気丈ねポニーテール





 律は思い出す……。



 正文と初めて会ったのは、確か……小学二年生の時だった……。


 春先に正文はいきなりクラスに転入してきて、あっという間に人気者になって……。


 親同士が友人らしく、時緒と……律にとっては初めての友人だった時緒と正文は一緒に遊びだし……。


 入学早々に話し掛けてくれた時緒を……盗られた……。


 その様子は、生まれつきの高い感受性霊感と目つきの悪さで友達が出来にくかった律にとって、面白いことではなかった。



『おめえ、こえー顔してるな……?』



 挙げ句、律に掛けられた正文の第一声が、これである。


 黄色い通学帽を目深く被りながら律は『ああ?』と、母がよく観ている任侠映画の真似をして正文を威嚇するが……。


 正文は、これまた腹が立つ程の、不敵な笑みを浮かべて宣う。



『笑えよ。お前せっかくかわいいツラしてんのに、勿体ねーぜ』



 流石の律も驚いた。そんなこと言われたのは、初めてだからだ。


 褒めているのか、それとも貶しているのか……。


 小学二年生おないどしとは思えない正文の物言いは……。


 意外性に揺らいだ律の心を……掴んで離さなかった。



 やがて……。



 律は時緒を通じて、伊織や佳奈美と出会い、友達となって、勿論正文も交えて毎日のように遊んだ……。


 現金輸送車襲撃ごっこと称して給食運搬のトラックをジャックし、先生に叱られた。


 防犯訓練の際、不審者役の若い警察官を返り討ちにして泣かせてしまい、先生に叱られた。


 放課後の校舎で口裂け女や人体模型のメイクをして歩き回り、校長と用務員、たまたま来校していたPTA役員数名を失神させ、先生に叱られた。


 正文が考える遊びは、何もかもが破天荒で……。


 毎日が、楽しかった。




 のは……小学六年生の頃だった。


 良く晴れた、暑い夏の午後。


 スーパーマーケットに置かれた格闘ゲームで遊んでいる正文の横で、律は今しがた購入した棒アイスを頬張っていた時……。


 高校生のカップルが、仲睦まじく通り過ぎて行く様を見てーー



『良いな……アレ』と律は呟いた。



 ドラマや少女漫画に憧れて、大人びるようになった律の、ただ何とない呟きだった。


 すると、正文は、ゲーム内の箒みたいな髪型の軍人を華麗なアッパーカットで地面に沈めてーー



『ああいうのが好きなのか?』



 鮮やかな赤の【YOU WIN!】が浮かぶゲーム画面に背を向けて、正文は真っ直ぐな眼差しで立ち上がる。



『うん、良いな』



 律はさりげなく、普通の日常会話の調子で頷く。


 ただそれだけ、他意は無かった。


 それなのに……。



『だったらちゃんとハッキリ言え。聞き逃したらどうしてくれる…!?』



 ほんの少し、正文は焦った顔をして律の手を握る。


 掌から正文の体温が伝わる。思ったよりも優しい正文の熱に、未だ恋愛経験の無い律の芯が震えた。



『じゃあ俺様と付き合おうぜ?』



 この男子オトコは……何を言って……?


 緊張と照れ臭さで顔は真っ赤、頭は真っ白になる律に、正文はまた不敵に笑う。



『損はさせねえ』

『は!?は!?』



 タイミングが良いのか悪いのか。


 丁度、怪獣映画の食玩と新商品のグミを買い終え、戻って来た時緒、伊織、佳奈美に正文はーー



『俺様の愉快な仲間たち!良く聞け!!』



 たじろぐ律の手を確と握り締め、首を傾げる時緒達に向かって、宣った。



『俺様とコイツ……付き合うから!』





 ****




「…………はは!」



 そうだ!思い出した!


 律は堪らず思い出し笑いを噴いてしまい、側で心配そうに座っていた芽依子を驚かせた。



「り、律さん?」

「はっ!いや……!悪い!く……くくっ!」



 芽依子に詫びながら、律は笑い続ける。


 辛気臭くなっていた自分が馬鹿のようだ。


 正文アイツは!いつもいつも!


 正文アイツはとんでもないスケベだが……。


 シーヴァンのピンチに参じた時も……怒りに我を忘れた時緒の前に立ちはだかった時も。


 いつも正文は……自分以外わたしたちの為に……!



