好きになれない大人の矜持






 猪苗代町某所。






 ✕✕✕・✕✕✕✕建造ドッグ-ー。







「はぁ……」



 薄暗いオフィスめいた空間に、しかめ面をした卦院のため息が漂った。


 太陽フレアによる電磁波障害でからの通信が途絶えたのは、およそ十分前のことだ……。




「あの真理子鬼オンナの予想通りなら……」



 今、時緒は……孤独で過酷な戦いの最中に在る。


 それなのに、自分は……。


 俗世から離れたこの安全空間で、医療薬や器具のチェックなど、別に今やらなくても良い仕事をしている。



「ガキが覚悟決めてるって時に……!」

「そう言うなよ」



 一人言のつもりが、予想だにしなかった応答が返って来たので、卦院は些か面食らった。


 振り向くと、牧が苦笑していた。



「……一応、エムレイガの操作レクチャーは受けてるぜ?俺ァ……」

「技術屋の俺ならともかく医者おまえが最前線に出るなんで悪手以外の何者でもないんだよ。万が一お前に何かあったら、誰が俺や麻生のおじさんの腰に鍼を打ってくれる?」



「チッ…!」と、渋い顔の卦院は舌打ちを飛ばした。



 間違ってはいない。むしろ正論だ。


 だが……



「時緒を一人にさせるなんて……真理子は何考えてやがる……!?」

「真理子も真理子なりに覚悟を決めたのさ」




 牧が肩を竦めた……その時。


「……?」


 突如、卦院と牧がいる空間に……その壁や床に、翡翠色に輝く放射線状の光が走った。


 ルリアリウムの光だ。


 オオ……オオ……と空気を振動させ、何処からか音も聞こえた。


 低いモーター音のような……。ソナーで捉えた鯨の鳴き声のような……!



「やれやれ……




 そう言って牧は、携えていたタブレットを操作する。



 二人のいる空間に照明が点いて、壁の一区画を占めていたシャッターが、ゆっくりと開いた。



「森兄さん、今のは……?」

「ああ、こちらに搬送してから……時々あるんだ。ちょっとしたオカルトだよ」



 シャッターが開ききって、露になった強化ガラスの窓の向こうに……。



「…っ!?」



 鋭い双眸と目が合って、驚いた卦院は肩を震わせる。



 四肢をメンテナンス用アームで拘束され、騎体各所をケーブルに繋がれた……の傷一つ無い裸体フレームが、鮮やかに光り輝いていた。




「……そんなに時緒が心配か??」




 窓に手を添えて、牧は困ったように微笑んだ……。




「君の夢を叶える為に……真理子ライオンは我が子を千尋の谷へ突き落とそうとしているぞ?夢の中でも良いからさ……叱ってやってくれよ……」







 ※※※※






『おのれ彼奴きゃつめが!ちょこまかとォ!』




 複雑な動きで猪苗代の大地を駆けるエムレイガに対し、久富の乗るK.M.X 二号騎は、久富の激情のままにライフルを乱射し続けた。


 怒りの精神力から変換されたルリアリウム・エネルギーの弾丸が燃えて……爆ぜる!


 先刻、光弾のほんの一発がエムレイガの脇腹に当たり、体勢を崩したが、それは一瞬で些細なこと。


 転倒したエムレイガは直ぐさま跳び跳ね空中で一回転して立て直し、尚も縦横無尽ジグザグな動作で久富の攻撃を回避する!




「久富!く……っ!」



 損傷した樋田の三号騎を引っ張りながら、大竹は顔をしかめた。


 イナワシロ特防隊は、一度ならず、二度までも不意打ちを?


 まさか……?そんな……?


 しかし現に、三号騎は攻撃を受けて爆発したのだ。


 大竹じぶんの一号騎を、庇って!




『隊長、如何します?』



 ふと、四号騎が一号騎の肩部装甲に触れ、渡辺からの通信が繋がった。接触回線だ。



『ひぃぃぃぃ!た、隊長!さっさと倒してさっさと帰りましょうよ!!』



 四号騎の背後にぴったりくっついていた五号騎の……熊谷の戦慄の声も聞こえ、大竹は唇を噛み締めた。



 信じたくないが……信じたくないが……!


 防衛軍みかた側に被害が出てしまった。


 この現状ではもう……最早……話し合いは無理だ……!



「仕方が……ない……!」



 断腸の思いで結論を出してからの、大竹の行動は早かった。




「目標を無力化させる!渡辺は久富のバックアップ!熊谷は樋田をフォロー!良いか!?必要以上の破壊行為は厳禁とする!」

『了解。バスター4、対応します』



 四号騎がホバリングで移動して、二号騎の支援に入る。



『バスター3、再起動する……!』



 すると、樋田の三号騎が、支えていた一号騎と五号騎を隻腕で振り払い、気怠げに起き上がった。



「樋田…!?大丈夫か!?」

『余計な心配ありがた迷惑だぜ!戦闘は可能だ!』



 三号騎は右大腿部の装甲内からビームナイフを取り出し、スラスターを全開にして天高く跳躍!そのまま急降下して、エムレイガの追随を開始した!



 久富の二号騎も、四号騎が支援に入ったことで我武者羅だった砲撃が、乱射から精密射撃へと、落ち着きを取り戻している。



「…………」




 疑わしきは、対処せねばならない。


 これが、軍人の矜持……。


 これで良い、と大竹は思うことにした。


 思うことで、イナワシロ特防隊と対峙せねばならない……嫌な現実に目を背ける自分を正当化した。


 全ては人々の為!家族の為!




「…………」




 そんな自分が、大竹は心底嫌になった。


 大人になるとはどういうことか、今更分かって嫌になった。


 見えない糸で操られているマリオネットになったようで……。


 そんな姿を、道化を誰かに笑われているようで……。




「気持ちが悪いな……!」




 大竹はそう呟いて独り、頭を下げた。


 一号騎のコクピットスクリーンには、二号騎と四号騎の射撃、そして三号騎のビームナイフを用いた斬撃を懸命に掻い潜るエムレイガの姿が映える。


 その姿は、大竹が惚れ惚れする程の勇猛であるが……。



「すまん……イナワシロ特防隊……!エクスレイガのパイロット……!」



 使命と悔恨が混ざくり合って、大竹に重くのし掛かる。


 もし、部下たちでも対処出来なかった時は……




「俺が……貴方たちを……討つ!」






 続く

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