第十九章 デビル・エクスレイガ
誰が為の刃
『時緒くん!!』
ホバリングするシースウイングの機首からエムレイガにワイヤーが伸びて、時緒のいるコクピットに芽依子の声が響いた。
接触回線だ。
宙に浮かぶ『SOUND ONLY 』と印された立体ウインドーから、芽依子の澄んだ声が聞こえて、時緒は幾分安堵した。
映像が、芽依子の姿が映らないのは残念だが……。
「姉さん!?」
『時緒くん!もう交渉の余地はありません!そもそも
時緒の鼓動が、早鐘を打つ。
『戦って!それでも駄目なら逃げて!自分のことだけ優先して考えて!!』
「そんな!!」
ーーそんなこと、皆を置いて逃げるなんて出来るか!
時緒は、防衛軍のロボット隊を睨み付けた。
何としても戦い抜いてやる!
皆を……芽依子を守れるなら!
何も知らない世間が、防衛軍を正義と謳うなら!
「僕は……もう悪で良い!」
優しい時緒は、断腸の思いで覚悟を完了する……。
ルリアリウムが、一層強く輝いた……。
※※※※
「!?!?」
一面砂嵐のコクピットスクリーンを見つめ……。
樋田は、ただただ驚いた。
何があった……!?
何が起こった!?
行く手の邪魔をする戦闘機を仕留めようとした……
一筋の光が、視界を薙いで……。
三号騎は……
光の……ルリアリウム・エネルギーの刀で、斬られた!
「駄目だっ……!スラスターが点かねぇ.‥.‥畜生ォッッ!!」
騎体落下の引力が、樋田の身体を縛り付け……。
「がはぁぁぁッッ……!!」
鋼鉄の
「ぐ……ぁ……」
衝撃が肉を貫き骨を軋ませ、激痛となって樋田を蝕む。呼吸が上手く出来ない。
吐いた胃液のすえた臭いがコクピットに充満して、惨めな気持ちに拍車をかける……。
『樋田ァ!?』
『樋田先輩!?』
久冨と熊谷の悲鳴が、鼓膜を叩いた。
何時もの斜に構えた態度……を取り繕う余裕は、今の樋田には無かった。
『樋田特尉、大丈夫ですか?』
渡辺の声と共に、コクピットがガクリと揺れた。
恐らく、渡辺の四号騎が三号騎を抱き起こそうとしているのだろう。
「お……俺のことは……気にするな……ッ!」
それは、樋田の素直な気持ちだった。
そうだ……。自分は心配される必要も無い。
味方を欺き、敵を騙した自分なんて……気に掛けられる価値も無い!
「久冨!俺を気にしてる暇があったら撃て!職務を全うするのがお前の
『あ、ああっ!分かった……!』
「おい熊谷!味噌っ滓のお前が前に出たらただの的だ!下がって渡辺と一緒に久冨のバックアップに入れ!」
『味噌っ滓なんて酷い!』
「事実だろうが!」
『仰る通りですぅ!!』
通信機越しに一頻り叫んで、樋田は頭を垂れて俯いた。
「……っ!」
仲間なんて……要らない……筈だったのに……。
だから……汚い仕事を受けたのに……。
「何やってるんだろうな……俺は……』
何故……他人を求めてしまうのか……?
自分に嫌気が差して、樋田はコクピットディスプレイを拳で叩いた。
「い…………痛ぇ…………」
※※※※
やってやる……
『時緒くん……お願いよ!どうかーー』
シースウイングのワイヤーを切り離して、時緒のエムレイガは全力全開で猪苗代の大地を疾駆する。
「守ってみせるさ!何があっても!」
エムレイガのバイザーが時緒の
最初に狙うは……肩に『2』と印された騎体……二号騎だ。
時緒の目が猛禽のようにぎらつく。
エムレイガはブレードを逆手に構え、二号騎目掛け……吶喊!
二号騎が再びライフルを斉射する。
牙を剥く、粒子ビームの弾群!その隙をエムレイガは縫うように走り抜けた!
恐ろしく正確で淀みの無い、二号騎の超精密射撃!だからこそ分かり易い!
銃口の向きさえ見極めれれば、回避は可能だ!恐れることはない!
上下左右、風を呼んで様々な方角から曲射してくる律の弓矢に比べたら、優しいことこの上無い!
二号騎は、弾幕を掻い潜り迫り来るエムレイガに戦慄を覚え、スラスターを噴かして距離を取ろうとする。
ーーしかし!
上空より飛来したシースウイングのルリアリウム・バルカンに牽制され、二号騎は退却タイミングを喪失、射撃体勢を大きく崩された!
この好機!時緒は決して見逃さない!
電光石火!エムレイガは更に加速!風も音も置き去りにして、身をよじって錐揉み回転!避けきれないビームをブレードで弾く!
「懐……入った!!」
二号騎が構えたライフル……その真下で、エムレイガが……時緒が……吠えた!
逆手に構えたブレードを……一閃!
一瞬で二号騎のライフルは真っ二つに斬り裂かれ、基部と泣き別れになった砲身がアスファルトに落ちて、ガランと空しい音を伴って転がった。
まだ、時緒の攻撃は終わらない!
エムレイガはブレードを持ち替える。
逆手から、突きの構えへ。
次に狙うは、二号騎の……頸!
頸を突き刺し、瞬時に機能を停止させーー
次の瞬間!時緒の視界端から光がーー光の斧が迫って、エムレイガのブレードを弾き飛ばした!
「っ!?」
エムレイガは咄嗟に宙返り、飛ばされたブレードを空中で掴み取ると、腰を低くした体勢で着地する。
時緒は戦慄した!
ブレードと斧が克ち合ったのは刹那。それでも充分に理解出来る……凄まじいほどの剛力!
エムレイガの頭部バイザーが、自分と二号騎の間に割って入る……巨人を睨み付ける。
暗い青色の巨躯。
ドラム缶のような左肩の装甲には、赤いラインと共に『1』が堂々と輝いている。
その武骨な掌には……身の丈ほどもある、巨大な斧が握られていた。
一号騎。即ち……隊長騎!
その騎体から立ち上る気迫!他の騎体とは段違いの凄まじいオーラ!
時緒の肌がひりつき、心臓がドクドクと高鳴る。抑えられない!
この緊張感は、覚えがある!
猪苗代の町内で、初めてシーヴァンと対峙した時だ。
放課後の校門前で、西郷 灰と斬り結んだ時だ。
台風の夜、暴走したティセリアを迎撃した時だ。
浄土平の硫黄立ち込める荒野で、正直の乗るエムレイガと仕合った時だ。
その時々と、非常に似ている!
時緒は否が応でも理解してしまう……!
あの
続く
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