身体の異常を、喜八郎に告げようと――



「大竹さん、大丈夫、やらせてください」



 寸でのところで、当の時緒に止められた。


 困惑の表情で大竹が振り替えると、時緒は自らの唇の前に人差し指を立てて、笑っていた。


 娘の優花に似た笑顔だ。待ちわびた運動会を前日に控えた……期待に僅かな緊張を混ぜた、ポジティブなものだ。



「この日の為に鍛練は欠かしませんでした。やれますよ」

「出来る訳が……」

「絶対出来る……とは言えません。だけど、大竹さんたちに助けて貰った僕です。無駄にはしません」



 気圧された。


 時緒の、優しくも、力強い声音に、大竹は静かに気圧された。



「真琴さんのお爺さん、時緒です!エクスレイガを発進させてください!」

「お、おい!?」

『了解した時緒坊、確と受け取れ!』



 大竹は顔をしかめたが、考えて、「……やれやれ」と呆れ笑いをする。


 この時緒は止まらない。


 否、止めたくない……とも思った。


 孤独な時間の中、少しも曇ることの無かったこの時緒の、その気迫の先を……。


 大竹は、見てみたくなった。



 ※



 かくして、アイズネクストのカタパルトから、エクスレイガが射出される。


 勢い良く空へと弾き出された、青と白の巨人は、両の拳を前に突き出したヒロイックなポーズで飛翔する。



「渡辺、バックアップ頼む!」

『喜んで』

「渡辺さん、ありがとうございます!」

『時緒君、御武運を』



 大竹の一号騎がスラスターを全開、加速、エクスレイガの背後にピタリと付く。


 前方遥かに、K.M.Xの大群が見える。


 時間的余裕は、無い。チャンスは、一度きり。



「行くぞ!時緒君!」

「お願いします」



 大竹が、一号騎のコクピットハッチを開けた。


 ゴウッと、コクピット内に容赦ない気流が舞い込む。



「…………」



 しかし、時緒は臆することなく立ち上がり、すぅ、と深呼吸。


 懐かしい香りが、時緒の中を満たしていく。


 水と大地と緑の香り。猪苗代の香り。



「ありがとう、大竹さん……!」

「……また会おう!」



 時緒は、大竹に返して貰ったルリアリウムのペンダントを握り締め――



「……っ!」



 コクピットから、飛び降りた。


 猪苗代の空に、時緒の身体が舞う。


 怖くない。


 例え目が見えなくても、分かる。簡単だ。


 気配が、ルリアリウムが発するエネルギーの脈動が教えてくれる。


 手を伸ばせば……すぐ先に!


