カウナの助言



「……俺様は悪くない……」

「……我だって……」

「最初に手を出したのお前だろうが……」

「貴様が裏切ったからだ……」

「……俺様は悪くない……」

「……我だって……」




 顔面痣だらけの正文とカウナはずっとこんな調子で……。


 二人の喧嘩の顛末を正直まさなおから聞いていた時緒は気が気では無く……。


 背を向いていたかと思えば、急に睨み合い、また背を向ける。二人とも時緒の存在を認識していることすら疑わしい。


 険悪な雰囲気を醸し出すこの二人の所為で……空調が聴いて快適な筈の平沢庵ロビーの居心地は、今の時緒にとっては最悪の空間だった。



(師匠め……!)



 時緒はつい先程までいた……芽依子と共に何処ぞへと笑顔で去っていった正直まさなおに、心の中で悪態を吐く。



(何が……『喧嘩を仲直りさせることも修行の内だよー』だ……)



 破門しておいて……。


 時緒の脳裏に、腹立つほどに爽やかな正直の笑顔が浮かぶ。


 何やら良いように(元)師匠に使われた気がしたが……。



「二人とも……何があったんだよ……?」



 取り敢えず、二人ともこのままには出来ない。


 あんなに仲が良かったのに……このままには出来ない。



「二人がそんな調子だったら……僕は嫌だよ……」



 正文とカウナは同時に溜め息を吐くばかりで、何も答えない。


 どうしたら良いか……?



 ………………。


 …………。


 ……。



 ロビーの隅に掛けられた大時計の秒針がこちこちと、時間の経過を無慈悲に報せる。


 何とかしたい……。時緒が考えあぐねているとーー



「俺だって……理解わからねえんだ……」



 やがて……正文は今にも泣きそうな顔で……。



「初めて……シェーレアイツに会った時……」



 ぽつり、ぽつりと、呟き始めた……。




 ****





「芽依ちゃんはコチラを頼むよ」



 そう言って、廊下の途中で庭を指差す正直に、芽依子は「は、はぁ……」と曖昧な返事をした。


 正直は、アルカイックな笑顔で「青春て……良いねぇ……」と呟くと、大浴場の方角へ、一人で去っていった。



「正直おじさま……?」



 残された芽依子は、独り首を傾げる。


 シェーレが記憶を呼び覚ましたと聞いたから、様子を見に来ただけなのに。


 それでも……。



「……何か……とは……どんな顔をしたら良いか分からないから……良いわ……」



 芽依子はそう独り言ちると、先刻正直が指差した通りに、廊下の縁側からサンダルを履いて、中庭に出る。


 夏の陽光に煌めく木々の下、濃密な草の香りを肺いっぱいに吸い込みながら、足下の玉砂利を踏み鳴らしながら、芽依子は歩く。


 やがて、子どもたちのはしゃぐ声が聞こえてきた。


 修二と、ティセリアの声だ。



 未だ紅葉には程遠い、深緑のモミジの枝を芽依子はひょいとめくって、少し開けた場所に出る。



「二人ともみてみて〜!あたししゅっっごいワザをおぼえたゅ!」



 得意げに仁王立ちするティセリアと、そんな彼女を見守る修二と、ゆきえがいた。



「すっごいワザって何?ティセリアちゃん?」

「…………?」



 修二とゆきえの興味津々な視線が集中する中、ティセリアは突然、思い切り背を反らせ、全身をリング状に形作ったトリプルフォールドのポーズを取った。



怪盗かいとーキングアラジンのマネッ!」



 予想だにしなかったティセリアの技に修二と、遠目に眺めていた芽依子は顔をひきつらせる。


 背を反らせ、脚を手で掴んで見せた今のティセリアは……本当のことを言うと気味が悪い。



「…………!」



 ただ一人、ゆきえだけはティセリアの喝采の拍手を送り、気を良くしたティセリアはそのポーズのまま、身体を回転させて地面を転がり始めた。



「うゅゆっ!回転コレができなきゃキングアラジンのマネにはならないのョ〜〜!しゅごいでしょうゅ〜〜!!」

「ティセリアちゃん!やめて〜!今のティセリアちゃん、すごいけどかなりキモいよ!!」

「うゅゆ〜〜んっ!!」

「ティセリアちゃん待って!庭から出ないで!時緒兄ちゃんだな!?ティセリアちゃんに【怪奇大作戦】観せたの!」



 転がりしながら庭から出ていくティセリアを、修二とゆきえは追いかける。


 子どもたちのはしゃぎ声は段々と遠のき、庭には、呆気に取られた芽依子が残された。



「あら?芽依ちゃんじゃん?」



 ふと、文子の声が聞こえたので、芽依子は周囲を見渡す。



 庭の端にある東屋の中で、気の抜けた表情の文子が、芽依子に向かって手を振っていた。


 文子の隣には、もう一人。



「やあ……」



 文子とは対象的な……疲れ切った顔の、律がいた。



「り、律さん……?どうしたんです……?」



 穏やかではない。顔を曇らせ尋ねる芽依子に、律は苦笑しながら……そっと手招きをした。





 ****





「最初は……憐れみのつもりだったさ……」




 やや自虐の色が混じった声色で言う正文に、時緒……そしてカウナの複雑な視線が集中する。



「地球……この猪苗代で独りで……その上思うように動けないアイツを……何とかして……元気にさせてやろうって……」



 今の正文に、時緒が良く知る傍若無人さは無く……、時緒の不安を加速させる。



「でも……アイツの……シェーレの世話をしていく内に……俺自身が……変になっていった……」



「変?」と尋ねる時緒に、正文は自嘲の笑みを顔に貼り付け、頷く。



「記憶も何も無いアイツが……酷く曖昧な存在に見えて仕方が無くなっていった……」

「…………」

「俺がどうにかしないと、アイツは……本当にこの世から消えちまいそうだって……本気で思った……!」

「…………」

「そう考え出したら……キリが無くなって……!そうこうしてる内に……俺のなかで……どんどんシェーレの存在が……アイツの顔が……離れなくて……」



 そこまで正文が言うと、カウナは悲痛に瞳を伏せて「……そうか……」と、振り絞るように呟いた。



「笑いたきゃ笑えよ……俺自身でもどうして良いか分からねぇんだから……!」



 髪を掻き乱して、正文は俯く。



「カウナ……さっきは悪かった……!この通りだ……!嫌な態度を取ったこと……律にもわびる……!」

「マサフミ……」

「だからカウナ……教えてくれ……!時の字も……知ってたら教えてくれ……!この気持ちは……!この気持ちは……俺は何をどうしたら良い……!?」



 縋るように……懇願の礼をする正文に、時緒は困惑して答えられない。


 いや……もし……。


 自分が経験したことで言い表わせるのならば……その感情は……!?



「マサフミ……」



 そんな時緒の横で、カウナは……微かに震えながら、ゆっくりと正文に向かって頭を下げた。



「先に手を出したのは我だ……すまない。だが……リツの想いも……どうか……忘れないでくれ……」



 カウナの言葉に、正文が弱々しく頷く。


 カウナは顔をくしゃくしゃにして、泣き顔にも見て取れる笑顔でーー



「マサフミ……貴様の今の感情ソレは……恋だよ」


「………………」


「貴様は……心の底から……貴様自身でも許容出来ない程に……のさ……!」



 涙を溜めた熱い瞳で、カウナは正文を見て、確と断言して見せた。


 もう、正文ヤツの心は止められない。


 正文が恋のライバルでなくなってしまうことに、些かな寂しさを感じながら……。



 続く

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