叫べ
『願いも、度が過ぎればただの呪いだ』
真理子はふと、その言葉を思い出した。
偉人の名言でも、恩師の格言でもない。
たまたま暇だったから、時緒と観ていたロボットアニメの一台詞だ。
今の自分にぴったりな台詞だと、真理子は自嘲した。
『貴女の作ったマシンに、貴女の子どもが乗るの。素敵でしょ?』
あの日の、親友の言葉を真に受けて、真理子は今、息子を……時緒を孤独な戦場へと放り込んだ。
全て、夢半ばに病に倒れた友のため……と。
『任せてよ!!』
本人の同意があったといえ……だ。
一度はエクスレイガに乗せない、乗せられないと言っておきながら、今ではすっかり時緒を頼りに仕切っている。
時緒は単騎。向こうは五騎。
持ち得る戦力は、全て『決戦』の時への温存だ。
そして何より、時緒を極限状態にする。
時緒を、更なる一騎当千の戦士にする!
嗚呼真理子!なんて卑しい女だ!それでも母親か!
真理子の母性が怒り狂って己を糾弾した。
「分かってるよ。ンなこと……」
真理子は自虐の笑みを浮かべた。
「通信機能……未だ回復しません!太陽フレアは収まった筈なのに……!」
亜麻色の長髪を振り乱して、悲痛な顔を向けてくる芽依子を真理子は一瞥すると、自らのタブレットを素早く操作する。
確かに……画面には『NO SIGNAL』の赤いデジタル文字が明滅している。
真理子は更に操作を続ける。
通信機能の故障ではない。
「……外部からの妨害電波か……」
「え……」
芽依子の顔面が、一瞬で蒼白となった。
「急に妨害電波を発したら怪しまれる。太陽フレアの変動に便乗したか。上手いことを……」
「誉めてる場合ではありません!」
突如芽依子が声を荒らげたので、真理子は少々驚いた。
「このままじゃ……時緒くんが……!」
芽依子は座っていたパイプ椅子を蹴り飛ばして立ち上がると、大股で闊歩してドアへとむかった。
「芽依?何処へ行く?」
低い声で尋ねる真理子を、芽依子は涙を貯めた目で睨み付けた。
「時緒くんを助けに行きます!」
「……今回のことはお前にも言っておいたろうが」
「おかげで体重が3キロ減りましたし……傍観するとも言ってません!」
「芽依子!」
「貴女がお母様との約束を守っているように!私も時緒くんを守ります!」
そして、芽依子は会議室を出て行った。
荒々しい扉の閉め方に、窓際に置いてあった中ノ沢こけしが揺れた。
「…………」
真理子は苦笑せずにはいられない。
大手を振って去っていく芽依子の……その後ろ姿に淑やかさは無くて……まるで……。
「
※※※※
「畜生ッ!コイツ……!」
焦りと驚きに、樋田の奥歯がギシリと軋んで鳴った。
樋田の乗るK.M.X三号騎の、ビームナイフによる斬撃を、エムレイガはことごとく回避していく!
当たらない!当たらない!攻撃が当たらない!
その技量の凄まじさ……!一体
「畜生ッ!!」
討たなければいけない!敵を……敵にしてしまった相手を倒さなくてはならない!
後ろめたい焦燥に、パイロットスーツの下の樋田の身体は汗に濡れた。
僅かながら倦怠感も感じ始めた……。精神力が残り少ない証拠だ……!
『樋田!援護する!』
突然、久冨の声が樋田の鼓膜を叩きーー次いで、一条のビームが樋田の視界端を迸った。
!!!!
ビームはエムレイガの右脚部装甲を僅かに溶かし、その躯体が僅かにぐらついた。
『今日は私が折れてやる!お前の
「……っ!」
何も応えられず、樋田は無言でエムレイガへの突撃を再開する。
『良いぞ樋田!それで良い!共に奴を倒そう!』
久冨の言葉が跳ねる。
止めろ。止めろ。
俺に優しくするな。
もし、自分のやったことが大竹だけでなく、久冨たちにも露見したら……!
樋田は恐ろしくて堪らない!
だから……だからこそ!
樋田は早く……早くエムレイガを倒したかった!
早く倒して任務を終了し、全て過去にしてやりたかった!
だが……!
!!!!
ジェット音が轟いて、矢じりめいた赤い機影が、樋田の視界を遮った。
「ぐ……っ!?」
三号騎が体勢を崩す。
颯爽と飛びすさぶ……あれは……イナワシロ特防隊の……戦闘機!?
「邪魔……するんじゃねぇぇぇえ!!」
怒りに樋田は絶叫!三号騎のスラスターを全開にして、戦闘機目掛け跳躍した!
※※※※
時緒は驚いた。
この戦闘は、自分一人の筈なのに。
自分が、一人で時間を稼ぐつもりだったのに。
エムレイガとK.M.Xの間に割って入った一機の戦闘機は……あの赤い機影は!
「シースウイング!芽依姉さん!?」
時緒は、エムレイガは回避行動を続けつつ、山肌すれすれに飛行するシースウイングを注視した。
シースウイングの機体下部に取り付けられているのは、ルリアリウム・ブレードの柄だ。
シースウイングは宙返りをすると、再びエムレイガに接近、ブレードの柄をエムレイガ目掛けて射出した。
「……っ!」
エムレイガは跳躍して、柄を見事に掴み取る。
シースウイングの風防が開いた--!
開放されたコクピットから、亜麻色の長い髪と結わえられた黒いリボンが風に乱れ舞った。
矢張り、芽依子だった……!
パイロットスーツではない、清楚なブラウスのまま、芽依子はシースウイングを操縦していた。
「~~~~!」
芽依子は円らな瞳を必死に見開いて、何かを叫んでいる。エムレイガの集音機能では聞き取れない。
しかし、時緒は理解した。
その、艶やかな唇の動きは……!
と き お
た た か え
その時、シースウイングを巨人の影が包み込んだ。
芽依子が振り向く。
跳躍したK.M.X三号騎が、シースウイングに……コクピットの芽依子に……ビームナイフを突き立てようとーー
「っっっっ!!!!」
時緒の中で、何かが弾けた!
刹那、エムレイガは猪苗代の大地を駆ける!
加速、加速、加速!そして、跳躍!
ブレードの柄を、
『ブレード
エムレイガはーー
「姉さんに!」
光の直刀を抜き放ちーー
「芽依子に!」
躯体を高速回転させーー
「
その激情の一閃でーー
三号騎の頸を、斬り飛ばしたーー!
続く
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