 時緒は、エクスレイガの背部コクピットハッチを、確と掴んだ。



「よし……!」



 時緒は咄嗟にコクピットハッチの開閉スイッチを手探りで探した。


 だが、時緒がスイッチに触れてもいないのに、エクスレイガのハッチは勝手に開く。



「うぇ~~い時緒~~!おけぇりにゃ~~!」



 エクスレイガの操縦席なかから、緊張感の欠片もない、間抜けな声が聞こえて来た。



「何でいるんだよ、佳奈美?」

「おっちゃんたちがさぁ、あいどりんぐ?だけなら乗れるからって、時緒迎えに行ってやれってさぁ」



 ハッチの内側から佳奈美の腕が伸びて、時緒の腕を掴む。



「う~~ん、佳奈美さん、みんなに信用されてるからにゃ~~!」

「…………」



 時緒は黙っていることにした。


 多分、余程の事態が起こっても、佳奈美ならば適当で済むと、イナワシロ特防隊の大人たちが踏んだのだろう。


 佳奈美は多少のことは気にしない。馬鹿だから。


 それでも、久しぶりの佳奈美は、時緒にとっては嬉しい再会だ。



「良いね、最高だよ!佳奈美」

「にゃ?時緒?瞬きしてなくない?」

「…………」

「時緒?」

「ごめん、詳しい話は、後で」



 恥ずかしそうに笑って、時緒はエクスレイガの操縦席に滑り込む。


 シートの、懐かしい感覚。


 何処に、何があるか、どうすれば動くか、目が見えなくても、簡単だ。


 操縦桿型オブジェに、ルリアリウムを嵌め込み、意識を集中する。


 それだけで――



「佳奈美、飛ばすぞ!」

「ヤッチマイにゃ~~!」



 エクスレイガの双眸は鋭く輝き、四肢は躍動し、その巨体は、時緒の身体の延長となった。




 ※



 エクスレイガと繋がった刹那、時緒の意識が飛ぶ。



 時緒の目の前に、光を失った筈の時緒の前に……夏の裏磐梯が広がっていた。


 裏磐梯の荒々しい山肌。青空に浮かぶ入道雲。


 風にさざめく桧原湖の、その畔で――



「おかえりなのだわ」

「ただいま、サナさん」



 麦わら帽子を被った、ワンピースの女性が、今にも泣きそうなくらい、瞳を震わせて、微笑んでいた。


 ふと、時緒は思う。



 ――サナさんて、芽依姉さんにそっくりだな。





 ※※※※




『各騎へ、エクスレイガのパイロットは失明している!集団で翻弄し、撃破せよ!』

『了解!』

『了~~解!』



 宙に佇むエクスレイガの周囲を、十数騎のK.M.Xが飛び交い、囲む。



『へへっ!目の見えねぇガキに何が出来るってんだ!』

『ほ~~らほ~~ら、こっちだぞ!』

『後ろの正面だ~~れってやつだぜ!』



 K.M.Xのパイロットたちは時緒を嗤いながら、次々とライフルを発射する。


 当てはしない。態と外して、時緒を怯えさせるのが魂胆だ。


 エクスレイガは動かない。ただじっと、ビームの鳥籠の中にいる。


 きっと怖くて動けないのだろう。パイロットたちは暗い優越感に気を良くした。



『ハハッ!何も出来ないぜ!コイツ!』

『どれ!ちょっと小突いてやるか!』



 一騎のK.M.Xが、ビームナイフを片手に、エクスレイガへと肉薄する。



『大人をナメるんじゃ――』



 ナイフが、虚空を斬る。


 エクスレイガが、消えた。



『え――?』



 ナイフを構えたK.M.Xは、首を傾げたような挙動を取って――



 !!!!!!!!



 左右、真っ二つに断割されて、爆散した。



『『な……ッ!?』』



 K.M.Xのパイロットたちに戦慄が走る。


 宙に咲いた爆炎の花……を背負って、エクスレイガが姿を現す。


 いつの間にかその手には、鮮やかな翡翠に輝く、光の直刀が握られていた。


 あの一瞬で……斬った!


 怯えたのは時緒ではなく、パイロットたちの方だった。



『ヤツは目が見えないんじゃないのか!?』

『話が!話が違う!!』

『撃て!撃てぇぇぇぇッ!!』



 恐怖に駆られたパイロットたちが、一心不乱にライフルを発射する。


 四方八方、錯綜するビーム。


 エクスレイガが再び、消える。


 清みきった翡翠の剣閃が、疾しる。



 !!!!!!!!



 二騎目のK.M.Xが、胴体を割り斬られた。



 !!!!!!!!



 三騎目のK.M.Xが、頸を斬り落とされた。



 !!!!!!!!



 四騎目、五騎目、六騎目、皆、気付く暇も無く頸と四肢を斬り裂かれ、不様に墜ちていった。


 七騎目は股間コクピットを抉られた。


 視認、能わず。


 韋駄天の如き速さで、K.M.X隊を一刀の下に屠っていく、エクスレイガ。


 鋭く光るカメラ。頭の両脇にそそり立つ、ブレードアンテナ


 その姿、まさに鬼そのものだ。



『ひっ、ひぃぃぃぃぃぃぃ』



 先ほどの威勢は何処へ行ったのか、独り残された小隊長騎は、エクスレイガに背を向けて、おめおめと松風へ逃げ帰っていく。



 エクスレイガは追撃をしない。



 戦意を喪失した敵の背中を斬るほど、時緒は恥知らずでは、ない。




 ※※※※




「や、やるじゃん、時緒~~!」



 エクスレイガの超スピードに目を回しながら、佳奈美が喝采する。


 時緒は、開けていても意味の無い瞳を閉じて、安堵の息を吐いた。


 ……出来た。


 視覚に頼らずとも、剣を当てることが出来た!


 意思の無いゴムボールとは違う。敵意を持った相手を見ずに察知することが、こんなに簡単だったとは、時緒自身、嬉しい誤算だ。


 ゴムボールの方が、手強かった。


 例え盲目のままでも、皆の為、皆と共に戦える……その喜びを噛み締めながら。


 時緒は憧れの台詞を、言ってみる。




「つまらないものを、斬ってしまった……」

「時緒、ダサいにゃ!」

「なにをぅ!?」





 続く

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