第十一章 正文、巨神になる
僕らは何処へゆくのだろう?
「さあさあ!整備班の皆々様ーー!!」
「ご注文の品をお持ちしましたよーー!!」
夜のイナワシロ特防隊格納庫に、両手に岡持ちを携えた伊織とラヴィー、参上。
途端に、茂人を筆頭とした整備班が「「待ってましたァ!!」」と野太い歓声を上げて、まるで子どものような無邪気な笑顔で二人を取り囲んだ。
二人が岡持ちの蓋を開ける。満載されていたラーメンや炒飯や餃子、その他諸々の香ばしい匂いが格納庫いっぱいに拡散されて、整備班員達の空きっ腹を大いに刺激する。
何故夜遅くになると
それは、誰にも分からない……。
「お?」
細心の注意を払って持ってきた料理に、舌鼓を打つ茂人達を他所に、伊織は格納庫の奥を見遣る。
「あれ……?」
そこには、
「シゲさん、エクスレイガは?」
伊織の問いに、茂人は「オーバーホール中」と、最近
「時緒には暫くエムレイガに乗って貰うわ」
「ふぅん……」
エムレイガもカッコいいと言えばカッコいいが……。
エクスレイガの無駄に出張った肩、ヒロイックな二本角、少年心を刺激する鋭い双眸を見れないのは、伊織にとっては少々寂しいものだった……。
「……あれ?イオリ?」
若干
「イオリ?
「切ったっスよ?」
「あれ?でも……聞こえない?」
首を傾げながら、ラヴィーは擬態を解除し、その長い兎めいた耳を震わせる。
伊織もラヴィーに倣い耳を澄ませた。
「「………………」」
確かに、ぶぅぅ……ぶぅぅ……と、エンジンの音が微かに聞こえる。
「やべぇ」
ついうっかり、アイドリングのままにしていたか。ガソリン代も馬鹿にならないのに。
伊織は少し焦って、格納庫を出ようとしたが……。
「…………?」
……何か、おかしい……。
件のエンジン音、どんどん大きくなっている気がするのだ。
此処で伊織は推測をする。
このエンジン音は、雷電号のものではなく。
別の……スクーターかバイクが……このイナワシロ特防隊基地に、近付いている音では……?
まさか……結界(クマ注意だの変質者注意だのと描かれた看板)を突破して……?
そう伊織が考えている間も、エンジンは大きく、いや、近く聞こえて……。
伊織やラヴィーだけでなく、夜食に夢中だった茂人達も音に気付いて顔を上げた……その時。
!!!!!!
「「うわぁあ〜〜〜〜ぃ!?!?」」
いきなり黒い一台のバイクがシャッターを突き破り、格納庫内へと侵入してきた!
近くに雷が落ちたかのようなシャッターの破壊音がバリバリと轟き、伊織もラヴィーも、茂人達も揃ってびっくり仰天する!整備班員の中にはひっくり返って、ラーメンのスープを頭から被った者もいた!
「な、何だァ!?」
驚きのあまり腰を抜かしたラヴィーを抱き起こしながら、伊織はまるで大友 克洋の漫画の主人公のように滑り込んで来た漆黒のバイクを凝視する。
また防衛軍による性懲りも無い奇襲か!?
いや、違う。
鋭い流線型のそのカスタムバイクには見覚えがある。あれは……別嬪号!
そして、その別嬪号に乗っているのは……本来の
「あの……モフモフ糞オヤジ……!あの毛皮ひっぺがして……足拭きマット作ってやる……!!」
髪を振り乱し、悔し涙で瞼を腫らした、正文だった。
****
ほんの、数十分前ーー。
「さぁ、これに乗れ」
ゴルドーはそう言うと、携えていた野球ボール大(ゴルドーが持つとバスケットボール大以上に見える)の、金属特有の光沢を放つ六角形の物体をシェーレに向けて放り投げた。
物体は放物線を描いてシェーレの落ちると瞬く間に変形、展開。大人一人が悠々と座れる円盤へと変形した。
戸惑いの表情で円盤を見つめるシェーレに、ゴルドーは優しい父親の口調で言う。
「足が無くて不便だったろう……。お前は擬態後の二足歩行訓練をしていなかったからな……」
「…………」
「シェーレ……自分の立ち場を理解せよ……。お前は何の為に地球へ来たか……?」
正文と触れ合っていたシェーレの肌がピクリと震えた。
そして、シェーレは……正文の腕から手を解き、離れた……。
「シェーレ……!?」
驚く正文に、シェーレは振り向くこと無く、別嬪号のタンデムシートから円盤へと乗り換える。
この円盤が、シェーレの……アビリス人の陸上歩行器であると正文が気付いた時には。
シェーレはもう、ゴルドーの傍らにいた。
「シェーレ!待て……!」
「…………マサフミ」
不安に眉をひそめた正文と、今にも泣きそうなシェーレの視線が、交錯する。
「お前……まだ猪苗代に来て一週間しか経ってないじゃないか……!」
「…………」
「未だ猪苗代に居ろ!ミスターもカウナも二週間!ラヴィっちなんかもうひと月近く猪苗代にいる!お前には……もっと……連れて行きたい所が……」
「…………済まない」
縋るような正文の言葉に、シェーレは俯き……。
「……ハ!」
代わりにゴルドーが、小馬鹿にした顔を浮かべて正文を嗤った。
「彼等は正規の手続きを踏んで地球に出陣し、正規の手続きを踏んで捕虜生活をしている。対して
くつくつと嗤うゴルドーに、正文は睨み付けることしか出来ない。
「シェーレ……!」
「……
「そん……な……」
確かに……その通りならば……確かに……。でも……でも……!
