蕎麦花畑で捕まえて……?


 炸裂音を響かせて……。


 月の輝く夜空に、燃焼効果の花が咲くーー。



 先刻、正直まさなおが買い物ついでに猪苗代町下界から買って来た、ファミリーセットの花火だ。



「た〜まや〜〜!!」

「かぎやうゅ〜〜ん!!」



 ロケット花火の甲高い飛行音に、わぁわぁ、うゅうゅと、修二とティセリアの歓声が混じって聞こえる。多分、ゆきえも傍らに居るだろう……。



『さぁ!どんどん点火しちゃうぞ!!』



 正直まさなおの、年甲斐にも無くはしゃぐ声も聞こえる。


 親父、夏をエンジョイしてるな、と思いながら……



「……あのよ」



 正文の呼吸に、豚型の陶器が吐き出していた蚊取り線香の煙が、揺らぐ。





「記憶……戻って良かったな?」

「ああ……」

時緒俺のダチ、良い奴だったろ?」

「……呆れるくらい良い奴だった」



 正文の視線の先で……。


 必死に自分をフォローしていた地球人の少年を思い出して、シェーレは可笑しそうに笑っていた。


 良かった、正文は純粋にシェーレの回復を喜んだ。


 だから、正文は笑った。


 シェーレの前で、笑って見せた。



「本当に……良かったな?」

「……お前のお陰だ」



 シェーレも、笑ってくれた。



「マサフミ、お前が、私を助けてくれた……。ありがとう……」



 蚊取り線香の煙が薄らと、正文の視界を遮って。


 ほんの一瞬だけシェーレを、律の顔に見せた。



シェーレアイツのこと……幸せにしてやれ……!)



