第十三章 ネクスト・ステージ

変わり過ぎだろっ!?




「なんか立ち直ったようで良かった!……と言いてえところだが!!」



 椎名邸に帰宅するな否や真理子はーー



「テメェよくもエムレイガを粉微塵にしてくれやがったな!?」



 茶の間で時緒、律、真琴と四人対戦ゲームで遊んでいた(腹が良い感じに膨れた芽依子は寝ている)正文を、思い切り大外刈りで縁側から、西陽がぎらつく庭へと放り投げた。



「…………」



 済まし顔のまま、正文が宙を舞う。


 時緒は律が操作するキャラクターに爆弾を投げながら……そして真琴が操作するキャラクターから攻撃を受けながら、正文が宙に描く軌道を目で追った。


 庭木か垣根にでも激突するかと思われた正文は、宙で一回転して体勢を整えると、庭の石灯籠の上に音も無くしなやかに着地した。



「畜生ゥッ!ナイス着地ィ!!」



 真理子が渋い顔をしながらも、華麗なウルトラCを決めた正文に拍手をする。


 切羽詰まった状況だったとはいえ、エムレイガを無断で持ち出し、あまつさえ破壊してしまった……。それなりの後ろめたさを感じていた正文は真理子の大外刈りを甘んじて受け入れたのだ。


 そして……。



「真理子さん、恥は掻き捨て……迷惑ついでに願いがある」



 正文は態々石灯籠の上で頭を下げて謝罪すると、その切れ長の瞳で真っ直ぐ真理子を見てーー



「……俺の専用マシン……作ってくれ!」

「……………………」

「変形するとか……ビームでるとか……そんなんじゃねえ……!エクスレイガみたいに……出来るだけ遠目からでも……俺様だと解る騎体ヤツが……欲しい!」



 正文はダメ元で頼み込んでみた。


 ふざけんじゃねえ!とか、寝言は寝て言え!とか言われて、また恐ろしく素早い、正文でなければ見逃してしまう手刀でも食らうか……と正文は予想をしたが……。



「………………」



 真理子は縁側で仁王立って、しばらく正文を睨んだのち……



「ちょっと、こっち来い」



 真理子は正文の頼みを拒むことは無く、正文に対して顎をしゃくって見せた。




「オメェに見せたいモノがある」





 ****





「スァーレ卿!スァーレ卿!!」



 航宙城塞〈ニアル・スファル〉内。


 日課ルーティンの鍛錬を終え、汗だくのまま廊下を進んでいたスァーレは、背後から凄まじい声量で呼び止められた。


 振り向けば、若いショグスー人の準騎士が、十数本の触手を巧みにうねらせて廊下を疾走して来ていた。



「何!?何!?何っ!?」



 スァーレが慌てて、己の触手から滴る粘液でブレーキが効いていない準騎士を抑える。


 準騎士は、大きな単眼を震わせながらーー



「シェ、シェーレ卿のことでご相談がっ……!」

「何!?アイツまた男子イジメ始めた!?」



 瞬く間に表情を険しくしたスァーレに、その準騎士は慌てて頭部を横に振る。



「ち、違います違います!逆……その逆なんです!!」

「逆!?」



 首を傾げるスァーレの前に、準騎士は丁寧に包装された、黒緑色の煎餅を触手に乗せて見せた。


 〈モルプス〉と呼ばれる、数種類の海藻を磨り潰し捏ねて焼いた、惑星アビリス由来の菓子だった。



「これ……シェーレ卿から貰ったんです……!」

「………………は?」



 ……スァーレは、自分の耳を疑った。



「因みに、自分だけでなく、他の男性準騎士にも……」

「はぁ!?」



 あの、男嫌いなシェーレが?


 準騎士のことを……自分よりも弱い男どもを毛嫌いしていたシェーレが?


 意味が分からず、頭の中をハテナマークでいっぱいにするスァーレに、準騎士は身体を恥ずかしげにくねらせながらーー



「シェーレ卿に謝られたんです。『今まで辛く当たってすまなかった』って。他の皆も同様です」



 驚きのあまり硬直するスァーレの前で、準騎士は触手で器用に包装を解くと、モルプスを嬉しそうに後頭部にある捕食口へと運んだ。



「うん、美味い!シェーレ卿って……あんな綺麗な眩しい笑顔をするのですね!準騎士の間でシェーレ卿の人気は急上昇です!噂ではファンクラブを作ろうとしている奴もいるとか!」



 もう話について行けなくなったスァーレは、「へぇ、そうなんだ……」としか応えることが出来なくなった。


 ファンクラブ……。


 あの刺々しかったシェーレに、ファンクラブ……!?