このままでは……!
「返す言葉も無いか?……青二才が。さぁ帰ろうシェーレ。スァーレが待っている。お前を心配していたぞ?」
「姉上が……?」
ゴルドーはピョンと跳ねて、シェーレの腕に巻かれていた擬態装置を解除する。
元の姿……鮮やかな紅色の尾鰭を持ったアビリス人の姿に戻ったシェーレと、ゴルドーが、音一つ立てること無く宙に浮いた。
正確には浮いているではなく、二人は巨大な掌の上に居て、その掌が掬うように上昇しているのだ。
いつの間にか夜の闇から現れた、見た所エクスレイガと同程度の、巨大なテディベアの掌が……!
「な……ん!?」
テディベアの巨躯に驚き、立ち竦んでしまった正文を他所に、ゴルドーは早々にテディベアの額に在る半透明キャノピーの中へと入っていった。
シェーレも、ゴルドーに促されて、キャノピーの中へと入ろうとする……が……。
「マサフミ……ッ!」
突如シェーレはテディベアの掌の上で踵を返して、眼下の正文にーー
「ありがとう……!」
大粒の涙を幾つもおとしながら、クシャクシャの笑顔でーー
「私も……マサフミ……!貴方のことが……!」
その刹那、テディベアは背中から光の羽を生やし、広げ、飛翔。月夜の空を旋回しながら飛び去った。
これで……さよならなのか……?
突風に、蕎麦の花びらが舞い散る中、正文は思考する。
これで……さよならなのか……?
いや……嫌だ……。
もっと……もっとシェーレと共に居たい!
個人的な我儘なのは百も承知だ。
だが……だが……!
「……あの……モフモフ糞オヤジ……!」
正文は流れて流れて仕方の無い悔し涙を拭い、別嬪号に跨る。
まだ……まだ間に合う!
エンジン始動!振動が、正文の激情を加速させた!
****
そして今、正文はこうして
「ま、正文!?」
「マサフミ……!」
驚く伊織やラヴィー、整備班の面々を、正文は一瞥……。
「……済まん……お前ら!」
「え……!?」
「
そして正文は、一目散にメンテナンス・ハンガーを駆け上った。
伊織達の叫びが背中を叩くが、正文は振り向かない。
そのままキャットウォークを駆けて、整備の為に開いていたエムレイガの背中、コクピットブロックへと滑り込んだ。
シート搭乗、ベルト固定。
動かし方は……時緒とエクスレイガに乗った時に一部始終見ていたので覚えている!
中央ディスプレイに、カウナから譲り受けたルリアリウム……ミサンガを取り付けて腕輪にしていた……を、嵌める!
「動け……動けよ……!」
正文が意識をルリアリウムに集中させると、ルリアリウムが淡く輝き、幾何学状の燐光となってエムレイガ全体に伝播する。
【ルリアリウム・レヴ 正常駆動】
ディスプレイに浮かぶ文字を正文は確認し、操縦桿を握り締める!
微かな脱力感が正文を包んだが、これも時緒から聞いた通り。問題無い!
コクピットハッチ、閉鎖!
装甲各所から蒸気を吹き、甲高いモーター音を響かせながら、
そしてーー!
「エムレイガ……!俺様……
搭乗する正文の戦闘代行者となったエムレイガは跳躍!
!!!!!!
格納庫の天井を拳で打ち破り!
エムレイガ……正文は、決意の
続く
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