 涙を堪えた、振り絞るような律の声が、正文の脳裏に蘇る。


 あいつの想い、送り出してくれた気概、決して無駄にしない。


 正文は緊張感を、昂ぶってしまう気持ちを必死に抑え、赤面しているであろう顔色を、LED行燈の灯が上手く隠しているよう祈りながらーー



「シェーレ……」

「ん……?」



 意を決して、言ってみた。




「これからちょっと……出掛けてみないか?」




 ****




「ん……?」

「うゅ……?」

「…………?」



 ふと聞こえたエンジン音に、修二とティセリア、そしてゆきえは、自分達の足下で火花を散らして回る鼠花火から、庭の外へと目を遣った。



 別嬪号に跨った正文が、街灯に淡く照らされた中ノ沢温泉街の街道を、母成峠へ向かって走り去って行くのが見えた。


 正文の背中を掴む、地球人に擬態したシェーレの姿も……。



「兄ちゃん、シェーレ姉ちゃんと夜のおデート!?」

「ぅぴゃぁ〜!せーしゅんうゅ〜〜!!」

「…………」



 真琴から貸して貰った少女漫画の受け売りなだけ、青春の意味が未だよく分かっていないティセリアは、頬を赤らめる修二の手を握って歓喜の小躍りを開始する。


 そんな子ども達の様を、正直まさなおはゆきえと共に、微笑を浮かべて見守りながら……。




「……それでも矢張り、連れ戻すのですか?……?」




 ふと、微笑を苦笑に変えて、正直は修二達に聞こえないほどの小声で呟くと、背後の、平沢庵母屋の屋根に流し目を遣った……。



「……無論だ」



 低いダンディーな声がして、屋根の上で、影が動いた。


 全長五十センチメートルの鼠が直立したかのようなその影は、正文が走り去っていった方角に顔を向けると、溜め息を吐いた。



「……世話を掛けた、マサナオ。フミコや……マリィにも宜しく言っておけ」

「お手柔らかにお願いしますよ?うちの長男坊正文は結構繊細なんです」

「それは……あの貴様らの倅小僧次第よ……」



 屋根の上を疾駆して、影は消えた。


 一瞬、巨大なテディベア型のシルエットが、正直の頭上を通過した……。



「やれやれ」と正直は肩を竦ませながらーー



「マちゃナオおじちゃま!つぎコレやってうゅ〜!」

「どれどれ!」



 ティセリアから受け取った赤青緑の煙玉に、次々と火を点ける。



「…………」



 誰かが、正直の着物の裾を引っ張る。


 見下ろすと、ゆきえが裾を掴んでいて、何か言いたげに唇を尖らせていた。


 修二の代弁が無くとも、何となくゆきえの意図が分かった正直はーー



「大丈夫さ……」

「……?」



 と、首を傾げるゆきえに、ウインクをして見せる。



「恋に障害は付き物だからね」





 ****





 其処は、月の下……一面の白い絨毯だった。



 夜の母成峠。蕎麦の白い花が草原一面に咲き乱れ、月光を反射して、訪れた正文とシェーレの視界を眩く占領する。



「これ、が……?」

「そうだ、これが見せたかった」



 別嬪号のタンデムシートの上で、シェーレは感嘆のため息を吐く。



「綺麗だ……」

「お袋が栽培している蕎麦畑だ」

「ソバ?」

「今日食ったろ?灰色の細長い……ツユに浸して食べる……」

「……!アレか……!この綺麗な花が……あの美味いソバになるのか……!」



 得意げに頷く正文に、シェーレは微笑む。


 花の白が緊張感を和らげ、愉快な気持ちになったシェーレは、ゆるりと、隣に座る正文に寄りかかり、身を預けた。


 正文の身体は一瞬震えたが、それだけ……。


 猪苗代の大自然によって鍛えられたその肉体は、確と……優しく、シェーレの肢体を支えた。



「……不思議な気持ちだ」

「…………」

「私は別の星から来たのに……懐かしいような……」

「…………」

「ずっと……この景色が……イナワシロの景色が……当たり前だったような……」

「……当たり前にしたら良い」



「ん?」と少し驚いたシェーレの、その肩を……。



 正文は、掌で包み込むように抱いた。



「マサフ……!」

「当たり前にしたら良い。ずっと猪苗代ここにいて、こんな花畑モノ……見慣れた光景にしたら良い……!」



 困惑と、微かな期待に潤む、シェーレの瞳に。


 真っ直ぐな視線の、正文が映る。


 正文は決意する!


 ずっと、ずっと!


 シェーレには、ずっと猪苗代にいて欲しい。ずっと、自分のそばにいて欲しい!



「シェーレ……」

「あ……あぁ……」

「俺は……いや、は……おまえが……おまえと……ずっと一緒に……!」

「……っ!」

「俺様は……おまえが好、」

……!」



 その時ーー


 正文とシェーレの間を、突如激しい風が一筋、吹き抜けていった!



「不純異性交遊はそこまでだ……」



 何事かと驚く二人の、その視線の先。


 蕎麦の花畑の真ん中に、小さな黒い影が降り立つ。



「な……!?」



 一世一代の告白を邪魔された正文は、その影を怨嗟の眼光で睨んで……絶句する。


 その姿は、シーヴァンやシェーレと同デザインの騎士装束を纏った……全長五十センチメートルくらい?……大きな鼠だったからだ。


 有り体に言えば、佳奈美がいつも携帯ゲーム機で遊んでいる、ポケットなモンスターの……電気属性の……!



「……年頃の……人様の娘をこんな夜遅くに外出させるとは……感心せんなァ?小僧……?」



 その直立した鼠は、その風体に似つかわしくないダンディーな声色で正文を咎め、そのつぶらな瞳に侮蔑を纏わせた。



「……!!」



 正文は急に動けなくなった!


 これは……恐怖?


 猪苗代の大自然で培われた第六感が警鐘を鳴らす!


 この、目の前の……プリティーなおとこは、強いと……!


 恐らく強さは……正直ちち文子ははと同等か……それ以上!



「……はとうに過ぎている」

「ぁ……!」



 タンデムシートの上で、驚きのあまり硬直したシェーレを見てーー



「帰るぞ……シェーレ……!我輩の可愛い愛娘むすめよ……!」

義父ちち上……!」



 むせ返るほどの気迫で、周囲の蕎麦の花を揺らめかせ……。


 黄金に輝く満月の下、歴戦の戦士ゴルドーは、不敵に笑った。




 続く

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