愛 believe!





「そう……か。リツに背中を押された……か」



 数日後の、ペンション【きたかわ】。


 訪れた正文から、ことの顛末を聞いたカウナは、リビングのソファーに深く身を委ねながら、安堵したような……何処か悲しいような声色で……テーブルを挟んで相対する正文に頷いた。




「おしティセリアちゃん!パスだっ!」



 庭では、店も部活も休みで暇だからと、正文について来た伊織が、ティセリアとサッカーボールで遊んでいてーー



「うゅっ!ひっさつしゃちゅ!ティセリアすーぱーごーじゃすうるとらしゅ〜〜と……うぎゅぃっ!?」



 伊織からの華麗なパスで送られたボールを、ティセリアは盛大に蹴り損なって空振り、芝生に尻餅をついていた。



 その様を傍目に、正文は若干緊張の声色で……



「……なあ?カウナ……?」

「もう『カウナモ』と呼んでくれんのか?」



 眉をハの字にして意地悪な笑みを浮かべるカウナに、最後のわだかまりが消えた正文は、いつもの不敵な笑みで返した。



「カウナモ……!テメェのパンチ痛かったぞこのヤロー……!」

「何を言うか!貴様のキックの方が痛かった!昔の我だったら泣いちゃっていたぞ!」



 そして……。


 正文とカウナは互いを笑った。


 一頻り笑って……二人は同時に「「ふぅ……」」と溜め息を吐いた。



「結局……律には最後まで世話になりっぱなしだった」



 垂れた前髪を手でかき上げながら呟く正文に、カウナは瞳を閉じて、苦笑する。


 脳裏には、『我ではマサフミの代わりになれないか?』と言った時の……怒りを伴った律の泣き顔を思い浮かべていた。


 正文の代わりなんかいない。カウナお前の代わりがいないと同じ。


 あの日の律の怒号が、カウナの心芯に熱を加える……。



「結局のところ、我も我のことしか考えてなくて、リツに迷惑をかけてしまった……」



 自嘲の籠ったカウナの声色に、正文は薄い笑みを浮かべ、無言で頷いた。


 カウナも、笑顔のままで黙り込む。


 リビングに聞こえるのは、庭で伊織と遊ぶティセリアのはしゃぎ声だけ。



「……それで?」



 そんな無言空間を打ち破いたのは、キッチンから出て来たラヴィーだった。



「マサフミ、君は……この後どうするつもりなんだい?」

「……そのことなんだが」



 正文は、冷たい麦茶が入ったグラスをラヴィーから受け取ると、グラスを一気に煽り、そしてーー



「俺様は、俺様の専用騎マシンを受け取りに行く……!」

「イナワシロを離れる……ってこと?」



 ラヴィーの疑問に、正文は迷いが払拭された、鋭い澄んだ眼差しで即座に頷いた。



「ああ、専用騎マシンを受領する次いでに、小名浜の波に揉まれて……鍛え直して来るぜ……!」



 一時的とはいえ、正文が猪苗代を去る……。


 カウナとラヴィー、そしてティセリアを背負ってリビングに入って来た伊織が、揃って眉をハの字に曲げた……。



「マちゃフミ、どっかいっちゃうゆ?さみしいうゅ〜〜ん……!いっちゃイヤなのョ〜〜!」



 カウナ達の気持ちを、困り顔のティセリアが代弁してくれた。



「悪いな、お姫……」



 正文は立ち上がり、ティセリアの垂れた狐耳を優しく撫でる。



「俺様には、命を駆けてやらなきゃいけないことがある……!」

「やらなきゃいけないことゆ〜〜ん?」

「ああ……!」



 正文は今一度、覚悟を込めて大きく頷いた。



「ゴルドー卿は我々の教官も務めた歴戦の勇士だぞ……?」

「例え専用騎のモチベーションで精神力を上げても……生半可な強さじゃ太刀打ち出来ないよ……!」



 カウナとラヴィーが、取り敢えずの忠告をする。



「分かっている……!身に染みている……!」



 それでも正文の覚悟は揺るがない。



「二人とも、無駄っすよ!」



 伊織が呆れ笑いを浮かべ、正文の肩を叩いた。



正文コイツ、一度言ったら磐梯山が噴火でもしない限り止まりませんよ!」



 無論、カウナとラヴィーも重々に理解している。


 忠告した程度で、この正文バカは止まらない……!



「伊の字、すまん……!時の字達のフォロー、宜しく……!」

「行って来い……!お騒がせ大馬鹿野郎!」



 伊織と拳を突き合わせ、カウナ、ラヴィー、ティセリアの溜め息に包まれながら……。



「俺様はあのモフモフオヤジを倒す……!そして……!」




 今も、正文は、紅の尾鰭を持つ気高き少女騎士を……シェーレを想い続けていた……。






 ****




 一方。


 イナワシロ特防隊基地近隣の、森にーー



「…………」

「…………」



 木々の間を颯爽と駆け抜ける人影が二つ。


 時緒と、シーヴァンだった。


 二人とも、等身大のルリアリウム・ブレードを構え、互いに睨み合ったまま、鬱蒼とした原生林を駆ける。


 いつもの鍛錬だが、少年達の身体から放たれる気迫は鋭く、熱い。


 そして二人は、旋風を伴い、何の合図も無く、腐葉土を踏み締め停止して、暫くの睨み合い……。



「ふ……っ!」



 時緒が先刃を斬る。


 時緒は跳び上がると、木の幹や枝を足場にして、三角飛びの要領でシーヴァンの周囲を飛び跳ねる。


 その動きはまさに縦横無尽!猪苗代の大自然を味方に付けた、予測不能な高速且つ立体的な挙動!



