復活のM



「……あラ?」



 イナワシロ特防隊基地、会議室。


 タンクトップ姿のキャスリンは、団扇を仰ぎながら首を傾げた。


 支給されたパソコンを使って……イナ特専用秘匿回線で、白河に在る【イナワシロ特防隊第三支部】に定時連絡を行おうとしたのだが……。


 画面いっぱいに、白黒の砂嵐……。



「電波障害かしラ……?」



 そういえば近々、太陽フレアの活性化があるとニュースアナウンサーが言っていたのを、キャスリンは思い出した。


 この秘匿回線の不調も、太陽フレアによって発生した電磁波の影響かもしれない。


 そう思いながら、キャスリンは画面を睨む。


 睨む。


 睨む……。



 不意に、砂嵐画面が消えーー



「『わァ!?」』



 画面の中からこちらを見つめる童顔おかっぱ髪の女性と目が合い、キャスリンはその女性と揃って短い悲鳴をあげた。


 画面の女性は第三支部のオペレーター(通常は白河城近くの土産物屋の店員。彼氏募集中)だった。



 正常に戻ったのか……?


 先程の砂嵐は……電波障害は何だったのか……?


 ニュースでやっていた様に、電磁波の影響なのか……?


 取り敢えずキャスリンは、予定通りに定時報告を開始する。



 形容し難い、後ろ髪を引かれるような違和感を感じながらーー。





 ****




 正文は夢を見ていたーー。



「ま…待ってくれ!」



 正文は走る。力の限り走り続ける。


 だが、その視線の先……優しい微笑を浮かべたシェーレに、いくら走っても辿り着けない!


 何故……何故!?



「ふ・は・は・は・は……!」



 何処からか聞こえるダンディズム溢れる笑い声に、正文の肝が凍り付いた。


 正文とシェーレの間に、小さな影が生まれる。


 直立した齧歯類のようなプリティーな姿。


 ゴルドーだ……!



「お前は良くやった。……少々期待外れだが……な?」



 ゴルドーは正文を嘲りながら宙に浮くと、シェーレの手を引っ張り、高く高く飛翔する。


 シェーレの姿が、消えていく……!