「私と付き合ったのだって……」



 律は考える。


 もしも、正文がいなかったら……?


 自分は……今の自分でいられただろうか……?


 退屈しない、子ども時代を過ごせただろうか……?



『笑えよ。お前せっかくかわいいツラしてんのに、勿体ねーぜ』



 初めて掛けられた正文の言葉が鮮明に蘇る。


 その時ーー



「律……」



 不意に呼ばれて。


 聞き覚えのある声に呼ばれて、律は振り返った。


 渡り廊下の縁側に、正文が立っていたーー。




 ****




 時緒にカウナ。芽依子に文子。


 皆の視線が集まる。皆に見守られる中ーー



「律……」



 未だ、戸惑いの色が拭いきれていない正文の瞳に、律は心の中で溜め息を吐いた。


 そんな目をしないで欲しい。


 いつもの、破天荒なお前は何処に行った。



「律、すまない。俺は……俺は……」



 もう、我慢が出来なかった。


 こんな正文は……見たくない!


 律は大股で中庭を闊歩し、正文のもとへ歩み寄る。



「ぐ……っ!?」



 そして、正文の頬を思い切りつねってやった。



「おい正文バカ!いつまでそんなシケたツラをしてる?」

「り、りちゅ……」



 初めて正文に言われた言葉を、律は正文に言い返してやった。


 驚く正文の顔が、律には爽快だった。


 だから、律は正文に笑顔で言ってやるのだ。



「おい正文ハゲ……!お前なんかに気に掛けて貰わなくたって、私は元気だ」

「り……!?」

「自分に正直になれない奴なんて、私は大嫌いだ!」

「…………!」



 律は真っ直ぐに正文を見る。



「正文……お前は……あのシェーレを守りたいんだろう?」

「…………!」

「好き……なんだろう?」

「…………」

「正文…ッ!」



 持ち得る覚悟を総動員して、律は正文に喝を入れる。


 途端に……。


 正文の頬を、一筋の涙が伝い、律の掌へと落ちる。



「…………あぁ」



 ゆっくり、正文は、自ら確認するように……頷いた。





「俺は……シェーレが……好きなんだ……」





 ……やっと、認めたか。



「そうか……!」



 律は正文の頬から手を放し、不敵に微笑み天を仰いだ。



「じゃあ、シェーレアイツのこと……幸せにしてやれ……!」



 涙が溢れないようにーー。



 滲む視界のその端で、時緒と芽依子が唖然としている姿が見える。



「リツ…!お前は……其処までっ!」



 崩れ落ちて、すすり泣くカウナが見える。



「リッちゃん……アンタって子は……!」



 深々と頭を下げる文子が見える。



 これで良いと、律は確信する。


 正文のことは、好きだ。


 だから、己の気持ちが認められない正文なんて、見たくなかった。


 悩むのならいっそ……。


 いっそ、正文の新たな恋路みちを……正文の背中を押してやった方がマシだと思った。




「頑張れ……正文!」



 慟哭を堪え気丈に微笑む律の、長く美しい純黒のポニーテールが、沼尻の夏風に揺れる。


 蒼く澄んだ空に。


 小学六年生あのころの……正文に手を引かれた律の記憶ヴィジョンが煌めいていた。




 ****





「吾輩は断固認めん!」



 ニアル・スファルの専用書斎にて、ゴルドーは可愛い肉球が付いた足で椅子を蹴ると、荒々しく立ち上がった。



『ちょ、ちょっとセンセ!?子ども達の恋路に水差す気!?』



 非難の声をあげる通信相手を……その立体映像を、ゴルドーは腹立たしげに一瞥しーー



「そもそも今回のシェーレ出陣はイレギュラーだ。公式な戦争ではないし……捕虜生活など論外だった。ただ記憶が戻るまでの療養なまで……!」

『だからって……!』

「シェーレは連れて帰る。吾輩自ら迎えに行く!」

『あの子の猪苗代生活を一番喜んでたのはセンセじゃない!』

「ソレはソレ!コレはコレだ!!」



 きっぱりと言い放ったゴルドーに、通信相手が絶句した。


 今のゴルドーの、歴戦の勇士のプリティーな瞳に燃え滾るのは、父親特有の……やや独り善がりな使命感!



「シェーレに恋愛など……!未だ未だ早い!!」





 続く

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