どうして、そこまで……?
会津聖鐘高校、生徒会室。
生徒会長用の机、現生徒会長である主水の目の届き易い箇所に、一枚の写真が貼られている。
やや色褪せた写真……そのコピーには、純白の学生服を纏った少年少女達が、鶴ヶ城を背景に……蒼穹に向かって堂々と木刀を掲げていた。
そんな彼等の中央には……唇を真一文字に結んだ、群青の瞳を鋭く煌めかせる少年が、いた。
その細身の
群雄割拠、不良戦国時代とも呼ばれた七〇年代の会津を駆け抜け、傷付きながらも数多の敵を撃ち破り、当時の会津聖鐘に平定をもたらした豪雄。
誰が呼んだか、【百鬼夜行をぶった斬る、地獄の番犬】……。
その名こそ……
****
「……そういう訳で、僕の生徒会長としての最初の仕事は通学路のゴミ拾いから一転、霊感商法で暴利を貪っていたカルト教団の殲滅戦になってしまったのさ」
平沢庵ロビーのカフェラウンジ。
やや気恥ずかしそうに、自分の学生時代を話す正直にーー
「凄い……!それは会津聖鐘に伝わる七武勇伝の一つ『カルト教団御礼行脚』の巻……ッ!!」
「まさか、御本人から話を伺えるなんて……感動ですわ!!」
現生徒会の主水、美香は目を皿のようにして……二人とも興奮と尊敬の形相で正直を、二十年来の先輩を見つめた。
主水に至っては正直の言葉の一句一句を忘れないよう、メモにペンを走らせながら聞き入っていた。
「今の
正直の問いに、主水は苦笑しながら「面白いです!」と即答した。
「正直さん……いや、正直先輩ほど、自分は上手くやれてる訳ではないですが……」
「僕だって上手くやってた訳ではなかったよ」
「まさか!先輩の築いた教えで今の生徒会が成り立っているのに!」
今度は正直が苦笑する番だった。
本当に上手くやっていた訳ではなかった。
ただ、会津で……猪苗代で培われた、教えられた士魂の下に、一心不乱に駆け抜けただけだった。
……それでも、だからこそ、あの日の思い出は、正直の脳裏に鮮明に焼き付いている。
「…………」
ふと、正直は、先程の通話相手の言葉を思い出す。
『マサナオよ、もう一度……戦場を駆けたくはないか?』
主水や美香に昔話をしていると、気持ちが膨らんでいくのが、正直は確と感じた。
時緒と模擬戦で戦った時から、抱いていた思い。
もう一度。
もう一度。
「……君たち」
正直ブレンドのコーヒーを飲んで、あまりの苦さに二人揃って白目を向いて痙攣し始めた主水と美香に、正直はそっと……周囲に人がいないにも関わらず……小声で問い掛けた。
「巨大ロボに乗って、地球の為に戦ってみないかい?」
****
場所は変わり、椎名邸、茶の間。
「これは……!」
時緒、律、真琴、そして正文が注目する中。
真理子がタブレットに表示したのはーー
「赤い……エクスレイガ!?」
驚く時緒の問いに真理子は頷いて見せる。
タブレット画面には、薄暗い倉庫に鎮座するエクスレイガの姿が映し出されていた。
鋭い相貌。羽根飾りのような頭部の
まさしくエクスレイガだ。
しかし、その躯体は、時緒の駆るエクスレイガとは違い、『青』に当たる装甲が、鮮やかな、ややオレンジがかった『赤』に塗られていたのだ。
「エクスレイガの二号騎だ。試作した武器のデータ取り用に保管していたヤツだが……」
真理子は説明をしながら、タブレット画面を見つめていた正文を見据えた。
「正文お前、コレ……使ってみるか?」
真理子のその言葉に、正文の切れ長の瞳がカッと見開かれる。
「良いのか……!?」
驚く時緒と真琴の視線を受けながら身を乗り出す正文に、真理子は「ああ」と瞳を閉じて頷く。
しかし、その直後、真理子は「ただし!」と付け足し、片目だけ開けて正文を睨んだ。