「待ってくれ……!待ってくれ!行かないでくれっっっっ!シェーレェェェェ!!!!」













 ぴとり……。



「っっ!?」



 何やら額に冷たい物を押し当てられて、正文は強引に覚醒させられる。



「………………」



 時緒かと思ったが……違った……。



「…………うなされていたな」



 遠く、ひぐらしの鳴き声が聞こえる。


 キンキンに冷えたスポーツドリンクのペットボトルを正文の額に当てていたのは……。



 巫女姿の、律だった。





 ****





「芽依子ちゃん……大丈夫?」

「頭とお腹に鉛を押し込まれた気分です……」

「食欲は……?」

「食欲だけは通常運用なんですよね……ふふ」



 そう気弱く笑って、芽依子は気遣う真琴の前で、時緒手製のおにぎりを口にした。



「うん、おいし……」



 昆布の佃煮の、甘辛いあっさりとした旨味と食感が、今の芽依子にはとても嬉しい。



「今日一日、ずっと時緒くんに助けて貰って……お姉ちゃん冥利につきます……」

「そっか……。羨まし……じゃなくて良かったね、芽依子ちゃん」



 心の底から喜んでいる芽依子と真琴の微笑みが、部屋の隅で漫画を読んでいた時緒に向けられる。


 時緒は苦笑しながら、気恥ずかしさに頭を掻いてーー



「いつも姉さんには世話になりっぱなしだからね!こんな時くらいしか力になれないけどさ!い」



 すると、青白かった芽依子の頬に朱が戻り、そんな芽依子を真琴は羨望の瞳で見つめてはにかんだ。



「………………」



 女子特有の、華やかな談笑を開始する芽依子と真琴を、時緒は見守りながら、また……思う。


 もし、この二人が、万が一自分を好きになったら……好きになってくれたら。


 正文のように、一人を割り切れるのだろうか……。


 もし、この二人の両方が、別の男を好きになったら……。


 律のように、送り出せるのだろうか……。



 時緒の答えは、未だ未だ見つからない。


 ただ、芽依子と真琴を……想うだけだった。




 ****




「……見てたのか?」



 布団の上に胡座をかき、スポーツドリンクを一口飲みながら、正文はややぶっきらぼうに律に尋ねた。


 見たとは……昨夜の戦闘か……。


 理解した律はーー



「ああ、見た」

「……情けねえ所を見られたな……」

「お前の情けなさは今に始まった物でもないだろうよ」



「返す言葉もねえな」と、正文は自嘲の笑みを浮かべ、もう一口、ドリンクを飲んだ。



「……悪い」



 律から視線を外し、正文は律への謝罪を呟いた。



「……悪いって……何が?」

「折角お前が背中を押してくれたのに……シェーレを……」



 悔恨に、正文は俯く。



「俺は……」



 何も出来なかった、と言おうとした正文のこめかみをーー



「ふんっ!」

「イデデデデデデ!?」



 律は思い切りアイアンクローで締め上げてやった。



「いつまでもナヨナヨして気色悪いっ!」

「りっ!?」



 もう我慢ならない。


 律は正文に全てをぶち撒けることにした。



「ホントのことを言う!私は!未だに!ほんの少し!お前が好きだ!!」

「……っ!」

「だが私が好きなのは!今のナヨナヨした、悲劇の主人公みたいなお前じゃない!」

「…………」

「スケベで!場の空気読まなくて!何時も根拠無しの自信満々で!クールでニヒルを気取った、ギャグ漫画の主人公みたいな破天荒なお前が好きだった!」



 顔を……耳まで真っ赤にして断言する律に、正文は驚きのあまり、口を開けたまま硬直する。


 折角の二枚目が台無しだ。



「……アイツは……シェーレは……きっとお前を待ってる……!お前と再会出来る日を待ってる!」



 恥ずかしさに上気した肌を掌で仰ぎながら、律は巫女装束の裾から、赤紫色に輝く矢尻型の宝石を取り出す。



「それは……まさか!?」



 正文の目の色が変わった。



「シェーレから貰ったルリアリウムだ。……

 シェーレからお前への伝言と一緒に……アイツから貰った」

「伝……言!?」



 真っ直ぐ見つめ直す正文に……。


 律は二度三度、深呼吸を繰り返し、己を落ち着かせて……



「アイツはな?……本当に……お前のことが……」




 ****




 昨夜ーー。



「何か……正文に伝えることはあるか!?」



 律の問いに、遥か上空のシェーレはしばらく黙り込み……。


 やがて、今にも泣きそうな……潤んだ瞳で微笑んだ。



「どうか、マサフミに……!」

「ああ!ちゃんと伝えてやる!」

「わ、私は……私は……マサフミに会えて……本当に嬉しかった……!……でも……!」
















 ーーマサフミ、お前とこんな別れをするのなら、こんな別れをしなければならないなら……。



 ーー私は。私は……。



 ーー……!




 ****



「……っ!!」



 律からシェーレの伝言を聞いた正文は、歯を食い縛り、何度も何度も自分の太腿を拳骨で殴り続けた。



「……この程度で終わる訳無いよな?正文バカ!?」



 律の煽るような叱咤激励に、正文は歯を食い縛る。



「俺は……俺は……!」



 途端、正文は胡座の体勢から垂直に飛び跳ねて、立ち上がる!


 布団の上に、仁王立つ!



「律……?」

「何だ?」

「……たのむ。俺を単純な男と思わんで欲しい……!」



 ゆっくりと顔を上げる正文の、その左右色の違う瞳には……。


 シェーレへの想いと、ゴルドーへの反撃リベンジの、若い黄金の情熱が、勢い良く燃え上がっていた!



「……ハッ」



 律は笑う。この男、どれだけ単純なのか。


 だが、これで良い……!



「律!俺は……いや、は戦う!腕一本になろうが、戦い抜いてやる!」



 このスケベで単純な正文こそが、自身にとっても友となったシェーレに知って欲しい正文なのだから。



「フッ……!」



 気障に笑って、正文は胸元から取り出したルリアリウムを天にかざす。


 ーーこの想いよ、シェーレに届け……!


 その、鮮やかな紅の中心に群青が混じったルリアリウムの輝きは。


 昨晩の、ゴルドーと戦っていた時よりも、強く……激しく……明滅していた……!



「待ってろ……シェーレ……!」




 続く

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