 スァーレ自分には出来た試しも無いのに!



 言いたいことを言ってスッキリして、上機嫌で去っていく準騎士を見送ると、スァーレは慌てて腕の通信機を操作し、シェーレの居場所を検索する。



「いた……!はぁ……!?」



 投影された映像に、スァーレは度肝を抜かれた。


 シェーレは大食堂にいた。


「あのヒラヒラが男に媚びているようで好かない!」と嫌悪していた侍女メイド服に身を包み。


「地球の負け犬ども!」と蔑んでいた捕虜の軍人達相手に、朗らかな微笑を浮かべて。


 捕虜達でごった返す大食堂内で、給仕をしていたのだ。



『お水、お水は如何ですか〜〜?』

『人魚のメイドさん!水お代わり〜〜!』

『は〜い!ただいま〜〜!』

『ありがとう!キミ可愛いね!!』

『ふふっ!褒めても水しか出せませんよ!!』



 鼻の下を伸ばす軍人達を、シェーレは微笑みながら丁重にあしらっていく。


 以前のシェーレからは、考えられない姿に、スァーレは夢でも見ているのではないかと己の頬を抓った。



「……痛い」



 即ち、夢ではない。現実だ。


 現実……とはいえーー



「変わり過ぎだろっ!?」



 スァーレは思わず、誰もいない廊下で独り叫んだ。


 シェーレの心の変化を、スァーレは知っている!


 昨晩、ベッドの中で、シェーレに延々と聞かされたからだ!


 それは……シェーレが地球で……一人の少年と出会ったから……!


 その少年おとこの名は……!




「シェーレが気持ち悪いのはお前の所為だぞ!?マサフミ〜〜!!」





 ****




『お前は今のままで満足か……?』

「開口一番、何を言うんです?先生……?」



 中ノ沢温泉、老舗旅館【平沢庵】の裏庭。


 携帯端末の向こうから聞こえるダンディズム溢れる声に、正直まさなおはゆっくりと瞳を細め、苦笑した。



『子ども達の背中をただ見守る……。それだけで満足かと、我輩は聞いている』

「満足も何も……それが大人というものでしょう?」



 正直がそう言うと、通話相手はおよそ十数秒、勿体ぶったように沈黙した……。


 そしてーー



『マサナオよ、もう一度……我輩の麾下で戦場を駆けたくはないか?騎士達の良い刺激になる』

「先生、酔ってます……?」

『残念ながら我輩は素面だよ。何、簡単な話だ』

「…………」

『トキオやお前の倅を、後ろからではなく……前から見守れば良い。な?』

「………………」



 今度は、正直が、沈黙した……。



『地球とルーリアの最終決戦までまだまだ余裕はあるだろう。将来の選択肢の一つとして考えてみて欲しい……』



 通話相手はフ……と意味深な鼻笑いを一つ残し、ふつりと……通話は途絶えた。



「………………」



 端末の受話器からはツー、ツー、と通話が切れたことを示す電子音が鳴るだけなのに、正直は端末を耳にあてたまま、裏庭の砂利の上で立ち尽くしていた。


 その顔からは笑みは失せ、温厚な瞳は変貌し、まるで肉食獣のように爛々と輝いて……。



「あ、旦那さん!こんな所にいたんですか!」



 館の裏戸が開いて、中居のナルミが顔を出す。


 途端、正直は何時もの……人畜無害そうな優男の笑顔へと戻った。



「ん?どうしたかな?」

「お客様がお見えです。予約していた『松平様』です」





 ****





 正直がロビーに行くと、平沢庵の玄関に二つの人影を確認した。


 一人は純白の学生服を纏った金髪碧眼の少年。


 もう一人は長いロングヘアをロールに巻いた、強気な瞳の少女。



 会津聖鐘高校生徒会長の松平 主水と、副会長の蛯名 美香であった。



 二人とも、緊張で強張った表情で玄関に直立している。


 そして、正直の姿を確認するやーー



「今日はお忙しい中お付き合い頂き、誠に有難う御座いますっっ!!」



 二人揃って勢い良く頭を下げた。



「そんなそんな、硬くならないで」



 正直は笑いながら、改めて二人を眺め、嬉しそうに二度頷いた。



「来てくれて本当に嬉しいよ。主水君だったね?その白ラン……良く似合っているよ」



 すると主水は「滅相もないっ!」と、勢い良く頭を上げた。



「この白制服も!今の生徒会も!でございます!」



 正直を見つめる主水の瞳は、尊敬と憧憬の気迫に、光り輝いていた。






 続く

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