「っ……!」



 突如、一際大きい幹を蹴り上げ、時緒は低く跳び、シーヴァン目掛け切り掛かった!


 恐ろしく素早く、一瞬にまで簡略化された時緒の事前動作!その行動予測はオリンピックアスリートの反射神経をもってしても極めて困難だろう……!


 そんな、時緒の鋭い低空斬撃が、シーヴァンの胴を狙う!



「むん…っ!」



 しかしシーヴァンもまた素早く身を翻し、剣を逆手に持ち替えて時緒の刃を受け止める!



 ッッ!!



 時緒の翡翠色に輝く光刃と、シーヴァンの山吹色に輝く光刃が克ち合い、相反するルリアリウム・エネルギーが稲光となって二人の周囲に轟く。


 このままいつもの力比べか?


 シーヴァンが予測した、刹那。



「な…っ!?」



 時緒が背後へと飛び退いた。


 シーヴァンの予測に反し、時緒は咄嗟に身を退いたのだ。


 当てが外れたシーヴァンは面食らい、拍子に足下の柔らかな腐葉土にバランスを奪われる。



「隙、貰います……っ!」



 好機チャンス!時緒は跳躍、身体を錐揉み回転させながら、再び斬り掛かった!


 シーヴァンはバランスを立て直すことを諦め、そのまま腐葉土の上に仰向けに倒れ伏す。


 それが良かった。


 倒れ、ほぼ地面と一体化したことで、時緒の斬撃軌道からの完全回避に成功したシーヴァンは、背筋の力だけで起き上がると直ぐ様に時緒を追撃する。


 時緒も負けじと、木々を蹴り舞いシーヴァンへ刃を放つ。


 再び克ち合う二色の光刃!



「……っ!?」



 心地よい波動を感じる光に照らされながら……。


 シーヴァンは驚いた。


 目の前の時緒は、シーヴァンを真っ直ぐに見つめたまま、薄く、微笑んでいる。


 これが、時緒か?


 初めて会った時とは、まるで違う。


 落ち着いた、何処までも冷静な、それでいて尚鋭い気迫を、ルリアリウムを通して感じる……!


 この間まで出ていた拙さ、子どもっぽさが、見事なまでに払拭されている!




 これは……危険ヤバいかもしれない……!



 驚異から来る寒気を感じたシーヴァンは、瞬時に気持ちを切り替えた。



(そりゃそうだ……!このトキオおとこは、今までどれだけ戦ってきたと思っている!?)



 可愛い弟の鍛錬に付き合ってやる兄としての気遣い……から、同格……それ以上の相手と戦う騎士としての気概へ!


 シーヴァンは軽快なステップで離れ、間合いを取り……また時緒とぶつかり合う!


 一秒間に一撃、二撃、三撃、四撃!


 光刃と光刃の、超高速の鍔迫り合いに、周囲の空気が震え、木々が騒めく!


 刀の一閃として放たれるスキルソウルカルマ


 幾重もの光の風華はなが狂い咲く、その剣戟の渦中で……。



「「………………」」



 時緒は、相変わらずのシーヴァンの強さに笑い。


 シーヴァンは、見違える程成長した時緒の気迫に笑った。




 ****




「という訳で……この時点で牛脂を入れ、肉を焼きま〜〜す」

「なるほど……」

「ふむふむ……」

「割り下には会津産の醤油……そして日本酒……あと、黒糖!これがシーヴァン君の惚れた味だぜリースンちゃん!」

「は、はいっ!」



 イナワシロ特防隊基地、会議室。


 給湯室からの、真理子がリースンとコーコにすき焼きの作り方を教える声を聞きながら……。


 ワンピース姿の芽依子は、眼下に広がる森林を見遣った。


 やっと治ったクーラーが、芽依子の亜麻色の長い髪を揺らしていた。



「時緒くん、今日は勝てるかしら……?」



 芽依子は、鍛錬としてシーヴァンと一騎討ちに出かけた時緒を想う。


 多分、勝てはしない……。


 シーヴァンは強いから……。


 もう直ぐ正午だ。


 悔しそうに地団駄を踏んで帰って来る時緒を想像して、芽依子はクスリと笑った。



(大丈夫よ時緒くん!二日酔いと生理で世話になった分、お姉ちゃんがちゃあんと労ってあげますからね!)




 いつでも来なさい!とばかりに、絶好調な芽依子は清楚なワンピースを盛り上げる豊満な胸を張って、得意げに鼻を鳴らしたのだった。




 続く

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