「このエクス二号騎は小名浜の第二支部にある。正文、オメェは小名浜まで……自分の足で取りに行け」
「…………!」
正文は目を見開いたまま、口を真一文字に結んで真理子をじっと見つめ続ける……。
「え!?母さん?猪苗代まで輸送して貰えば……あいてっ!?」
そう言って苦笑する時緒の額に、真理子は正文を睨んだまま、強烈かデコピンを一発決め込んだ。
「馬鹿野郎、輸送代だって馬鹿にならねぇんだ。それに……戦いに首を突っ込んだケジメくらいは
まるで、自分がエクスレイガに乗ることを許された時のようだ……。
額を摩りながら懐かしい顔をする時緒を他所に、真理子は正文に問う。
「正文、テメェは何の為に戦う?」
問われた正文は、愚直なまでに澄んだ眼差しで、はっきりと返答する。
「無論……愛の為だ!」
まるで一昔前のメロドラマのようなセリフだ。
真理子は思わず口元を緩める。
「……結構、辛い道だな?正文?」
「元より承知の上だ……!それに……」
正文は、直ぐ横の……澄ました表情をした律を一瞥して……
「俺様は、この想いで一人の女を泣かせた……!一回敗けた程度で……退くつもりなんて毛頭無い……!」
正文は、タブレットに映るエクスレイガ二号騎に手をかざし、きっぱりと断言する。
「真理子さん、感謝する…!俺様はこの二号騎を受理する為、喜んで小名浜へ向かうとも……!!」
正文のその言葉に、真理子はニヤリと笑い……。
「………は」
側で聞いていた律もまた、やや自嘲気味に微笑んだのだった……。
****
数時間後ーー。
真理子や、起きてきた芽依子に別れを告げて。
真琴は椎名邸を出て、帰路につく。
目の前では、帰るついでにレンタルビデオ店に向かう律が、鼻歌を歌いながら歩いていた。
「あ!律おねーちゃんだ!」
途中出会った小学生に手を振りながら、律は颯爽と歩いていく。
「…………」
ふと、真琴は耐えられなくなって……。
「
「ん?」と、律はさっぱりとした笑顔で振り向く。
真琴は……思い切って……!
「どうして律ちゃんは……平沢くんのことが好きだったのに、平沢くんとシェーレさんのこと……応援出来るの……?」
緊張に震える唇で……意を決した真琴の質問に、律は最初驚いた顔をした。
「……そうだな……」
しばらく経過して律は、頬を朱に染めて、恥ずかしそうに笑いながらーー
「確かにあの
「そんな……」
「私は結局、な?破天荒な正文が……私の想像を超える行動をする
すると律は、「私もアホだなぁ。なぁ?」と言い足して、何も言い返せなくなった真琴に向かって、微笑んだ。
「…………」
真琴は、律の手を握って、揃って猪苗代の歩道を歩きながら、考える。
律は、いつの間にか大人になっていた。
もし、自分だったら……。
もし、時緒が自分ではなく、芽依子を選んでしまったら……?
律のように、応援出来る……?
「私には、無理……。耐えられない……」
つい想像してしまった真琴は、自分でも制御出来ない感情に涙を流してしまい、その涙を眼鏡で隠して俯いた。
「…………」
律は何も言わずに、ただ恥ずかしげな笑顔のまま、真琴の髪を撫でた。
西陽は未だ未だ暑かったが、律と真琴を優しく包む磐梯山からの山風は、微かにだが……確と秋の香りがした。
****
猪苗代町、【水野呉服店】。
「あれ?今日は……
突如立ち上がって意味不明なことを言い出す妻の薫をーー
「薫ちゃん、良いから原稿描いて」
スクリーントーンを貼っていた夫の嘉男が、やんわりと嗜めていた……。
続く
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