うつろう季節の中で
「
ゴルドーはニアル・スファル城内の廊下を、格納宮目指して足早に歩く。
ゴルドーの足裏の肉球が廊下を踏み締めるたびにプニプニ、プニプニと可愛い音が鳴るが、彼から発せられる老練な気迫は、自身のプリティーさを相殺させて有り余り、鋭い闘志を周囲に拡散させ、通り掛かった者達全てを怖じ気付かせていた。
「別に
「…………」
「あの気性難を好いてくれる男が出来たんだ!嬉しいことじゃないか……!このまま……」
「…………」
スァーレの意見のことごとくを完全に聞き流し、ゴルドーは通信機を起動ーー。
浮かび上がった立体ウィンドーには、ゴルドーと同じプー・ニャン人の整備士が映っていた。
「
『はっ!ルリアリウム相転移繊維装甲も人工筋肉も全て新品に換え終えました!いつでも征けます!』
掌の肉球を見せて、プー・ニャン式の敬礼をする整備士に、ゴルドーは納得と感謝の首肯をして……。
「スァーレ……、お前とて例外ではない……」
「え……!?」
此処で初めてゴルドーは振り向き、スァーレを睨め上げた。
ゴルドーのその、キャバ嬢受けの良いつぶらな瞳には、スァーレには到底不可解な……『
「お前も好いた男が出来たら必ず我輩に言え。お前に相応しい男かどうか……我輩がじっくり……じっくり確かめてやる……!」
いつもより数段低い渋声でゴルドーは宣うと、再び廊下をプニプニ、プニプニと歩き出し、やがて……見えなくなった。
「…………マジかよっ!」
スァーレはもうゴルドーを追うことはせずに、廊下で無気力気味に佇んだ。
義父には拾って育てて貰った恩があるが……。
「あ〜〜ぁ……あの頑固オヤジィィ……」
自分に恋人が出来た時も同じことをするのか……。スァーレは廊下の真ん中で、頭を抱えて崩れ落ちる。
……未だに浮いた話は無いが……スァーレはゴルドーにコテンパンにされる未来の交際相手(因みに、スァーレは小太り気味の男性が好みである)を想像して、憂鬱で仕方がなくなった。
「シェーレ……あとシェーレの彼氏君……頑張れ……!」
スァーレは願う。
……じゃないと、自分の番が面倒臭くなるからだ……。
****
「帰りに、タイガー堂でアイスと麦茶のパックを買って帰りましょ!」
「うん……」
「今日のお夕飯は私特製の豚の角煮です!楽しみにしててくださいね!あ、練り辛子まだあったかしら?」
「うん……」
中ノ沢温泉街から猪苗代町へと帰るバスの中でーー。
時緒は隣の座席に座る、(シェーレと会話してから)やや上機嫌の芽依子の言葉に、半ば上の空で応じる。
薄い相槌を打ちながら……つい、考える。
あの正文が、狼狽える程にまで、人を愛した。
人となりを塗り替えてしまうまで、人を愛した。
そして、そんな正文の背中を、かつての恋人だった律が押したのだ。
凄い。時緒は素直にそう感じた。
素直に、正文と……特に律を尊敬した。
どんな葛藤を……乗り越えて……!?
「時緒くん?どうしたの?」
「え……っ!?」
我に返った時緒は、目の前に芽依子の顔があるのに気付き、大層驚いた。
心臓が早まる。顔が熱を帯びる。
「時緒くん?大丈夫です……?」
「え?あ……うん!大丈夫!」
慌てて笑って、慌てて頷いて。
時緒は眉をハの字にした芽依子を見遣る。
もし……。
芽依子、そして……真琴に、他に好きな人が出来たら。
自分は応援することが……嫉妬と劣等感に苛まれずにいることが出来るだろうか……。
「あ、あの……時緒……くん?」
至極真面目な顔で時緒が見つめるものだから、芽依子も気恥ずかしくなって顔を紅く染めてしまい、動けなくなって……。
『猪苗代病院前〜……発車しまぁ〜す』
「「あ」」
お陰で時緒と芽依子は、降車予定のバス停で降りそびれてしまった……。
****
夕食を終えて、シェーレは一人、縁側に腰掛けて夜空を見上げた。
雲一つ無い、中ノ沢温泉街の夜空には、見事な真ん丸の満月が煌々と輝き、浴衣を纏ったシェーレを青白く照らす。
りぃりぃと、庭のあちらこちらから聞こえる虫の鳴き声に、心が落ち着いたシェーレは耳を傾ける。
虫が鳴き出すのは夏という季節の終わりが近付いていることらしい。地球環境を文子から教わったシェーレは、ほんの少し、感傷的な気持ちになった。
この夏という、地球の季節が終わる。
自分の人生を変えてくれた、この愛おしい暑さが、終わる……。
「…………!」
ふと、シェーレはルーリア騎士として、メイアリアの懐刀として培った空間把握能力で、自分がいる特別客室……その襖の向こうに人の気配を察知した。
覚えのある気配……決して忘れられない……忘れたくない気配だった。
シェーレは苦笑した。
「……そんな所に突っ立ってないで、入って来たら良いよ」
幾秒か経過して、襖が静かに開く……。
シェーレはこの襖が開く音が好きだ。自分に会ってくれる人がいる。自分が孤独でないことを証明してくれるからだ。
「…………よぉ」
案の定、入室して来たのは……正文だった。
「元気か……?」
微かな緊張をはらんだ声色で尋ねる正文に、シェーレは笑顔で頷く。
「お陰様ですこぶる好調だ。今日の夕餉も美味しかった……!あのサシミというのが一番美味しかったが、あれはどんな動物の肉なんだ?」
「……聞かない方が良い」
何故聞かない方が良いのか、シェーレにはてんで理解できない。
「……マサフミ?お前は……元気そうじゃないな……?」
「…………」
LED行燈の灯に煽られた正文はやや俯き加減の仏頂面で、シェーレはーー
「なんて顔をしてる?折角の二枚目が台無しだ」
困った表情を顔に貼り付けて、ばつが悪そうに後頭部を掻く正文に、シェーレはゆっくりと手招きをしつつ、自分の隣を指す。
「こっちへ来てくれ。お前が良いなら……少し私の話し相手になってくれないか……?」
微かに、その切れ長の瞳を細め、正文は入室し、縁側に……シェーレの隣に座る。
縁側を通して、正文の
ただそれだけで、シェーレは幸福に思った。
正文がいるだけで、シェーレの心は熱を帯びる。
正文が、いるだけでーー。
続く
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